記憶士

阿波野治

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 一時間目が終わったあとの休み時間、多木さんが教室に姿を見せた。
 いつものように、一脚の机を囲んで談笑に耽る輪の中で、わたしだけが緊張感を漲らせる。
 心身を強張らせながらも、彼女の姿を直視する。そして気がついたのは、ひりつくような攻撃的なオーラを発散していない、ということだ。表情は険しいようにも見えるが、寝不足で不機嫌なだけ、というふうにも解釈できる程度の険しさに過ぎない。

 自分の席に辿り着いたところで、多木さんはわたしの方を向いた。しかしすぐにそっぽを向き、椅子に座る。スクールバッグの中身を机に仕舞う彼女は、もうわたしには見向きもしない。
 さっきの一瞥は、わたしが登校しているか否かを確かめるためだろう。ということは、わたしに話があるのだろうか?

 友人たちとの会話がうわの空になる。生まれたての問題にわたしは悩んでいる。こちらから声をかけるべきか、否か。

 多木さんは机に教科書類を仕舞うと、席を立ち、わたしたちがいる方に向かってきた。
 道半ばで、わたしたちの視線は重なる。案に相違して、多木さんの表情に変化は生じない。さっきまで見られた険しさが顔から消え、普段どおりの彼女に戻っている。

「蜂須賀、ちょっと」
 出し抜けの声に、三人は一斉に多木さんに注目した。

「今日のお昼、あたしと二人で食べない? 昼食、この四人でいつも机を囲んでいるってことは、弁当だよな。あたしも弁当だから、どこか適当な場所で食べよう」
「あ……うん。分かった。えっと、昨日のことで話があるの?」

 多木さんは言下に首肯する。表情は変わらなかったが、分かりきったことを言わせるな、という心の声が聞こえた気がした。

「あっ。すっかり忘れてたけど、今思い出した」
 声を上げたのは、結乃だ。わたしではなく多木さんの方を見ながら、
「昨日の放課後、二人は話をしたんだよね。多木さん、あれはどうなったの?」
「私も気になる。どんな話をしたのか、教えてよ。……もしかして、秋奈の頬の怪我って、二人の間でなにかあったの?」

 茉麻も結乃に追随して質問を投げかけた。昨日公園であった出来事を知らない二人は、多木さんを恐れる素振りを全く見せていない。まさか教室で暴力沙汰は起こさないとは思うが、はらはらしてしまう。
 詩織も含む六つの瞳が多木さんを追及する。見つめられた方は、さも鬱陶しそうに眉根を寄せる。

「違うって。そんな傷、あたしは知らない。加害者扱いしないでくれ」
「じゃあ、なにを話したのかだけ教えてよ」

 多木さんは茉麻の言葉を無視してわたしに視線を合わせ、
「で、オッケーでいいわけ? 昼休みにいっしょに食べながら話すの」
「うん、いいよ。場所、どうする?」
「昼になったら決めよう」

 多木さんはさっさと席に戻り、頬杖をついてスマホを触り始めた。
 三人から質問攻めにあったが、はぐらかす対応に終始したのは言うまでもない。
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