2 / 9
2
しおりを挟む
「ちょっと、何よその言い方!」
リリカの双眸が見開かれた。平手で卓袱台をしばき、早口で捲し立てる。
「アホはこっちの台詞よ。雅也が働かないから、私一人で生活費を稼がなきゃいけないから、早い時間から店に行ってるんでしょ。朝ご飯を作る時間がないのは、雅也のせいなのよ。分かってるの?」
「時間がない? あるじゃねぇか。食パンをトーストして、コーヒーを淹れて、ソーセージと卵を焼いて、野菜を切り刻んでボウルに放り込むだけの時間が。時間が全然ないわけじゃないのに、焼いただけとか、切っただけとか、何でそんな料理しか作らないんだ」
「作らないんじゃなくて、作れないの。時間があんまりないから、手間がかかる料理を作る暇がないんだってば」
「要するに、短時間でまともな料理を作る能力がないってことか。情けねぇなぁ、サンドイッチ屋で働いてるくせに」
「サンドイッチ作ってるわけじゃないし。注文をとったり料理を運んだりしてるだけだし。私が具体的にどういう仕事をしてるかは、散々話したよね。それなのに未だに分かってないって、逆に凄くない? 流石は中卒ね」
「悪かったな、誰かさんみたいに三流大学を卒業してなくて。人のことを責める暇があるなら、もっと努力をしたらどうだ。料理の才能がないのは仕方ないにしても、腕を磨くための時間は惜しむなよ。毎日毎日不味い飯を食わされる俺の身にもなれ。いつから同棲してると思ってるんだ? 一年と八か月だぜ、一年と八か月。全く進歩してないじゃねぇか、料理の腕前。怠けてんじゃねぇよ」
「怠る? あんたにだけは言われたくないわよ。働いてもいない人間になんで文句言われなきゃいけないわけ。癪に障るのよ、一々一々。偉そうなことばっかり言って、あんた何様?」
「分かり切った質問してんじゃねぇ。働いてないくせに偉そうなことばっか言う、駄目人間様だ」
「なに急に開き直ってんの? 意味分かんない」
「駄目人間だっていう自覚はちゃんとあるぜ、ってことだよ。お前はどうなんだ? 料理が下手くそだっていう自覚はあるのか?」
「はあ? 下手じゃないし。時間に余裕さえあれば、もっとちゃんとしたの作れるし。その証拠に、夕食には手の込んだものを出してるでしょ。あんた、朝食のことしか記憶にないわけ? 若年性痴呆症なんじゃないの」
「似たようなもんだろ、朝飯も晩飯も。時間じゃなくて、お前に料理のセンスがないのが問題なんだよ。今日の朝飯なんか、酷いぜ。ソーセージに目玉焼き、二色のパプリカ、オーロラソースのケチャップとマヨネーズ――赤と黄色ばっかじゃねぇか。彩りとか、そういうところにももうちょっと気を配れよ」
「その二色だけだと変かもしれないけど、トーストの狐色とか、コーヒーの黒とか、ちゃんと他の色も入ってるじゃない。それに、オーロラソースはオレンジでしょ。食材の色にまで文句つけないでよ、気持ち悪い」
「あとさ、サラダにかけるドレッシング、何で胡麻ドレッシングばっかなんだよ。他のドレッシングも出せよ。確かに好きとは言ったけど、同じのばっかだと飽きるだろうが。馬鹿の一つ覚えみたいに胡麻ドレッシング、胡麻ドレッシング、胡麻ドレッシング……。お前は全日本胡麻ドレッシング協会の回し者か?」
「使い切らないといけないから出してるだけなんだけど」
「ローテーション組んで、他のドレッシングも登板させろよ。胡麻ドレッシング酷使してんじゃねぇ」
「賞味期限の概念知らないわけ? あんまりいっぱい買っても、使い切る前に賞味期限切れちゃうでしょうが。ただでさえ雅也が稼がないのに、そんな贅沢な真似できるわけないじゃない」
「じゃあ、自作すればいい」
「だから時間がないんだって。何回も同じこと言わせないで」
「オーロラソースを作る時間はあって、ドレッシングを作る時間はない? おかしなことを言うなぁ、大卒のくせに」
「二種類の調味料を混ぜたら、はい出来上がり、なんて単純なものじゃないのよ、ドレッシングは。料理のりの字も知らないくせに、知ったような口利かないで」
「兎の餌を出しておいて、わたしは料理を知っている人間ですってか? 笑わせるんじゃねぇ。サンドイッチ屋なんかで働いてないで、兎小屋の飼育員に転職しやがれ」
反論の言葉はない。リリカは顔を鼻先まで真っ赤に染め、体を小刻みに震わせている。
勝った! 口喧嘩に勝った!
