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二度目の説得④
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上手く伝えられるかとか。問題を解決してくれるかとか。そんなことはどうでもよくて、その事実がただただうれしい。ばかみたい、と我ながら思ってしまうほどの歓喜。爆発するように激しいのではなく、静かで、それでいて勢力は強大で、抑え込むのは難しい。
ドアの外にのどかがいるのに、無言。これまでずっと、その状況が耐えがたいと感じていたが、今になってやっと気がついた。
無音だから苦痛だったのではない。のどかと話したいのに話せなかったから苦しかったのだ。
熱い雫が頬を伝う。
泣くってこんなに呆気ないんだ、と思う。
泣くほど、私は欲していたんだ。そう思ったとたん、涙の量が増した。できれば無音で泣きたかったのに、一度のみならず二度も三度も洟をすすってしまう。
ああ、だめだな。どこか心地よい諦念。のどかちゃんとの会話を望んでいるはずなのに、どうして私自身が発する音を聞かれたくないのだろう? なんだか笑い出したいような気分でもある。
私、ぐちゃぐちゃだ。心も体もぐちゃぐちゃだ。
その涙が小休止したのは、ドアから新たなルーズリーフが差し入れられたからだ。
『どうしたの? 泣いているみたいだけど。大丈夫?』
ああ、と思う。
やっぱりこの子は、のどかちゃんは、わたしのことを思ってくれている――。
そう実感したことが、実質的な最後のひと押しになった。
話してみよう。のどかちゃんに話を聞いてもらおう。母親以外と筆談するのは初めてだ。つまずきはたくさんあるだろうが、それも含めて、のどかちゃんはきっと受け止めてくれる。
出だしが一番難しい。あちらから質問してくれればやりやすいのだが、のどかにその意思はないようだ。自分で考えるしかない。そこまで甘えるつもりはないし、甘えてはいけない。
ドア越しに急かされるプレッシャーは感じない。無意識に眉をひそめていたのは、ひとえに直面した問題の難しさのせいだ。
迷いに迷った末、美咲は以下の一文を書きつづり、あちらの世界へと託した。
『のどかちゃんは、どうして私なんかに構ってくれるの?』
美咲は温かい言葉を期待していた。泣いているかもしれない、という疑惑に対するのどかの反応を見た限り、期待どおりのものが送られてくると信じていた。
自覚はなかったが、広い意味で浮かれていた。そのせいで迂闊にも、かっちりと定義できるほど、武元のどかという人物に知悉していないことを失念していた。
話し相手になってくれる。学校に行かないし、部屋にひきこもっているし、筆談でしか人とコミュニケーションをとろうとしない、自分なんかに。
ただそれだけの事実を根拠に、武元のどかは思いやりのある、優しい、慈悲深い人間だと盲目的に思い込んでしまっていた。
ドアの外にのどかがいるのに、無言。これまでずっと、その状況が耐えがたいと感じていたが、今になってやっと気がついた。
無音だから苦痛だったのではない。のどかと話したいのに話せなかったから苦しかったのだ。
熱い雫が頬を伝う。
泣くってこんなに呆気ないんだ、と思う。
泣くほど、私は欲していたんだ。そう思ったとたん、涙の量が増した。できれば無音で泣きたかったのに、一度のみならず二度も三度も洟をすすってしまう。
ああ、だめだな。どこか心地よい諦念。のどかちゃんとの会話を望んでいるはずなのに、どうして私自身が発する音を聞かれたくないのだろう? なんだか笑い出したいような気分でもある。
私、ぐちゃぐちゃだ。心も体もぐちゃぐちゃだ。
その涙が小休止したのは、ドアから新たなルーズリーフが差し入れられたからだ。
『どうしたの? 泣いているみたいだけど。大丈夫?』
ああ、と思う。
やっぱりこの子は、のどかちゃんは、わたしのことを思ってくれている――。
そう実感したことが、実質的な最後のひと押しになった。
話してみよう。のどかちゃんに話を聞いてもらおう。母親以外と筆談するのは初めてだ。つまずきはたくさんあるだろうが、それも含めて、のどかちゃんはきっと受け止めてくれる。
出だしが一番難しい。あちらから質問してくれればやりやすいのだが、のどかにその意思はないようだ。自分で考えるしかない。そこまで甘えるつもりはないし、甘えてはいけない。
ドア越しに急かされるプレッシャーは感じない。無意識に眉をひそめていたのは、ひとえに直面した問題の難しさのせいだ。
迷いに迷った末、美咲は以下の一文を書きつづり、あちらの世界へと託した。
『のどかちゃんは、どうして私なんかに構ってくれるの?』
美咲は温かい言葉を期待していた。泣いているかもしれない、という疑惑に対するのどかの反応を見た限り、期待どおりのものが送られてくると信じていた。
自覚はなかったが、広い意味で浮かれていた。そのせいで迂闊にも、かっちりと定義できるほど、武元のどかという人物に知悉していないことを失念していた。
話し相手になってくれる。学校に行かないし、部屋にひきこもっているし、筆談でしか人とコミュニケーションをとろうとしない、自分なんかに。
ただそれだけの事実を根拠に、武元のどかは思いやりのある、優しい、慈悲深い人間だと盲目的に思い込んでしまっていた。
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途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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