切言屋

阿波野治

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二度目の説得①

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 今日も夕方五時にのどかが二階まで来た。今日は父親である草太朗も、美咲の母親も伴わずに、たった一人で。

『わたしの方針は昨日と同じ。昨日渡した紙は手元にある? なくしたんだったら一から書くから、言って。メッセージを送りたいときはいつでもご自由に』

 そう書いた紙――今日はA4サイズのルーズリーフ――をドアの隙間から差し入れると、椅子に座って読書を始めた。

 美咲は昨夕、のどかという存在の出現によくも悪くも浮かれたが、ふと我に返ってからは、彼女を遠ざけるために努力を重ねた。そのためだけに、日没から就寝までのひとときを費やしたといっても過言ではない。

 今日は絶対、絶対に、のどかちゃんの甘い罠には引っかからないようにしよう。
 自分からあの子に近づいてはいけない。最終的には裏切られ、失望するに決まっているのだから、ずっと距離を保っておいたほうがい。

 美咲はそんな思いを胸に、本日のどかとドア越しの対面を果たした。しかし、静かな環境下で切言屋助手の存在を意識しているうちに、彼女に対して抗いがたい魅力を感じはじめた。

「話したいなら話して」と言ってくれているのだから、話してしまってもいいのでは?
 騙されたと思って、さらけ出せばいい。ほんとうに騙されたのなら、そのときはまた部屋に閉じこもればいい。それだけの話なのでは?

 心が惹かれる。有無を言わさない強い力の前に、なす術もなく一方的に引き寄せられていく。

 顔もまだ見ていない、切言屋という得体の知れない仕事に従事する父親の助手をしている、去年まで小学生だった小さな少女の、なにがこんなにも魅力的なのだろう?
 そんな不可解の解すらもどうでもよくさせる、静穏で、しかし絶大な力。

 騙されたなら、ひきこもる。誠心誠意向き合ってくれるのなら、話をしても損はない。心が楽になるし、もしかしたら、抱えている問題を解決してくれるかもしれない。なんといっても、のどかは切言屋の助手なのだから。

 切言屋が説得をどう進めるつもりなのかはまだ知らない。しかし、推察ならできる。

 美咲は現在、不登校で、ひきこもりで、人としゃべらない。両親はそれに困り、直さなければと危機感を抱き、切言屋に相談した。
 医者だと考えれば分かりやすい。三つの症状を治療するためにはなにが必要なのか?
 病院に行き、診察室で医師と相対した患者がまずすることは、自らを悩ませている症状について説明することだ。

 なぜ、不登校に学校に行かなくなったのか?
 なぜ、部屋にひきこもるようになったのか?
 なぜ、母親と筆談する以外の手段でコミュニケーションをとらなくなったのか?

 以上について、まずは美咲が説明しなければいけない。その段階をクリアしなければ、医者であるのどかは、あるいは草太朗は、処方箋を出すことができないのだから。
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