88 / 113
図書館の天啓④
しおりを挟む
図書館に着くと、親子は別行動をとる。
天気がいい日などは屋外のベンチで惰眠を貪ることも多い草太朗も、今日は書架と書架のあいだを歩き回っては棚から本を抜き出し、表紙をめくりページをめくる。小首を傾げるか立ち読みをするかして、前者の対応をとった場合は即座に、後者の対応をとった場合はとりあえず満足がいくまで読んでから、振り出しに戻る。ひたすらそれをくり返す。
草太朗が入念に内容を確認したのは、鬱病関連の書籍。
鬱病の症状の特徴はこうこうこうです、巻末のセリフチェックリストで確認すれば自分が鬱病かどうかが分かります――そんな一般向けの書籍を。
自分が美咲になったつもりで、心の中で項目に〇や×を書き込んでいく。無力感にさいなまれているか、食欲はあるか、集中力が途切れがちか。趣味に対する興味は減退したか、自傷行為はしたか、寝つきは悪くなったか。
仕事の資料として、そして自分自身や家族の心の健康のために、草太朗はこの手の本を何冊か購入して自宅の本棚に置いてある。だからどの項目にも既視感があるし、どの欄に〇をつければ鬱病の可能性が高いと判定されるのかも知っている。
美咲の人となりに関して把握していない領域が広いため、〇と×、どちらがふさわしいかの判断を下せない項目も半数近くあった。ただ、白黒つけられた項目だけを取り上げれば、×よりも〇のほうが圧倒的に多い。
つまり、美咲は鬱病の可能性が濃厚。
しかし、総ページ数三百弱の一冊を手にしたまま、草太朗は首を傾げる。
「……違うんだよなぁ」
本を閉ざして元の場所に戻す。ため息をつくつもりはなかったが、抑えきれなかった。小さく頭を振って通路を歩き出す。
草太朗は自身が鬱病と診断された過去を持つ。したがって、鬱病患者とはいかなる状態に置かれた人間を指すのかを知っている。当時の自分を思い返し、美咲と比較してみると、似ているようで違う気がする。
暗闇の淵に沈んでいたころの草太朗は、現在地から自力で這い上がる気力も、這い上がりたいという意欲も、著しく欠いていた。誰かに力強く引っ張り上げてもらわない限り、現状からの脱出からはまず不可能。そんな有り様だった。
しかし、美咲は当時の草太朗とは違い、他者と対話する意欲が感じられる。当時の彼に負けず劣らず深く、暗く、淀んだ場所に身を置いているが、それでも這い上がろうとしている。手を伸ばし、自分を救い出してくれるなにかに掴もうとしている。
なんらかの要因に阻害されて、這い上がりたくても這い上がれず、手を伸ばすこともままならないだけで。
天気がいい日などは屋外のベンチで惰眠を貪ることも多い草太朗も、今日は書架と書架のあいだを歩き回っては棚から本を抜き出し、表紙をめくりページをめくる。小首を傾げるか立ち読みをするかして、前者の対応をとった場合は即座に、後者の対応をとった場合はとりあえず満足がいくまで読んでから、振り出しに戻る。ひたすらそれをくり返す。
草太朗が入念に内容を確認したのは、鬱病関連の書籍。
鬱病の症状の特徴はこうこうこうです、巻末のセリフチェックリストで確認すれば自分が鬱病かどうかが分かります――そんな一般向けの書籍を。
自分が美咲になったつもりで、心の中で項目に〇や×を書き込んでいく。無力感にさいなまれているか、食欲はあるか、集中力が途切れがちか。趣味に対する興味は減退したか、自傷行為はしたか、寝つきは悪くなったか。
仕事の資料として、そして自分自身や家族の心の健康のために、草太朗はこの手の本を何冊か購入して自宅の本棚に置いてある。だからどの項目にも既視感があるし、どの欄に〇をつければ鬱病の可能性が高いと判定されるのかも知っている。
美咲の人となりに関して把握していない領域が広いため、〇と×、どちらがふさわしいかの判断を下せない項目も半数近くあった。ただ、白黒つけられた項目だけを取り上げれば、×よりも〇のほうが圧倒的に多い。
つまり、美咲は鬱病の可能性が濃厚。
しかし、総ページ数三百弱の一冊を手にしたまま、草太朗は首を傾げる。
「……違うんだよなぁ」
本を閉ざして元の場所に戻す。ため息をつくつもりはなかったが、抑えきれなかった。小さく頭を振って通路を歩き出す。
草太朗は自身が鬱病と診断された過去を持つ。したがって、鬱病患者とはいかなる状態に置かれた人間を指すのかを知っている。当時の自分を思い返し、美咲と比較してみると、似ているようで違う気がする。
暗闇の淵に沈んでいたころの草太朗は、現在地から自力で這い上がる気力も、這い上がりたいという意欲も、著しく欠いていた。誰かに力強く引っ張り上げてもらわない限り、現状からの脱出からはまず不可能。そんな有り様だった。
しかし、美咲は当時の草太朗とは違い、他者と対話する意欲が感じられる。当時の彼に負けず劣らず深く、暗く、淀んだ場所に身を置いているが、それでも這い上がろうとしている。手を伸ばし、自分を救い出してくれるなにかに掴もうとしている。
なんらかの要因に阻害されて、這い上がりたくても這い上がれず、手を伸ばすこともままならないだけで。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと - 〇
設楽理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡
やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡
――――― まただ、胸が締め付けられるような・・
そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ―――――
ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。
絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、
遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、
わたしにだけ意地悪で・・なのに、
気がつけば、一番近くにいたYO。
幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい
◇ ◇ ◇ ◇
💛画像はAI生成画像 自作
わたしにしか懐かない龍神の子供(?)を拾いました~可愛いんで育てたいと思います
あきた
ファンタジー
明治大正風味のファンタジー恋愛もの。
化物みたいな能力を持ったせいでいじめられていたキイロは、強引に知らない家へ嫁入りすることに。
所が嫁入り先は火事だし、なんか子供を拾ってしまうしで、友人宅へ一旦避難。
親もいなさそうだし子供は私が育てようかな、どうせすぐに離縁されるだろうし。
そう呑気に考えていたキイロ、ところが嫁ぎ先の夫はキイロが行方不明で発狂寸前。
実は夫になる『薄氷の君』と呼ばれる銀髪の軍人、やんごとなき御家柄のしかも軍でも出世頭。
おまけに超美形。その彼はキイロに夢中。どうやら過去になにかあったようなのだが。
そしてその彼は、怒ったらとんでもない存在になってしまって。
※タイトルはそのうち変更するかもしれません※
※お気に入り登録お願いします!※
OL 万千湖さんのささやかなる野望
菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。
ところが、見合い当日。
息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。
「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」
万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。
部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
拝啓、あなた方が荒らした大地を修復しているのは……僕たちです!
FOX4
ファンタジー
王都は整備局に就職したピートマック・ウィザースプーン(19歳)は、勇者御一行、魔王軍の方々が起こす戦闘で荒れ果てた大地を、上司になじられながらも修復に勤しむ。平地の行き届いた生活を得るために、本日も勤労。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる