62 / 90
62
しおりを挟む
「最初に言っておきたいことがある。一つ、秋奈に嘘をついていた」
「嘘?」
「帰りが遅くなったから、近道をするために人気のない道を通って、その結果襲われたって話しただろ。あれ、嘘だ」
「え……」
「思い出してみてよ。秋奈たち四人が話し込んだといっても、時間はたかが知れている。三十分にも満たなかったんじゃないか。あたしが学校を出たときには、まだ外は明るかった。たとえ人気のない道を通ったとしても、危なくないんだよ」
「それって、どういう……」
「あたしが男たちに襲われたのは、あたしが自分の意思で人気のない場所まで行って、あたりが暗くなる時間帯までそこに滞在していたからだ。――もう分かったんじゃないの? あの公園だよ。あたしが被害に遭ったのは、人気のない場所に建つ廃屋なんかじゃなくて、秋奈を呼び出して殴った、公衆トイレがあるあの公園」
どくり、と心臓が鳴った。
「あの公園のベンチに座って、あたしは待っていたんだ。特定の誰々さんを、じゃなくて、寂しさを紛らわせてくれる誰かを。お節介だけど優しいおばさんでも、悟りを開いた仙人みたいなおじいさんでも、純真無垢な小学生の男の子でも、本当に誰でもよかった。こんな時間にどうしたのって、心配して声をかけてくれて、少しの間話ができたら、それで満足だった。……でも、群衆の中だったら気がついてもらえないだろうと考えて、わざわざ誰も寄りつかないような場所を選んだのは、最悪の判断ミスだった。そのせいで、そういう場所を好む、そういう環境だと平気でルールを犯す、最低のクズどもと遭遇してしまった」
寂しかったから。
それが本当なのだとしたら、星羅にそのような行動をとらせた直接の要因は、あの日の放課後、わたしたちと会話したことなのでは?
ふとしたきっかけから言葉を交わし、表面上は和気あいあいとしたやりとりができた。しかし、すでに友だち同士である四人との会話には入りきれず、部外者が特例的に輪の中に入れてもらった、という実感しか抱けなかった。それが引き金となり、日ごろから抱えている孤独感を浮き彫りにさせて、際立たせて、夜になっても公園のベンチに一人で座り続ける、という行動を星羅にとらせたのかもしれない。毎日のように公園に足を運び、暗い時間になるまで過ごすのが習慣になっている、という言い方はしていなかったから、恐らくは。
わたしは自らの左胸を狂おしく掴む。
叫びたかった。泣きたかった。泣き叫びながら許しを乞いたかった。
しかし、今は星羅が打ち明ける時間だ。わたしは聞かなければならない。星羅の話を、口を挟むことなく、ピリオドに至るまで。
服を握りしめていた手を離す。それが再び話し出す合図になった。
「相手は全員男で、五人組だった。大学生くらいかな。よく分からないけど。最初は、あたしを取り囲んで質問攻めって感じで、スタートの時点から嫌な感じはしていたけど、大人数だからそう感じるだけだと思っていたんだよ。でも、そう思い込もうとしていただけだったんだと思う。ああなった以上、もう逃げられないから。奇跡が起きない限り助かる道はないから」
星羅の語り口は一貫して淡々としている。
経験からわたしは知っている。底知れない悲しみを抱えている人間は、その悲しみに関する意見を述べるさいに、往々にしてこういう喋り方をする。主観的には底知れない悲しみでも、客観的にはそうではないかもしれないという不安があるから、そうではなかった場合に軽んじられるのが怖いから、わざとなんでもないように話すのだ。
「男たちの中の一人が、いきなりあたしの体を触ってきて、それを合図に一気に、という感じだった。声を出そうにも口は塞がれるし、抵抗しようにも多勢に無勢だし、恐怖から思うように体が動かないし。そのままトイレに連れ込まれて――」
語られた内容は生々しく、詳細で、それゆえに残酷で、救いようがなかった。何度も耳を塞ぎたくなった。それでいて、一語も漏らさずに聞き取りたい誘惑には抗えない。静かな迫力といったものが、星羅の語りからは感じられた。
言葉を詰まらせたり、洟をすすったり、目元を拭ったり、声を震わせたり、表現に迷ったり、沈黙したりしながらも、星羅は話を一歩一歩前へと進めていく。
