記憶士

阿波野治

文字の大きさ
80 / 90

80

しおりを挟む
 大急ぎで朝食を済ませた時点で、朝のショートホームルームはすでに始まっていた。全力疾走で高校へ向かったとしても、一時間目には間に合わないかもしれない。そう思うと、前夜から続く気怠さも手伝って、今日はもう学校は休もうか、という気分になる。
 しかし、その主張は無視して、黙々と制服に着替える。星羅の顔が見たかったからだ。学校を今日も休む旨のメッセージが届いていないということは、律義な彼女のことだから、必ず登校しているはず。星羅だって、わたしに会いたいと思っているかもしれないのだから、期待に応えないと。

 二時間目に間に合うように時間調整をして、家を出る。一時間足らず出発が遅いだけで、道から見える景色はどこか新鮮で、体にこびりついた疲労感を緩やかに癒してくれるようだ。

 目論見どおり、一時間目と二時間目の間の休み時間に高校に着いた。いくばくかの不安を抱きつつも、開け放たれた戸から教室の中を覗くと、
 いつもの三人と星羅が、机を囲んで談笑していた。ただの会話ではなく、談笑。星羅も含めて、全員の顔ににこやかな表情が浮かんでいる。
 開いた口が塞がらなかった。

 最初、星羅に三人が絡んでいるのかと疑った。絡むという表現はいささか強すぎるかもしれないが、要するに、三人の方から星羅に話しかけて、星羅の意思を蔑ろにして会話をしているのではないか、と。
 しかし、彼女たちがいるのは星羅の席ではなく、詩織の席だ。しかも、わたしと遊園地で遊んでいる最中によく見せていた、無防備であどけない微笑みを星羅は浮かべている。

 教室に足を踏み入れる。自分の机ではなく、四人がいる方へと歩を進める。すぐに詩織が気がつき、手招きをしてきた。

「秋奈、遅い! どうしたの、珍しいね」
 口火を切ったのは、茉麻だ。

「多木さんの記憶を取り出した影響なんでしょ」
「そうだとしても、珍しいよね。秋奈は元気が取柄なのに」
 次いで詩織が、三番手で結乃が言う。わたしは三人の顔を順番に見返し、星羅の顔を見つめる。

「え……。星羅、もしかして記憶の件、みんなに喋った?」
「うん、喋った」
 即答だった。表情が柔らかく、屈託がないので、一陣の薫風が吹き抜けたようだった。

「ああ、でも、事細かに話したわけじゃないよ。秋奈に依頼して記憶を取り出してもらった事実と、取り出してもらう前の緊張とか、取り出してもらったあとの不思議な気持ちとか。そんなところだけど、駄目だった?」
「ううん、全然駄目じゃないよ。ていうか、四人は今まで話をしていたの? 仲睦まじく?」
「そうだよ。ショートホームルームの前と、後と、それからこの休み時間に」

 代表して茉麻が答え、他の三人は首の動きで同意を示す。わたしは星羅と目を合わせる。

「……えっと。どうして、いきなりこんなに仲よくなってるの?」
「ん? それは、秋奈が記憶を取り出してくれたおかげじゃないの。話を聞いたんだけど、三人とも軽い躁状態っていうか、気分爽快になったみたいじゃん」

 星羅の言うとおりだ。三人を含む患者には、施術後しばらくすると、多少なりとも気分が高揚する、という症状が共通して見られた。抱え込んでいたものが消えたことが心に好影響をもたらした、ということなのだろう。

「ていうか、なんだよ秋奈、その顔は。わたしが他の女子と仲よく話をしたら、駄目なのかよ」
「ううん、そんなことないよ。でも、変化が急だし、落差が大きいし。いつかの結乃のセリフじゃないけど、孤高の人って感じだったのに、いきなり人当たりがよくなったから、ちょっとびっくりして」
「いいだろ、別に。そういう気分なんだから」

 やりとりを続けるうちにチャイムが鳴った。自分の席に戻ろうとしたが、星羅に腕を掴まれ、無理矢理彼女の方へと向かされる。
 星羅はわたしに顔をめいっぱい近づけると、どこか妖艶に微笑んだ。

「お昼、いっしょに食べよう。本当は秋奈と二人きりがいいんだけど、今日のところは五人で」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...