記憶士

阿波野治

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 一番乗りは、自宅が学校に近い詩織。次点は、お母さんの介護があって朝が早いわたし。少し間が空いて、三番手で結乃が姿を見せる。いつも別のクラスの友人と登校する茉麻は、決まって最後、朝のショートホームルームが始まる直前に教室に滑り込む。
 その日もその順番どおりに、わたしたち四人は教室に集合した。

 三人だと比較的に静かに話すが、茉麻が加わった途端に賑やかになること。クラスのお調子者・宮間くんのジョークをきっかけに、授業が脱線してしまうこと。古文の老教師・熊谷の、万人を眠りの世界へと誘うスローな喋り方。
 全てがいつもどおりだった。代わり映えがしなくて、時に退屈だったり物憂かったりもするが、基本的には気楽かつ楽しく過ごせる、平凡で平穏な日常。

「そういえば、多木さん今日は来てないね」

 脈絡なく、詩織がぽつりと呟いた。三時間目の休み時間、いつもの四人で茉麻の席を囲み、談笑している最中のことだ。
 詩織の視線を辿ると、無人の多木星羅の席があった。金曜日の放課後、五人で話をしていたときの記憶が甦った。その映像に空虚感を覚えたのは、映像自体に空虚さを感じたからというよりも、再生された記憶がわたしにとって快いものだったからだろう。
 多木さんとまともに言葉を交わしたのはあれが初めてだったが、話をしていてなかなか楽しい人だった。物言いがぶっきらぼうでストレート。それでいて、会話を成立させようというサービス精神をしっかりと持っている。喋ってみた印象は決して悪くなかった。

 思えば、依頼者以外の人間に記憶士の存在を明かしたのは久しぶりだ。ごく簡単にではあったが、それでも滅多にあることではない。あの会話がきっかけで、多木さんとただのクラスメイトよりも一歩親しい関係になっていたのも、空虚感を抱いた一因に違いない。

「ほんとだ。いないね」
「トイレに行ってるとかじゃないの」
「だって、鞄ないし」
「ああ、そっか」
「詩織、いつ気づいたの」
「今さっき。何気なくそっちを向いたら、あっ、多木さんいないな、鞄がないから登校していないんだな、って思って」

 詩織は大人しくて控えめだが、感覚の鋭さと頭の回転の速さを持ち合わせている。他の三人が思いも寄らなかった事実を指摘して、一同を感心させることがよくある。今回もその資質が発揮されたといえば、少し大げさだろうか。

「どうしたんだろうね、多木さん。今まで学校休んだこと、たしかなかったよね」
 二・三秒ほど漂った沈黙を、結乃が破った。それに対して茉麻が、
「なんで休んだんだろう。季節外れの風邪?」
「さあ、どうだろう。金曜日の放課後に話したときは、体調が悪いって感じじゃなかったけど」
「ちょっと気になるから、誰かに訊いてみようかな。多木さん、誰と仲がいいんだっけ」
「クラスに親しい子、いなくない? 孤高の人って感じだもん、多木さん」
「孤高って、なにそれ」
「だって、いつも一人でスマホいじってるから。でも、孤独っていう感じでもないんだよね。孤立しているわけでもないし。友だちはいませんが、それがなにか? みたいな、平然としている感じ」

 結乃の多木さん評に、わたしは表向きは浅く頷き、内心では何度も頷いた。わたしが抱いている多木星羅像と、かなり近いものがあったからだ。結乃の物事を正確に言い表す能力は、四人の中で随一といってもいい。

「たしかに、結乃の言うとおりかもね。なんだかんだで、私たちと喋る機会が一番多い気がする」
「でも、親しいわけではないしね」
「茉麻は知らないの、多木さんの連絡先」
 交友関係の広さを期待しての詩織の質問だったが、
「知らないなー。クラスメイトの女子の連絡先、だいたい入ってるんだけど、多木さんはないや」
「じゃあ、真相を知る術はなし、か」
「まあ、過度に気にする必要はないんじゃない? 些細な理由から休んだだけかもしれないし」

 場に漂う緊張感を緩和させる目的で、わたしはそう言った。図らずも話をまとめるような言い方になったせいか、それを機に話題は多木さんから離れた。
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