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大急ぎで朝食を済ませた時点で、朝のショートホームルームはすでに始まっていた。全力疾走で高校へ向かったとしても、一時間目には間に合わないかもしれない。そう思うと、前夜から続く気怠さも手伝って、今日はもう学校は休もうか、という気分になる。
しかし、その主張は無視して、黙々と制服に着替える。星羅の顔が見たかったからだ。学校を今日も休む旨のメッセージが届いていないということは、律義な彼女のことだから、必ず登校しているはず。星羅だって、わたしに会いたいと思っているかもしれないのだから、期待に応えないと。
二時間目に間に合うように時間調整をして、家を出る。一時間足らず出発が遅いだけで、道から見える景色はどこか新鮮で、体にこびりついた疲労感を緩やかに癒してくれるようだ。
目論見どおり、一時間目と二時間目の間の休み時間に高校に着いた。いくばくかの不安を抱きつつも、開け放たれた戸から教室の中を覗くと、
いつもの三人と星羅が、机を囲んで談笑していた。ただの会話ではなく、談笑。星羅も含めて、全員の顔ににこやかな表情が浮かんでいる。
開いた口が塞がらなかった。
最初、星羅に三人が絡んでいるのかと疑った。絡むという表現はいささか強すぎるかもしれないが、要するに、三人の方から星羅に話しかけて、星羅の意思を蔑ろにして会話をしているのではないか、と。
しかし、彼女たちがいるのは星羅の席ではなく、詩織の席だ。しかも、わたしと遊園地で遊んでいる最中によく見せていた、無防備であどけない微笑みを星羅は浮かべている。
教室に足を踏み入れる。自分の机ではなく、四人がいる方へと歩を進める。すぐに詩織が気がつき、手招きをしてきた。
「秋奈、遅い! どうしたの、珍しいね」
口火を切ったのは、茉麻だ。
「多木さんの記憶を取り出した影響なんでしょ」
「そうだとしても、珍しいよね。秋奈は元気が取柄なのに」
次いで詩織が、三番手で結乃が言う。わたしは三人の顔を順番に見返し、星羅の顔を見つめる。
「え……。星羅、もしかして記憶の件、みんなに喋った?」
「うん、喋った」
即答だった。表情が柔らかく、屈託がないので、一陣の薫風が吹き抜けたようだった。
「ああ、でも、事細かに話したわけじゃないよ。秋奈に依頼して記憶を取り出してもらった事実と、取り出してもらう前の緊張とか、取り出してもらったあとの不思議な気持ちとか。そんなところだけど、駄目だった?」
「ううん、全然駄目じゃないよ。ていうか、四人は今まで話をしていたの? 仲睦まじく?」
「そうだよ。ショートホームルームの前と、後と、それからこの休み時間に」
代表して茉麻が答え、他の三人は首の動きで同意を示す。わたしは星羅と目を合わせる。
「……えっと。どうして、いきなりこんなに仲よくなってるの?」
「ん? それは、秋奈が記憶を取り出してくれたおかげじゃないの。話を聞いたんだけど、三人とも軽い躁状態っていうか、気分爽快になったみたいじゃん」
星羅の言うとおりだ。三人を含む患者には、施術後しばらくすると、多少なりとも気分が高揚する、という症状が共通して見られた。抱え込んでいたものが消えたことが心に好影響をもたらした、ということなのだろう。
「ていうか、なんだよ秋奈、その顔は。わたしが他の女子と仲よく話をしたら、駄目なのかよ」
「ううん、そんなことないよ。でも、変化が急だし、落差が大きいし。いつかの結乃のセリフじゃないけど、孤高の人って感じだったのに、いきなり人当たりがよくなったから、ちょっとびっくりして」
「いいだろ、別に。そういう気分なんだから」
やりとりを続けるうちにチャイムが鳴った。自分の席に戻ろうとしたが、星羅に腕を掴まれ、無理矢理彼女の方へと向かされる。
星羅はわたしに顔をめいっぱい近づけると、どこか妖艶に微笑んだ。
