ヒモ男と新幹線

阿波野治

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「ちょっと、何よその言い方!」

 リリカの双眸が見開かれた。平手で卓袱台をしばき、早口で捲し立てる。

「アホはこっちの台詞よ。雅也が働かないから、私一人で生活費を稼がなきゃいけないから、早い時間から店に行ってるんでしょ。朝ご飯を作る時間がないのは、雅也のせいなのよ。分かってるの?」
「時間がない? あるじゃねぇか。食パンをトーストして、コーヒーを淹れて、ソーセージと卵を焼いて、野菜を切り刻んでボウルに放り込むだけの時間が。時間が全然ないわけじゃないのに、焼いただけとか、切っただけとか、何でそんな料理しか作らないんだ」
「作らないんじゃなくて、作れないの。時間があんまりないから、手間がかかる料理を作る暇がないんだってば」
「要するに、短時間でまともな料理を作る能力がないってことか。情けねぇなぁ、サンドイッチ屋で働いてるくせに」
「サンドイッチ作ってるわけじゃないし。注文をとったり料理を運んだりしてるだけだし。私が具体的にどういう仕事をしてるかは、散々話したよね。それなのに未だに分かってないって、逆に凄くない? 流石は中卒ね」
「悪かったな、誰かさんみたいに三流大学を卒業してなくて。人のことを責める暇があるなら、もっと努力をしたらどうだ。料理の才能がないのは仕方ないにしても、腕を磨くための時間は惜しむなよ。毎日毎日不味い飯を食わされる俺の身にもなれ。いつから同棲してると思ってるんだ? 一年と八か月だぜ、一年と八か月。全く進歩してないじゃねぇか、料理の腕前。怠けてんじゃねぇよ」
「怠る? あんたにだけは言われたくないわよ。働いてもいない人間になんで文句言われなきゃいけないわけ。癪に障るのよ、一々一々。偉そうなことばっかり言って、あんた何様?」
「分かり切った質問してんじゃねぇ。働いてないくせに偉そうなことばっか言う、駄目人間様だ」
「なに急に開き直ってんの? 意味分かんない」
「駄目人間だっていう自覚はちゃんとあるぜ、ってことだよ。お前はどうなんだ? 料理が下手くそだっていう自覚はあるのか?」
「はあ? 下手じゃないし。時間に余裕さえあれば、もっとちゃんとしたの作れるし。その証拠に、夕食には手の込んだものを出してるでしょ。あんた、朝食のことしか記憶にないわけ? 若年性痴呆症なんじゃないの」
「似たようなもんだろ、朝飯も晩飯も。時間じゃなくて、お前に料理のセンスがないのが問題なんだよ。今日の朝飯なんか、酷いぜ。ソーセージに目玉焼き、二色のパプリカ、オーロラソースのケチャップとマヨネーズ――赤と黄色ばっかじゃねぇか。彩りとか、そういうところにももうちょっと気を配れよ」
「その二色だけだと変かもしれないけど、トーストの狐色とか、コーヒーの黒とか、ちゃんと他の色も入ってるじゃない。それに、オーロラソースはオレンジでしょ。食材の色にまで文句つけないでよ、気持ち悪い」
「あとさ、サラダにかけるドレッシング、何で胡麻ドレッシングばっかなんだよ。他のドレッシングも出せよ。確かに好きとは言ったけど、同じのばっかだと飽きるだろうが。馬鹿の一つ覚えみたいに胡麻ドレッシング、胡麻ドレッシング、胡麻ドレッシング……。お前は全日本胡麻ドレッシング協会の回し者か?」
「使い切らないといけないから出してるだけなんだけど」
「ローテーション組んで、他のドレッシングも登板させろよ。胡麻ドレッシング酷使してんじゃねぇ」
「賞味期限の概念知らないわけ? あんまりいっぱい買っても、使い切る前に賞味期限切れちゃうでしょうが。ただでさえ雅也が稼がないのに、そんな贅沢な真似できるわけないじゃない」
「じゃあ、自作すればいい」
「だから時間がないんだって。何回も同じこと言わせないで」
「オーロラソースを作る時間はあって、ドレッシングを作る時間はない? おかしなことを言うなぁ、大卒のくせに」
「二種類の調味料を混ぜたら、はい出来上がり、なんて単純なものじゃないのよ、ドレッシングは。料理のりの字も知らないくせに、知ったような口利かないで」
「兎の餌を出しておいて、わたしは料理を知っている人間ですってか? 笑わせるんじゃねぇ。サンドイッチ屋なんかで働いてないで、兎小屋の飼育員に転職しやがれ」

 反論の言葉はない。リリカは顔を鼻先まで真っ赤に染め、体を小刻みに震わせている。
 勝った! 口喧嘩に勝った!

 にやにやしながらリリカの肩に手を置いた瞬間、払い除けられた。手が当たったらしく、ボウルが勢いよく卓袱台の上を転がる。豪快に中身をぶちまけながら卓上から落下、口を下にして床に静止した。

「もういい! もう雅也にご飯作らない! 霞食って生きろ! アホアホアホ!」
 卓袱台に蹴りを入れ、部屋の隅に置いてあったハンドバッグを引っ掴み、床を踏み鳴らして六畳間から出て行く。玄関のドアが開き、閉まる音。靴音が階段を下っていき、静寂。
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