切言屋

阿波野治

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遼と美咲③

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 遼の足は吉村家の十数メートル手前で止まる。
 門前に美咲の姿を見つけたのだ。
 門柱を背に佇み、道の対岸にある民家を眺めている。ぼーっと突っ立っていて、視線の先にあるのがたまたま民家、という雰囲気だ。

 遼の心臓は高鳴りはじめた。少し怖いくらいに強く、激しく。

 十数メートル隔たった地点から眺める、実に二週間ぶりにお目にかかる美咲の顔は、憂鬱そうではないが晴れやかでもない。
 笑顔が見たい、と遼は思った。
 二週間ぶりに顔を見た。それでは満足できない。

 なにを話せばいいのか、走りながら常に考えつづけてはいたが、いまだに答えを掴みきれていない。
 構うものか、と開き直る。歩行を再開する。

 美咲は歩み寄ってくる遼に気づかない。にわかに不安が芽生えた。二週間にわたる殻に閉じこもる生活は、彼女をどのように変えたのだろう。
 変わらなかった? そんなはずがない。絶対になにが変わった。二週間社会と断絶して生きることの重大性は、体験したことがない遼にも充分に理解できる。
 怖くないと言えば嘘になる。しかし、歩みは止めない。ネガティブな感情を振りきるように、むしろ足を速めた。

 五メートルを切ったあたりで、美咲が突然遼のほうを振り向いた。一時停止ボタンを押したように彼の足は止まる。
 遼を遼だと認識したらしく、美咲はどこかぎこちなくほほ笑んだ。遼に対して複雑な感情を抱いているからではなく、長らく部屋にひきこもっていて、誰かに笑いかけるのが久しぶりだったせいで下手くそな笑いかたになったのだ、というふうに遼は感じた。小走りに美咲のもとへと駆け寄る。

 客観時間としても体感時間としても実に久しぶりに、幼なじみの二人は向かい合う。
 二人はすぐにはしゃべり出さない。遠くで子どもたちがはしゃぐ声が聞こえる。吉村家の前の道を通る人や車はない。二人を邪魔するものはなにもない。
 そう不愉快な沈黙ではなかったが、多少の気まずさは感じた。胸の底で美咲と話したい欲求が脈打ちつづけている。

 久しぶりに話をすることになった美咲にふさわしい言葉は?
 いくら考えてもこれしか浮かばない。

「美咲、久しぶりだね」
「うん。とても久しぶり。二週間ぶり、くらいかな」

 美咲の声は少しかすれていたが、口調は思ったよりもずっとしっかりしている。目と目が合うことこそないが、遼の顔を見ながら返事をしてくれた。
 静かな喜びが湧き上がってくる。幼なじみと言葉を交わすことへのためらいが完全に消えた。

「そうだね。そのくらいだね。草太朗さんから美咲のことを聞いて、慌てて帰ってきたんだ。なんていうか、力になれなくて、ごめんな」
「直接言葉を交わす機会がなかったのはたしかだけど、私はそうは思わないな。草太朗さんが言っていたよ。遼の協力がなければ問題は解決しなかっただろうって。あんなにも誠実に私に言葉をかけてくれた草太朗さんがそう言うんだから、それが真実なんだと思う。だから、お礼を言わせて」

 ぎこちなかった表情が少し和らぎ、遼がよく知っているものに近づく。

「遼、ありがとう」
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