「お昼、いっしょに食べよう。本当は秋奈と二人きりがいいんだけど、今日のところは五人で」
しかし、その主張は無視して、黙々と制服に着替える。星羅の顔が見たかったからだ。学校を今日も休む旨のメッセージが届いていないということは、律義な彼女のことだから、必ず登校しているはず。星羅だって、わたしに会いたいと思っているかもしれないのだから、期待に応えないと。
二時間目に間に合うように時間調整をして、家を出る。一時間足らず出発が遅いだけで、道から見える景色はどこか新鮮で、体にこびりついた疲労感を緩やかに癒してくれるようだ。
目論見どおり、一時間目と二時間目の間の休み時間に高校に着いた。いくばくかの不安を抱きつつも、開け放たれた戸から教室の中を覗くと、
いつもの三人と星羅が、机を囲んで談笑していた。ただの会話ではなく、談笑。星羅も含めて、全員の顔ににこやかな表情が浮かんでいる。
開いた口が塞がらなかった。
最初、星羅に三人が絡んでいるのかと疑った。絡むという表現はいささか強すぎるかもしれないが、要するに、三人の方から星羅に話しかけて、星羅の意思を蔑ろにして会話をしているのではないか、と。
しかし、彼女たちがいるのは星羅の席ではなく、詩織の席だ。しかも、わたしと遊園地で遊んでいる最中によく見せていた、無防備であどけない微笑みを星羅は浮かべている。
教室に足を踏み入れる。自分の机ではなく、四人がいる方へと歩を進める。すぐに詩織が気がつき、手招きをしてきた。
「秋奈、遅い! どうしたの、珍しいね」
口火を切ったのは、茉麻だ。
「多木さんの記憶を取り出した影響なんでしょ」
「そうだとしても、珍しいよね。秋奈は元気が取柄なのに」
次いで詩織が、三番手で結乃が言う。わたしは三人の顔を順番に見返し、星羅の顔を見つめる。
「え……。星羅、もしかして記憶の件、みんなに喋った?」
「うん、喋った」
即答だった。表情が柔らかく、屈託がないので、一陣の薫風が吹き抜けたようだった。
「ああ、でも、事細かに話したわけじゃないよ。秋奈に依頼して記憶を取り出してもらった事実と、取り出してもらう前の緊張とか、取り出してもらったあとの不思議な気持ちとか。そんなところだけど、駄目だった?」
「ううん、全然駄目じゃないよ。ていうか、四人は今まで話をしていたの? 仲睦まじく?」
「そうだよ。ショートホームルームの前と、後と、それからこの休み時間に」
代表して茉麻が答え、他の三人は首の動きで同意を示す。わたしは星羅と目を合わせる。
「……えっと。どうして、いきなりこんなに仲よくなってるの?」
「ん? それは、秋奈が記憶を取り出してくれたおかげじゃないの。話を聞いたんだけど、三人とも軽い躁状態っていうか、気分爽快になったみたいじゃん」
星羅の言うとおりだ。三人を含む患者には、施術後しばらくすると、多少なりとも気分が高揚する、という症状が共通して見られた。抱え込んでいたものが消えたことが心に好影響をもたらした、ということなのだろう。
「ていうか、なんだよ秋奈、その顔は。わたしが他の女子と仲よく話をしたら、駄目なのかよ」
「ううん、そんなことないよ。でも、変化が急だし、落差が大きいし。いつかの結乃のセリフじゃないけど、孤高の人って感じだったのに、いきなり人当たりがよくなったから、ちょっとびっくりして」
「いいだろ、別に。そういう気分なんだから」
やりとりを続けるうちにチャイムが鳴った。自分の席に戻ろうとしたが、星羅に腕を掴まれ、無理矢理彼女の方へと向かされる。
星羅はわたしに顔をめいっぱい近づけると、どこか妖艶に微笑んだ。
「お昼、いっしょに食べよう。本当は秋奈と二人きりがいいんだけど、今日のところは五人で」
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