グッバイ童貞

阿波野治

文字の大きさ
29 / 48

vs羽鳥④

しおりを挟む
 遠く、しかも薄暗かったが、羽鳥の顔が歪んだのが見て取れた。ボウガンに矢を装填しようとする素振りを見せたが、断念して三花に背を向け、鉄パイプを掴み上げると共に逃走を開始する。シックでファンシーな衣装には似合わない、泥臭い全力疾走。向かう先は遊歩道の出口だ。
 羽鳥は走りながら、改めてボウガンに矢を装填しようとしたが、左手に握った鉄パイプが作業を妨げる。
 鈍器を捨てるか。飛び道具を捨てるか。

 羽鳥は後者を選択し、三花に向かってボウガンを投げつけた。狙いは外れたが、目の前の地面に転がったため、束の間三花を足止めした。
 その間に羽鳥は遊歩道まで移動し、木板の上を疾走し始めた。俺は漸く三花に追いついた。肩を並べて敵を追走する。
 こちらの方が走るのは速いらしく、双方の距離は徐々に縮まっていく。羽鳥は時折肩越しに振り向くが、そのたびに、ただでさえ青白い顔がさらに青く白くなる。我武者羅に走るあまり、矢筒から鋼鉄の矢が頻繁にこぼれ落ちる。

「拾っておけばよかったかな、ボウガン」

 三花が独りごちた時には、投げ捨てられたその武器と二人の間は、百メートル以上は隔たっていた。
 羽鳥が雑木林を抜けた。立ち止まって周囲を見回し、右斜め前方に視線を定め、再び駆け出す。向かう先にあるのは、俺たちが乗ってきた軽トラック。

「……まずい」

 三花のシリアスな呟きに、否応にも緊張が高まる。
 羽鳥が軽トラックに達した。運転席のドアノブに手をかける。開いた。羽鳥の顔に歪んだ笑みが浮かんだ。鉄パイプを投げ捨てて運転席に滑り込む。俺たちが雑木林から抜け出した直後、ドアが閉まった。エンジンがかかる。

「……マジかよ」

 鉄塊が動き出した。進行方向は、立ち尽くす俺たち。フロントガラス越しに、羽鳥が邪悪な笑みを浮かべているのが見えた。軽トラックは見る見る加速する。

「逃げろ……!」

 三花の掛け声を合図に、俺たちは全速力で道を引き返し始めた。
 直後、激しい衝突音。遊歩道の入口の左右に門のごとく生えた、二本の大樹の間を強引に通過しようとして、閊えたのだ。
 阻まれてもなお、軽トラックは前進をやめようとしない。乾いた破砕音を立てながら、二本の樹は徐々に左右に傾いていく。

「どうするんだよ。このままだといずれ追いつかれるぜ」

 三花の方は向かずに問いかける。全力疾走しているせいで呼吸が荒い。

「分かってる。でも、追いつかれたからといって、素直に轢き殺される理由はどこにもない。追いつかれたら――」

 樹が薙ぎ倒される音が轟いた。続いて聞こえてきたのは、巨大怪獣の咆哮のような走行音。驚異的な速さで近づいてくる。鉄塊に圧殺される二秒後の未来が脳裏を過ぎった。三花が叫んだ。

「跳べ……!」

 俺たちは同時に右方向に跳んだ。直後、全速力で木板の上を駆ける俺たちの幻影を軽トラックが轢き殺した。
 鋼鉄の怪獣はそのままコースを爆走、俺たちが間一髪難を逃れた地点から十メートル近く直進したところで勢い余ってつんのめり、そのまま縦方向に一回転、さらに半回転して木に激突、動きを止めた。静寂が雑木林を満たし、遠慮がちな鳥のさえずりが聞こえてきた。
 俺と三花は申し合わせたように体の右側面を地面につけ、足を遊歩道に向けて横たわっている。ただ呼吸を繰り返すだけの時間がしばらく続いた。
 先に三花が立ち上がった。走るのに邪魔になるだけだと判断して放棄したらしく、釘バットは手にしていないし、傍に落ちてもいない。俺が起き上がるのを助け、体に付着した土や葉を軽く手で払う。互いに手を貸し合ったが、『ハイツ・ジョニー』の時のようにふざけることはない。

「悪いけど、ボウガンを取ってきてくれる? 回収したらトラックまで来て」

 横っ飛びした際に俺が手放していたバールを拾い上げ、三花は急がない足取りで軽トラックへ向かった。
 捨てられた大体の場所は記憶していたので、問題の物品は簡単に発見できた。拾い上げた途端、硝子が砕ける音。振り向くと、三花がバールを振るって運転席の窓硝子を叩き割っていた。

 引き返す道中、横たわるアリッサを発見し、足を止める。口と腹部に矢が突き刺さった彼女の肌には、早くも蟻が三・四匹這っていた。彼女を悼むためのちょっとした行動を取ろうかとも考えたが、視線を切って歩き出す。
 軽トラックに辿り着いた直後、三花が運転席から羽鳥を引きずり出した。左側頭部の皮が大きくめくれ、赤い肉が露出し、鮮血が顔の左半分を染めている。意識を失っているらしく、両の瞼は閉ざされている。表情は穏やかで、安らかだという印象さえ受ける。側頭部の傷さえなければ、眠っているようにしか見えなかっただろう。

 三花は羽鳥の衣服を力任せに引き裂き、小さく膨らんだ胸を露出させた。片手が差し出されたので、ボウガンを渡す。腰に縛りつけられた矢筒から矢を一本抜き取り、ボウガンに装填する。左胸に狙いを定め、発射。突き刺さった瞬間、半裸の体が一瞬震え、それでおしまいだった。数分も経てば、肌の上を蟻が這っているかもしれない。

「熱心に見てるけど、もしかして欲情した? 死姦、いっとく?」
「ふざけている場合じゃない。敵はもう一人いる」
「板垣、だっけ。羽鳥に呼ばれたのに駆けつけてこないけど、どうなってるのかな。派手な音が立ったから警戒してる? ……うーん、どうなんだろう」

 矢筒をベルトごと羽鳥の腰から外し、ボウガンと共に俺に渡す。

「あたしはバールで戦うから、友也はボウガンでサポートをお願い。さあ、あと一人」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。 この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...