記憶士

阿波野治

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「お兄ちゃん!」

 お母さんの朝食の介助を終えたその足で夏也の部屋へと向かい、勢いに任せてドアを開け放つ。前回の反省を踏まえて施錠していた、というわけではなかったらしく、室内が丸見えになった。
 夏也は椅子に座って雑誌を読んでいたが、驚いた拍子に取り落とした。表紙では水着姿の若い女性が蠱惑的に微笑んでいる。

「あーっ、エッチな本読んでる! ばれないように、そういうのは電子書籍で読んでいるのかと思ったら、まさかの……」
「違う! これはマンガ雑誌で、巻頭にグラビアが載ってるだけだ。わざわざ買って読むかよ、そんなもん!」

 怒鳴るように疑惑を否定し、机の引き出しに素早く仕舞う。絶対に怪しい、と思ったが、秘密を探るために兄の部屋を訪問したのではない。

「てか、勝手に開けんじゃねぇよ。なにしに来たんだ、こんな朝っぱらから」
「用事があるからに決まってるでしょ。エロ本を読んでいる罪を告発しに来たわけじゃないから」
「エロ本じゃねぇっつってんだろ! 出て行けよ、クソが」
「出て行かない! 本当は昨日の夜に言っておきたかったんだけど、疲れててそんな余裕なかったから。お兄ちゃんと話をすると、少なからず口論みたいになるから、気力の消耗が凄まじいんだよね」

 昨日の夜、という言葉が出た瞬間、用件の方向性を察したらしい顔つきを夏也は見せた。だから、わたしが室内に完全に体を入れてドアを閉め、少し散らかった部屋の中央に膝を揃えて座っても、感情の赴くままに怒鳴りつけたりはしない。それどころか、椅子を回して向き直り、言いたいことがあるならさっさと言え、という目つきで睨んできた。

「昨日依頼を受けたんだけど、なんとか成功させたよ。その子とは今朝も連絡をとったんだけどね、後遺症もなくて、体調も気分もいいみたい。施術に先立って話を聞いた限りでは、取り出すのに相当苦戦するだろうなって、覚悟していたんだけど」
「ああ、そう。よかったじゃねぇか、久々に収入を得られて」
「その子には借りがあったから、お金は一円も受け取らなかったよ。記憶を取り出すことで貸し借りはゼロ、っていう約束だから」
「……どれだけ愚かなんだ、お前は。脳に障害でも負ってんのかよ」

 汚物を見るような目で吐き捨てる。許容範囲を超えた暴言ではあったが、毒を吐かれる覚悟はしていたので、どうにか我慢できた。本題は別のとことにあるという意識も、もちろん一因だろう。

「で、なにがしたいんだ、お前は。褒めてほしいならババアのところへ行けよ。わざわざ俺のところに来るんじゃねぇ。クソ面倒くさい」
「そんなこと、期待してないよ。昨日の件で気がついたことがあるから、伝えに来たの。お兄ちゃんにわざわざ伝えなきゃって思うくらいに大事なこと」
「……なんだよ、勿体ぶって。出来損ないの俺に伝えて、意味あんのか」
「あるよ。凄くある。だって、お母さんにも関係があることだから」

 夏也の顔つきが少し変わった。
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