にやにやしながらリリカの肩に手を置いた瞬間、払い除けられた。手が当たったらしく、ボウルが勢いよく卓袱台の上を転がる。豪快に中身をぶちまけながら卓上から落下、口を下にして床に静止した。
「もういい! もう雅也にご飯作らない! 霞食って生きろ! アホアホアホ!」
卓袱台に蹴りを入れ、部屋の隅に置いてあったハンドバッグを引っ掴み、床を踏み鳴らして六畳間から出て行く。玄関のドアが開き、閉まる音。靴音が階段を下っていき、静寂。
リリカの双眸が見開かれた。平手で卓袱台をしばき、早口で捲し立てる。
「アホはこっちの台詞よ。雅也が働かないから、私一人で生活費を稼がなきゃいけないから、早い時間から店に行ってるんでしょ。朝ご飯を作る時間がないのは、雅也のせいなのよ。分かってるの?」
「時間がない? あるじゃねぇか。食パンをトーストして、コーヒーを淹れて、ソーセージと卵を焼いて、野菜を切り刻んでボウルに放り込むだけの時間が。時間が全然ないわけじゃないのに、焼いただけとか、切っただけとか、何でそんな料理しか作らないんだ」
「作らないんじゃなくて、作れないの。時間があんまりないから、手間がかかる料理を作る暇がないんだってば」
「要するに、短時間でまともな料理を作る能力がないってことか。情けねぇなぁ、サンドイッチ屋で働いてるくせに」
「サンドイッチ作ってるわけじゃないし。注文をとったり料理を運んだりしてるだけだし。私が具体的にどういう仕事をしてるかは、散々話したよね。それなのに未だに分かってないって、逆に凄くない? 流石は中卒ね」
「悪かったな、誰かさんみたいに三流大学を卒業してなくて。人のことを責める暇があるなら、もっと努力をしたらどうだ。料理の才能がないのは仕方ないにしても、腕を磨くための時間は惜しむなよ。毎日毎日不味い飯を食わされる俺の身にもなれ。いつから同棲してると思ってるんだ? 一年と八か月だぜ、一年と八か月。全く進歩してないじゃねぇか、料理の腕前。怠けてんじゃねぇよ」
「怠る? あんたにだけは言われたくないわよ。働いてもいない人間になんで文句言われなきゃいけないわけ。癪に障るのよ、一々一々。偉そうなことばっかり言って、あんた何様?」
「分かり切った質問してんじゃねぇ。働いてないくせに偉そうなことばっか言う、駄目人間様だ」
「なに急に開き直ってんの? 意味分かんない」
「駄目人間だっていう自覚はちゃんとあるぜ、ってことだよ。お前はどうなんだ? 料理が下手くそだっていう自覚はあるのか?」
「はあ? 下手じゃないし。時間に余裕さえあれば、もっとちゃんとしたの作れるし。その証拠に、夕食には手の込んだものを出してるでしょ。あんた、朝食のことしか記憶にないわけ? 若年性痴呆症なんじゃないの」
「似たようなもんだろ、朝飯も晩飯も。時間じゃなくて、お前に料理のセンスがないのが問題なんだよ。今日の朝飯なんか、酷いぜ。ソーセージに目玉焼き、二色のパプリカ、オーロラソースのケチャップとマヨネーズ――赤と黄色ばっかじゃねぇか。彩りとか、そういうところにももうちょっと気を配れよ」
「その二色だけだと変かもしれないけど、トーストの狐色とか、コーヒーの黒とか、ちゃんと他の色も入ってるじゃない。それに、オーロラソースはオレンジでしょ。食材の色にまで文句つけないでよ、気持ち悪い」
「あとさ、サラダにかけるドレッシング、何で胡麻ドレッシングばっかなんだよ。他のドレッシングも出せよ。確かに好きとは言ったけど、同じのばっかだと飽きるだろうが。馬鹿の一つ覚えみたいに胡麻ドレッシング、胡麻ドレッシング、胡麻ドレッシング……。お前は全日本胡麻ドレッシング協会の回し者か?」
「使い切らないといけないから出してるだけなんだけど」
「ローテーション組んで、他のドレッシングも登板させろよ。胡麻ドレッシング酷使してんじゃねぇ」
「賞味期限の概念知らないわけ? あんまりいっぱい買っても、使い切る前に賞味期限切れちゃうでしょうが。ただでさえ雅也が稼がないのに、そんな贅沢な真似できるわけないじゃない」
「じゃあ、自作すればいい」
「だから時間がないんだって。何回も同じこと言わせないで」
「オーロラソースを作る時間はあって、ドレッシングを作る時間はない? おかしなことを言うなぁ、大卒のくせに」
「二種類の調味料を混ぜたら、はい出来上がり、なんて単純なものじゃないのよ、ドレッシングは。料理のりの字も知らないくせに、知ったような口利かないで」
「兎の餌を出しておいて、わたしは料理を知っている人間ですってか? 笑わせるんじゃねぇ。サンドイッチ屋なんかで働いてないで、兎小屋の飼育員に転職しやがれ」
反論の言葉はない。リリカは顔を鼻先まで真っ赤に染め、体を小刻みに震わせている。
勝った! 口喧嘩に勝った!
にやにやしながらリリカの肩に手を置いた瞬間、払い除けられた。手が当たったらしく、ボウルが勢いよく卓袱台の上を転がる。豪快に中身をぶちまけながら卓上から落下、口を下にして床に静止した。
「もういい! もう雅也にご飯作らない! 霞食って生きろ! アホアホアホ!」
卓袱台に蹴りを入れ、部屋の隅に置いてあったハンドバッグを引っ掴み、床を踏み鳴らして六畳間から出て行く。玄関のドアが開き、閉まる音。靴音が階段を下っていき、静寂。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる