切言屋

阿波野治

文字の大きさ
21 / 113

初めての説得③

しおりを挟む
『――「切言屋」という、ターゲットを説得する仕事を父親がしていて、わたしはその助手。今日わたしが美咲の家に来たのは、美咲を説得するため。もう少し詳しく言うと、美咲が以前のように人前で普通にしゃべれるようになって、部屋から出て、高校に行ってもらうのが最終目標。
 では、説得役がなぜ父親ではなくてわたしかというと、父親はあなたが男性不信に陥っているのではないかと考えていて、切言屋に父親以外のメンバーはわたししかいないから。
 男性不信だからお母さんとしか筆談で話さなくなったという説、当たっている? それとも見当違い? 真偽を知りたい気持ちはもちろんあるけど、わたし個人の方針として、あなたから無理矢理情報を聞き出そうとは考えていない。まずは美咲が今話したいと思うことを、自由にわたしに話してほしい。
 内容はなんでも構わない。男性不信説についてでもいいし、今食べたいものとか、自作のポエムとか、ほんとうになんでもいいの。
 なにを話せばいいのかが分からないなら、そう伝えてくれればこちらから質問する。その場合、質問内容は必然に、あなたのひきこもり・不登校・しゃべらなくなったこと、それらに関係するものになる。それが嫌なら「それは嫌」と意思表示してくれれば、別の質問をする。
 今日のところはあと約一時間、夕方六時までこの家にいる予定。言いたいことがあるなら、それまでに言って。なにを言われても必ず返信するつもりだけど、内容によっては父親に相談するかもしれないから、返事は明日になる。わたしの父親やあなたのお母さん次第では、時間延長もるかもしれない。タイムスケジュールとしてはそんな感じ。
 伝える方法は、口頭、文章、どちらでも構わない。いきなりしゃべり出しても、長文を書いてきても、驚かないし文句も言わないから安心して。
 この紙をドアの隙間から部屋に差し入れたあとは、読書をしながらあなたの返事を待つから。
 椅子のすぐ前にドアがあるから、本を読んでいたとしても、紙が廊下に出現したらたぶん気がつくと思う。万が一気づかないようなら、呼びかけるなりノックするなりして。しゃべれなくても、それならできるよね? あなたからのメッセージが送られ次第読書を中断して、返答するなり返信するなりするから。一応、筆談には筆談、声には声で答えるつもりでいる。

 必要事項はこれで全部。美咲のメッセージ、待っているよ』

 
* * *


 事前に文章を考えてきたわけではないが、思いのほかすんなりと書き終えられた。斜線で文字を消した箇所も片手の指で数えられるほどしかない。少し小さめの文字で書きつづって、メモ用紙の表と裏がびっしり埋まった。

 今度からは大学ノートを持ってこようかな。
 そう考えながら、音を立てないように用紙を二つに折る。椅子から立ってドアへ歩み寄り、床との隙間から室内へと挿し込む。紙はドアの向こうに完全に隠れた。

 メモ用紙が素早くひったくられることも、逆に押し返されることもない。耳をそばだててみたが、物音は聞こえてこない。
 もしかすると、美咲はメモに手をつけないかもしれない。
 ……まあ、それならそれで構わないんだけど。

 のどかは再び椅子に腰を下ろし、ナップザックから文庫本を取り出す。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと - 〇  

設楽理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡ やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡ ――――― まただ、胸が締め付けられるような・・ そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ――――― ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。 絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、 遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、 わたしにだけ意地悪で・・なのに、 気がつけば、一番近くにいたYO。 幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい           ◇ ◇ ◇ ◇ 💛画像はAI生成画像 自作

わたしにしか懐かない龍神の子供(?)を拾いました~可愛いんで育てたいと思います

あきた
ファンタジー
明治大正風味のファンタジー恋愛もの。 化物みたいな能力を持ったせいでいじめられていたキイロは、強引に知らない家へ嫁入りすることに。 所が嫁入り先は火事だし、なんか子供を拾ってしまうしで、友人宅へ一旦避難。 親もいなさそうだし子供は私が育てようかな、どうせすぐに離縁されるだろうし。 そう呑気に考えていたキイロ、ところが嫁ぎ先の夫はキイロが行方不明で発狂寸前。 実は夫になる『薄氷の君』と呼ばれる銀髪の軍人、やんごとなき御家柄のしかも軍でも出世頭。 おまけに超美形。その彼はキイロに夢中。どうやら過去になにかあったようなのだが。 そしてその彼は、怒ったらとんでもない存在になってしまって。 ※タイトルはそのうち変更するかもしれません※ ※お気に入り登録お願いします!※

OL 万千湖さんのささやかなる野望

菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。 ところが、見合い当日。 息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。 「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」 万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。 部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。

『悪役令嬢』は始めません!

月親
恋愛
侯爵令嬢アデリシアは、日本から異世界転生を果たして十八年目になる。そんな折、ここ数年ほど抱いてきた自身への『悪役令嬢疑惑』が遂に確信に変わる出来事と遭遇した。 突き付けられた婚約破棄、別の女性と愛を語る元婚約者……前世で見かけたベタ過ぎる展開。それを前にアデリシアは、「これは悪役令嬢な自分が逆ざまぁする方の物語では」と判断。 と、そこでアデリシアはハッとする。今なら自分はフリー。よって、今まで想いを秘めてきた片想いの相手に告白できると。 アデリシアが想いを寄せているレンは平民だった。それも二十も年上で子持ちの元既婚者という、これから始まると思われる『悪役令嬢物語』の男主人公にはおよそ当て嵌まらないだろう人。だからレンに告白したアデリシアに在ったのは、ただ彼に気持ちを伝えたいという思いだけだった。 ところがレンから来た返事は、「今日から一ヶ月、僕と秘密の恋人になろう」というものだった。 そこでアデリシアは何故『一ヶ月』なのかに思い至る。アデリシアが暮らすローク王国は、婚約破棄をした者は一ヶ月、新たな婚約を結べない。それを逆手に取れば、確かにその間だけであるならレンと恋人になることが可能だと。 アデリシアはレンの提案に飛び付いた。 そして、こうなってしまったからには悪役令嬢の物語は始めないようにすると誓った。だってレンは男主人公ではないのだから。 そんなわけで、自分一人で立派にざまぁしてみせると決意したアデリシアだったのだが―― ※この作品は、『小説家になろう』様でも公開しています。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

処理中です...