「嘘?」
「帰りが遅くなったから、近道をするために人気のない道を通って、その結果襲われたって話しただろ。あれ、嘘だ」
「え……」
「思い出してみてよ。秋奈たち四人が話し込んだといっても、時間はたかが知れている。三十分にも満たなかったんじゃないか。あたしが学校を出たときには、まだ外は明るかった。たとえ人気のない道を通ったとしても、危なくないんだよ」
「それって、どういう……」
「あたしが男たちに襲われたのは、あたしが自分の意思で人気のない場所まで行って、あたりが暗くなる時間帯までそこに滞在していたからだ。――もう分かったんじゃないの? あの公園だよ。あたしが被害に遭ったのは、人気のない場所に建つ廃屋なんかじゃなくて、秋奈を呼び出して殴った、公衆トイレがあるあの公園」
どくり、と心臓が鳴った。
「あの公園のベンチに座って、あたしは待っていたんだ。特定の誰々さんを、じゃなくて、寂しさを紛らわせてくれる誰かを。お節介だけど優しいおばさんでも、悟りを開いた仙人みたいなおじいさんでも、純真無垢な小学生の男の子でも、本当に誰でもよかった。こんな時間にどうしたのって、心配して声をかけてくれて、少しの間話ができたら、それで満足だった。……でも、群衆の中だったら気がついてもらえないだろうと考えて、わざわざ誰も寄りつかないような場所を選んだのは、最悪の判断ミスだった。そのせいで、そういう場所を好む、そういう環境だと平気でルールを犯す、最低のクズどもと遭遇してしまった」
寂しかったから。
それが本当なのだとしたら、星羅にそのような行動をとらせた直接の要因は、あの日の放課後、わたしたちと会話したことなのでは?
ふとしたきっかけから言葉を交わし、表面上は和気あいあいとしたやりとりができた。しかし、すでに友だち同士である四人との会話には入りきれず、部外者が特例的に輪の中に入れてもらった、という実感しか抱けなかった。それが引き金となり、日ごろから抱えている孤独感を浮き彫りにさせて、際立たせて、夜になっても公園のベンチに一人で座り続ける、という行動を星羅にとらせたのかもしれない。毎日のように公園に足を運び、暗い時間になるまで過ごすのが習慣になっている、という言い方はしていなかったから、恐らくは。
わたしは自らの左胸を狂おしく掴む。
叫びたかった。泣きたかった。泣き叫びながら許しを乞いたかった。
しかし、今は星羅が打ち明ける時間だ。わたしは聞かなければならない。星羅の話を、口を挟むことなく、ピリオドに至るまで。
服を握りしめていた手を離す。それが再び話し出す合図になった。
「相手は全員男で、五人組だった。大学生くらいかな。よく分からないけど。最初は、あたしを取り囲んで質問攻めって感じで、スタートの時点から嫌な感じはしていたけど、大人数だからそう感じるだけだと思っていたんだよ。でも、そう思い込もうとしていただけだったんだと思う。ああなった以上、もう逃げられないから。奇跡が起きない限り助かる道はないから」
星羅の語り口は一貫して淡々としている。
経験からわたしは知っている。底知れない悲しみを抱えている人間は、その悲しみに関する意見を述べるさいに、往々にしてこういう喋り方をする。主観的には底知れない悲しみでも、客観的にはそうではないかもしれないという不安があるから、そうではなかった場合に軽んじられるのが怖いから、わざとなんでもないように話すのだ。
「男たちの中の一人が、いきなりあたしの体を触ってきて、それを合図に一気に、という感じだった。声を出そうにも口は塞がれるし、抵抗しようにも多勢に無勢だし、恐怖から思うように体が動かないし。そのままトイレに連れ込まれて――」
語られた内容は生々しく、詳細で、それゆえに残酷で、救いようがなかった。何度も耳を塞ぎたくなった。それでいて、一語も漏らさずに聞き取りたい誘惑には抗えない。静かな迫力といったものが、星羅の語りからは感じられた。
言葉を詰まらせたり、洟をすすったり、目元を拭ったり、声を震わせたり、表現に迷ったり、沈黙したりしながらも、星羅は話を一歩一歩前へと進めていく。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる