切言屋

阿波野治

文字の大きさ
80 / 113

クロノスケ①

しおりを挟む
 西の空には茜色がにじんでさえいない早い時間帯だったが、草太朗は自宅まで送ると弥生に申し出た。
 彼女は二つ返事で申し出に同意した。二人は肩を並べて歩きはじめた。
 溜め込んでいた思いを洗いざらい打ち明け、小腹を満たした弥生は、饒舌だ。話題は学校で起きたちょっとした事件など、他愛もないが、面白おかしく語ろう、話を盛り上げようという意識をもって語るため、草太朗も気分よく受け答えできた。

 綿貫家に着くまで楽しくおしゃべりをして、「美咲になにかあったら連絡するかもしれないから」と伝え、連絡先を交換し、解散。
 思い描いていたそんな未来は、思いがけない形で打ち砕かれることとなる。

「あ、お墓だ」

 弥生がとある民家の門前で足を止めたかと思うと、そうつぶやいた。視線は、開いた門扉越しに見える庭へと注がれている。門柱の表札に刻まれているのは「本田」の二字。
 草太朗は弥生の隣に立って庭を覗き込む。狭い空間の端でも中央でもない中途半端な地点に、握り拳よりも一回り大きい灰色の石が置かれている。その表面につづられた黒い線は「クロノスケの墓」と読める。

「ペットの墓っぽいね。クロノスケ――黒い毛のネコかイヌかな」
「ネコだよ」

 草太朗の何気ないつぶやきに、弥生は言下にそう答えた。

「クロネコ。そんなに大きくはなかったけど、子猫ほど小さくもなくて。クロノスケっていう名前なのは初めて知ったけど」
「弥生ちゃん、知ってるんだ?」
「知ってるよ。美咲がよく遊ぶネコだって話してくれたことがあって、あたしも何回か見たことがある。警戒心が強くて、あたしは触らせてくれるどころか近づくことさえ難しくて。たしか病気だっていう話だったけど、見た限り元気そうだった。人間相手には弱みを見せないようにしていたのかも、だけど」

 その発言を聞いて、今いる道が、美咲が通う高校と美咲の自宅を繋ぐ道だと気がつく。

「弥生ちゃん、確認だけど、その情報は事実ということでいいんだね?」
「嘘をついてもあたしになんの得もないですよ。どうかしたんですか?」
「死んじゃったネコ――クロノスケの件、ちょっとこの家の人に訊いてみるよ。美咲ちゃんに関係していることだから」
「たしかに関係しているといえばしてるけど、ただのネコだよ? 美咲の問題とは無関係だと思うけど」
「僕もそう思う。でも、万が一ということもあるから」

 草太朗の表情は知らず知らずのうちに引き締まっていたのだろう。彼の顔を見ながらしゃべる弥生の顔も、次第に緊張感を帯びてきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

氷弾の魔術師

カタナヅキ
ファンタジー
――上級魔法なんか必要ない、下級魔法一つだけで魔導士を目指す少年の物語―― 平民でありながら魔法が扱う才能がある事が判明した少年「コオリ」は魔法学園に入学する事が決まった。彼の国では魔法の適性がある人間は魔法学園に入学する決まりがあり、急遽コオリは魔法学園が存在する王都へ向かう事になった。しかし、王都に辿り着く前に彼は自分と同世代の魔術師と比べて圧倒的に魔力量が少ない事が発覚した。 しかし、魔力が少ないからこそ利点がある事を知ったコオリは決意した。他の者は一日でも早く上級魔法の習得に励む中、コオリは自分が扱える下級魔法だけを極め、一流の魔術師の証である「魔導士」の称号を得る事を誓う。そして他の魔術師は少年が強くなる事で気づかされていく。魔力が少ないというのは欠点とは限らず、むしろ優れた才能になり得る事を―― ※旧作「下級魔導士と呼ばれた少年」のリメイクとなりますが、設定と物語の内容が大きく変わります。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?

くまの香
ファンタジー
 いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。

雨上がりの虹と

瀬崎由美
ライト文芸
大学受験が終わってすぐ、父が再婚したいと言い出した。 相手の連れ子は小学生の女の子。新しくできた妹は、おとなしくて人見知り。 まだ家族としてイマイチ打ち解けられないでいるのに、父に転勤の話が出てくる。 新しい母はついていくつもりで自分も移動願いを出し、まだ幼い妹を含めた三人で引っ越すつもりでいたが……。 2年間限定で始まった、血の繋がらない妹との二人暮らし。 気を使い過ぎて何でも我慢してしまう妹と、まだ十代なのに面倒見の良すぎる姉。 一人っ子同士でぎこちないながらも、少しずつ縮まっていく姉妹の距離。   ★第7回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

処理中です...