切言屋

阿波野治

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遼の聞き込み⑤

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「トラブル? なかったよ。そんなものは全然ない。少なくとも、あたしたちと美咲のあいだで揉めた記憶はないね」

 すっかり冷静さを取り戻した弥生は、遼が伊東にも投げかけた質問に対して、伊東と同じ趣旨の返答を述べた。

「美咲は優しすぎるくらい優しい子だからね。喧嘩ふっかけたほうが悪者になるのに、ふっかける理由なんてないよ。あたしたちの知らないところでいじめられてる、とかもないと思う」
「根拠は?」
「バックにあたしたちがついてるから」
「……なるほど。それはなんていうか、説得力があるね」
「でしょ? でも、じゃあなにがあったんだって話だよね。美咲って大人しくて、よくも悪くも存在感ないから、正直欠けた感はないんだけど。でも、こうしてあの子のことをがっつり話していると、マジで心配になってくる。ついでに罪悪感も湧いてくるっていうか」
「罪悪感?」
「というよりも、反省する気持ちかな。あたしたち、美咲に冷たすぎなかった? 無関心すぎなかった? みたいな反省」
「心配してますアピールしてるけど、綿貫さんたちが見舞いに来たっていう話は聞いたことないなぁ。本当に美咲を友だちと思っているのか、怪しいよ」

 遼は軽口を叩いた。弥生たちと、ほんの少しではあるが距離が縮まった手応えがあったこと。美咲との関係をさんざんからかわれたことへの報復。二つの意味から、文字どおり軽い気持ちで口にしたのだが、少し調子に乗りすぎたかもしれない。
 少し悔やみ、少し怯えながら、遼はリアクションを待ち受ける。予想どおり弥生は眉根を寄せたが、意外にも眉尻を上げるのではなく、下げた。

「こっちは友だちのつもりでいるし、美咲もそう思ってくれているって信じてはいるけど……。そうは言っても、あたしたちは美咲と、高校に入ってから友だちになったからね。家に来るのを許すほど距離が縮まっていないのかもしれないって考えると、怖いよ。お見舞いに行くのはちょっと勇気がいる。それが本音」

 美咲は幼なじみである遼にすら口をきかなくなった。それがショックだった彼には、弥生の気持ちが分かりすぎるくらい分かった。物理的に心臓が痛かった。交流が長い分、実際に感じている痛みは、弥生とはけた違いなのだろう。悔しくて、もどかしくて、そしてさびしい。

『綿貫さんは気に病まなくていいよ。幼なじみの俺とですら会話してくれないんだから、綿貫さんたちが見舞いに行ってもどうせ門前払いされるだけだよ』

 そんな言葉をかければ、弥生をいくらか慰めることもできたのだろうが、遼にもプライドがある。

「急なのに、話してくれてありがとう。また話を聞きにくるかもしれないから、そのときはよろしく」

 そう言い残して教室をあとにした。
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