切言屋

阿波野治

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二度目の説得⑤

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『一番の理由は、仕事だから』

 返信を呼んだ瞬間、弾んでいた心は醜く萎んだ。
 ……ああ。

 私はやっぱり、大切にされていないんだ。のどかちゃんだけじゃない。他のみんなもきっとそう。誰からも。世界中のありとあらゆる人々から。やっぱり、怖いよ。人と話をするのは、怖い。人間はみんなやっぱり、外側ではいい人を装っていても、内側はきっちりしっかりちゃっかり汚いんだ。四字熟語でいうなら、そう、人面獣心。ていうか私、不登校のひきこりなんだから、誰からも見下されて当然だよね。しゃべらないし反抗もしないから、見下し放題だし。

 のどかちゃんだってそう。まだ中一の女の子だけど、切言屋なんていう頭を使う仕事の助手をしているくらいだから、頭がいい。私のことなんて、頭が弱い、おかしな女子高生としか思っていないんだ、きっと。見下しているんだ。仕事だから仕方なく相手をしてやっているだけ。絶対にそう。だって、実際そう書いて私に渡したし。

 ああ、訊くんじゃなかった。書くんじゃなかった。ずっと黙っていればよかった。見下されるくらいなら、ばかにされるくらいなら、ずっと部屋にこもっていればよかったんだ。どうして、そうしなかったのだろう。私はばかだから、そうするべきじゃないって気がつかなかったんだ。

 ……でも。
 どうして、ばかだからというだけで、こんな目に遭わなきゃいけないの? こんな惨めな目に。私だけが。

 ああ、嫌だよ。怖いよ。逃げたいよ。
 話をするのが怖い。怖い怖い怖い怖い――。

 視覚的な変化が「怖い」の奔流に歯止めをかけた。のどかがまた新たな紙を送ってきたのだ。美咲の手はなかば自動的に動いてそれを掴む。

『別に、あなたを低く見てはいないよ』

 内心を見透かしたような言葉に、息を呑む。息つく暇もなく、さらに一枚。ひったくるように取り上げ、貪るように読んだ。

『読心術を使えるとでも思った? そんな力はわたしにはないよ。パパの仕事を手伝う中で、美咲みたいに、他人との接触を拒む人とさんざん接してきた。そういう人ってたいてい自意識過剰で、自己評価が低い。だから、美咲が考えていることはどうせそんなところだと思って、そう書いただけ。
 昨日の長文で、あえて書かなかったことが一つあるの。わたしに筆談でコミュニケーションをとってくれたお礼に、教えてあげる。
 わたしには夢があって、それは「千年残る究極の小説」を書くこと。パパの仕事についてきているのは、人間観察をして作品に生かすため。他人を見下しても、わたしにとってなんの得にもならない。わたしは基本的に、どんな人間も素晴らしいし、面白い存在だと思っている。もちろん、美咲も例外ではないよ。
 わたしはどうしてあなたに構うのか? 一つは、仕事だから。一つは、個人的な夢を叶えるため。もう一つは、全体に占める割合としてはちっぽけかもしれないけど、美咲の力になりたい気持ちがあるから。他の二つと比べると圧倒的に小さいけど、ゼロじゃない。
 仕事だから何回も言うよ。話したいことがあるならわたしに言って。話してくれさえすれば、解決策を提示できるかもしれないから』

 その言葉は、まぎれもなく、美咲が欲していた言葉だ。
 しかし、返信をしたためることはできない。どうしてもできない。
 けっきょく、そのままタイムリミットを迎えた。
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