ヒモ男と新幹線

阿波野治

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 朝飯の食パンは自分でトーストした。リリカがしてくれなかったので、仕方なくそうした。洗ってもらえなかった昨日の晩飯の食器、それを自らの手で洗った後で。
 トーストはお約束のように焦げた。焦げた部分をこそげ落とし、トランス脂肪酸たっぷりのマーガリンを塗りたくって食う。コーヒーは四苦八苦しながらも自力で淹れた。粉の量が多かったらしく、冗談みたいに味が濃かった。ソーセージも目玉焼きもサラダもない、侘びしい朝食。
 一方のリリカは、野菜入りのスクランブルエッグを手際よく拵え、トーストに蜂蜜をかけて食べていた。卵の淡い黄色、葉野菜の鮮やかな緑色、蜂蜜の透き通った金色。全てが眩しかった。

 朝飯を食い終わると、リリカはさっさと支度を済ませてさっさと出勤した。一言も喋らないまま、目を合わせることすらないまま、行ってしまった。
 俺は侘びしい気持ちで自分の食器を洗い始めた。

*

 このままではいけない。いいはずがない。
 だが、どうすればいいのか。

 素直に謝る。
 そんな馬鹿な真似はやめろ、と声を大にして訴える。
 リリカが譲歩するまで辛抱強く待つ。
 いくつかの方法を思いついたが、どれを選ぶのも間違っている気がしてならない。

 あれこれ考え、思い悩んでいるうちに、また食事の時間になった。食う、寝る、セックス、というわけだ。
 台所を確認すると、一食分の冷や飯が皿に残っている。主食はこれをおにぎりにでもすればいいとして、おかずはどうしよう。冷蔵庫を確認してみたが、そのままでも食えそうなものは一つとしてない。野菜を切ってサラダにするだけなら俺にもできるが、切るのが面倒くさいし、主菜にはならない。面倒くさかったが、スーパーマーケットで調達することにする。
 庭には依然として新幹線が停まっていた。日付が変わっても何の音沙汰もないのは、明らかにおかしい。大家も、アパートの住人も、何をやっているのだろう。

「……まあ、そのうち誰かが何とかするだろうけど」

*

 スーパーマーケットではたこ焼きを買った。
 食べたかったから買ったのだが、金を払った後で、スーパーのたこ焼きは専門店のそれと比べると味が格段に落ちる上、白米のおかずには不適当だと気がついた。塩気のないおにぎりを頬張り、冷めたたこ焼きを食べ、昼飯は終わった。

 食後は外出する気力も湧かず、もっぱら部屋で過ごした。
 テレビでワイドショーを観ていると、東京で先日発生した殺人事件が取り上げられていた。T県T市のアパートの庭に新幹線が放置されているというニュースは、どのチャンネルでも報じられていない。暇に任せて、今日の朝刊を隅々まで読んだが、右に同じだった。
 世間の人たちにとって、庭に新幹線が停まっているなどという珍事は、どうでもいいことなのだろう。

 夕方には久々に自慰をした。丸一日セックスをしていなかったので、リリカが帰ってくるまでに性欲を処理しておこうと思ったのだ。
 若い女と同棲しているのになぜオナニーをしなければならないのかと思うと、自慰後特有の虚しさは二倍にも三倍にもなった。リリカが機嫌を直すまでセックスはお預けかと思うと、気分が沈んだ。やり切れなくなって万年床に寝転がったが、眠れそうにない。

 リリカは晩飯前に帰宅した。
 それから先の時間は、昨日とほぼ同じ調子で進行した。違っていたのは、放送されたテレビ番組と、リリカが買ってきた総菜の種類くらいのものだった。
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