記憶士

阿波野治

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 昼休み時間、わたしたちは全く思いがけない形で、多木星羅の存在を突きつけられた。

「蜂須賀秋奈、いる?」
 教室の戸口から聞こえてきた声に、教室内の話し声が止まる。

 わたしはいつものメンバーと結乃の机を囲み、タマゴサンドを食べているところだった。口の中のものを嚥下した直後だったので、喉を詰まらせそうになって慌てるという、古典的な悲喜劇は回避できた。
 振り向いた視界に映ったのは、金髪の女子生徒。同じ一年生だと、スカーフの色で一目瞭然だ。メイクが少しけばくて、偏見を承知で形容するならば、遊んでいる感じの女子。見覚えのない顔だ。

「ちょっと、いないの? 蜂須賀秋奈に用があるんだけど」
「あっ、はい。わたしだけど」

 わたしは起立して挙手する。金髪の女子生徒だけではなく、教室にいる生徒全員の視線がわたしへと注がれる。
 一を聞いて一しか行動をしないとか、馬鹿なの? 金髪の女子生徒はそう言いたそうな顔で、苛立たしそうに手招きをする。駆け足で彼女のもとへ。

「あんたが蜂須賀?」
 不機嫌そうに確認をとってきたので、首の動きで肯定する。

「用っていっても、私があんたに用があるんじゃなくて、多木の伝言を伝えに来たんだけど」
「それって、うちのクラスの多木星羅さんのこと?」
「そうだよ。それ以外に誰がいるんだよ」
「えっと、あなたは、多木さんのお友だちってことでいいのかな」
「昔ちょっと親しくしていた程度だけどね。頼める人間がお前くらいしかいないから、だってさ。そんな面倒くさい真似、本当は嫌だったんだけど、怖いくらいシリアスな声で頼まれたから、断ったらやばいかもしれないっていう恐怖感があって」
「……そうだったんだ」
「伝言、言うね。K郵便局の角を東に曲がって、ずっと進んだところにある公園まで来い、だって。期限は夕方の五時。遅れたらぶっ殺すって言ってたよ」
「公園? そんなところ、知らないよ。K郵便局なら分かるけど」
「あたしだって知らないってば。郵便局の場所が分かるなら、とりあえずそこまで行って、それから先は指示どおりに進めばいいんじゃない?」
「あ……。それもそうだね」

 感じの悪いため息を残し、金髪の女子生徒は教室を去った。

 小首を傾げ、踵を返す。クラスメイトたちの視線が次から次へと離れていく。例外は、茉麻、結乃、詩織の三人だ。

「秋奈。多木さんから呼び出しを食らったって、どういうことなの?」
 椅子に腰を下ろすや否や、茉麻が野次馬根性丸出しで質問してきた。金髪の女子生徒の話し声が大きかったせいで、会話が筒抜けだったらしい。結乃と詩織も興味津々といった様子だ。

「分からない」
 わたしはそう答える。むしろ、こちらが知りたいくらいだ。

「直接わたしに頼まずに、他人を通じて頼むって、どういうことなんだろうね」
「休んでいるっていうことは、緊急事態でも起きたのかな?」
「うーん、それはどうなんだろう」

 茉麻の言葉に、わたしは再び首を傾ける。

「伝えに来た人――多木さんの友だち? あの子はなんか、切迫感がある感じじゃなかったから、そうでもないのかなって思うけどね。そもそも緊急事態なんだったら、わたしじゃなくてあの子に頼めばいい話だし」
「秋奈じゃないと頼めないんじゃない? 秋奈は記憶士だから。ほら、金曜日の放課後、多木さんと五人で話をしたでしょ」

 指摘したのは結乃だ。同じく気がついていたらしい詩織は、わたしの目を見ながら頷く。気がついていなかったらしい茉麻は、「ああ、なるほど」というふうに、何回か小さく首を縦に振った。

「だって他に心当たりある? ないでしょ。金曜日に話を聞いて、多木さん、秋奈に依頼しようと思ったんだよ。取り出してほしい記憶があるんだよ」
「そうだよね。そうとしか考えられない」

 わたしは結乃の意見に賛成する。もちろん、その可能性は頭にあった。ただ、本当に正解なのか、みんなの意見も聞きながら考えていたのだが――やはりその説が最有力らしい。

「それじゃあ、多木さんが取り出したい記憶ってなんなの、っていう話になるよね」
「ヒントが少なすぎて、さすがに分からないよ」
「私たちの前で言うのを躊躇うような内容なのかな?」
「取り出したいって願うくらいだから、その可能性は高いかもね」
「ていうか、私たちがいる前で秋奈に『相談に乗ってほしい』って言っても、別に差し支えなくない? 依頼内容の詳細まで、その場で言う必要はないんだから」
「ああ、たしかにそうだね」
「風邪とかで学校に来れない、だから秋奈に頼めない、だから友だちに伝言を頼んだ、ということなのかもしれない。頼みづらいとか、気持ちの問題じゃなくて」

 わたしたちは食事をしながら、多木さんにまつわる謎について活発に意見を出し合った。しかし、真実らしい回答は導き出せなかった。
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