記憶士

阿波野治

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「最初に言っておきたいことがある。一つ、秋奈に嘘をついていた」
「嘘?」
「帰りが遅くなったから、近道をするために人気のない道を通って、その結果襲われたって話しただろ。あれ、嘘だ」
「え……」
「思い出してみてよ。秋奈たち四人が話し込んだといっても、時間はたかが知れている。三十分にも満たなかったんじゃないか。あたしが学校を出たときには、まだ外は明るかった。たとえ人気のない道を通ったとしても、危なくないんだよ」
「それって、どういう……」

「あたしが男たちに襲われたのは、あたしが自分の意思で人気のない場所まで行って、あたりが暗くなる時間帯までそこに滞在していたからだ。――もう分かったんじゃないの? あの公園だよ。あたしが被害に遭ったのは、人気のない場所に建つ廃屋なんかじゃなくて、秋奈を呼び出して殴った、公衆トイレがあるあの公園」

 どくり、と心臓が鳴った。

「あの公園のベンチに座って、あたしは待っていたんだ。特定の誰々さんを、じゃなくて、寂しさを紛らわせてくれる誰かを。お節介だけど優しいおばさんでも、悟りを開いた仙人みたいなおじいさんでも、純真無垢な小学生の男の子でも、本当に誰でもよかった。こんな時間にどうしたのって、心配して声をかけてくれて、少しの間話ができたら、それで満足だった。……でも、群衆の中だったら気がついてもらえないだろうと考えて、わざわざ誰も寄りつかないような場所を選んだのは、最悪の判断ミスだった。そのせいで、そういう場所を好む、そういう環境だと平気でルールを犯す、最低のクズどもと遭遇してしまった」

 寂しかったから。
 それが本当なのだとしたら、星羅にそのような行動をとらせた直接の要因は、あの日の放課後、わたしたちと会話したことなのでは?

 ふとしたきっかけから言葉を交わし、表面上は和気あいあいとしたやりとりができた。しかし、すでに友だち同士である四人との会話には入りきれず、部外者が特例的に輪の中に入れてもらった、という実感しか抱けなかった。それが引き金となり、日ごろから抱えている孤独感を浮き彫りにさせて、際立たせて、夜になっても公園のベンチに一人で座り続ける、という行動を星羅にとらせたのかもしれない。毎日のように公園に足を運び、暗い時間になるまで過ごすのが習慣になっている、という言い方はしていなかったから、恐らくは。

 わたしは自らの左胸を狂おしく掴む。
 叫びたかった。泣きたかった。泣き叫びながら許しを乞いたかった。
 しかし、今は星羅が打ち明ける時間だ。わたしは聞かなければならない。星羅の話を、口を挟むことなく、ピリオドに至るまで。

 服を握りしめていた手を離す。それが再び話し出す合図になった。

「相手は全員男で、五人組だった。大学生くらいかな。よく分からないけど。最初は、あたしを取り囲んで質問攻めって感じで、スタートの時点から嫌な感じはしていたけど、大人数だからそう感じるだけだと思っていたんだよ。でも、そう思い込もうとしていただけだったんだと思う。ああなった以上、もう逃げられないから。奇跡が起きない限り助かる道はないから」

 星羅の語り口は一貫して淡々としている。
 経験からわたしは知っている。底知れない悲しみを抱えている人間は、その悲しみに関する意見を述べるさいに、往々にしてこういう喋り方をする。主観的には底知れない悲しみでも、客観的にはそうではないかもしれないという不安があるから、そうではなかった場合に軽んじられるのが怖いから、わざとなんでもないように話すのだ。

「男たちの中の一人が、いきなりあたしの体を触ってきて、それを合図に一気に、という感じだった。声を出そうにも口は塞がれるし、抵抗しようにも多勢に無勢だし、恐怖から思うように体が動かないし。そのままトイレに連れ込まれて――」

 語られた内容は生々しく、詳細で、それゆえに残酷で、救いようがなかった。何度も耳を塞ぎたくなった。それでいて、一語も漏らさずに聞き取りたい誘惑には抗えない。静かな迫力といったものが、星羅の語りからは感じられた。
 言葉を詰まらせたり、洟をすすったり、目元を拭ったり、声を震わせたり、表現に迷ったり、沈黙したりしながらも、星羅は話を一歩一歩前へと進めていく。
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