記憶士

阿波野治

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「わたし、記憶を取り出すコツって、記憶に呼びかけて、頑なな心を解きほぐして、外に出てきてもらうことだって考えていたんだけど――」
「俺はコツとか、そういう段階に行く前に挫折したから、分からねぇよ」
「いいから、最後まで聞いて。でもね、それは実は間違っていたんじゃないかって思ったんだ。本当は、患者の心情にシンクロして、患者になりきって、悪い記憶に出て行ってほしいって願うべきなんじゃないかって」

「つまり、お前はこう言いたいわけか。わたしが今までどうでもいいようなちっぽけな記憶しか取り出せなかったのは、間違った方法で記憶を取り出していたからでしたよ、わたしに才能がないわけじゃありませんよ、と」
「だいたいそんな感じかな。厳密にいえば、正しいか間違っているかじゃなくて、効率的か非効率的かの問題だと思うんだけど。わたし、これまで記憶を取り出すのに成功したのは、友だちとかご近所さんとかで、初対面の人に対してはことごとく失敗だったでしょ。それは多分、日頃から親しくしている人に対しては、無意識にその人の心情に寄り添って、自分自身の問題を解決するつもりで施術に臨んでいたからだと思う。だから、成功した」

「なるほどね。お前の言い分は分かった。だけどよ、そのこととババアになんの関係があるんだ? ババアに教わらずともコツを会得したわたしって天才、とでも自慢したいのか?」
「違うよ。お母さん、自分で自分の記憶を取り出したでしょ? 記憶士にまつわる全ての記憶を」
「……なんだよ、今さら」
「お母さんがそんなことをした動機、今までは分かるようで分からなかったんだけど、今回の件で完璧に分かった」

 強いて間を演出し、語を継ぐ。

「疲れちゃったんだよ。ただの記憶ならともかく、記憶士なんていう、一般人からすれば眉唾物の存在に依頼してまで取り出してほしいと願うくらい、その人からすれば重たい記憶なわけでしょ。そんなものを取り出すために、来る日も来る日も依頼者にシンクロして、出て行けって念じていたら、身も心もぼろぼろになるに決まってる」

 夏也は半分口を開けた表情で固まっている。唇は、言葉を発信しようとする素振りさえ見せない。

「シンクロして追い出す方法のきつさ、実践してみて初めて分かった。どのくらいしんどいかっていうとね、さっき言ったけど、報告、本当は昨日のうちに済ませておこうと思っていたんだけど、しんどすぎて今日に先送りにしたくらい。夕食もあまり喉を通らなかったし、今も正直、ちょっと横になりたいくらいだしね。でもこの事実、できるだけ早めにお兄ちゃんに伝えておくべきだと思ったから、こうして朝から部屋に来たわけ」

 夏也の頭の中を、どのような想念が駆け巡っているのかは知る由もない。ただ、なんらかの考えるべきことがあり、それに意識を奪われているのはたしからしい。
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