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十分後、俺と山口はラーメン屋のテーブルに着いて飯を食っていた。俺は醤油ラーメンの大盛り、山口はチャーシュー麺とレタスチャーハン。食が細いのでラーメンの並盛りで充分です、と山口は言ったのだが、金を出すのは俺だから遠慮しなさんな、と強引に勧めたのだ。
アパートで山口の顔を見た瞬間、こいつに相談してみよう、という考えが生まれた。
山口は見た目からして、真面目で誠実そうだ。赤の他人だ、ろくに会話したことがない相手だからといって、つれない態度を取ることはあるまい。脳味噌だって、俺の頭蓋骨に収まっているものよりもよっぽど上等なはずだ。俺ならば逆立ちをしても思いつかないような妙案を捻り出してくれるのではないか、という期待感があった。
俺は醤油ラーメンをすすりながら事情を包み隠さず打ち明け、ぜひともあんたの意見を聞かせてくれ、という一言をもって長広舌を締め括った。
山口は切腹を迫られた武士のような顔つきになった。そして、自分は女性と同棲したことも、女性と交際したことも、女友達がいたこともないので、恋人との関係を修復させる方法は全く分からない、という意味の言葉を返した。
俺は苦笑し、恋人いない歴イコール年齢だったとしても、二十年生きてきたんだから誰かに片想いをしたことくらいあるはずだ、もしあんたに彼女がいて、大喧嘩をして、修復不可能と思われるほど関係が悪化したとして、その危機的な状況を打開するために行動を起こすとしたら、あんたならどうするのか、どう行動するのが正しいと思うのか、考えを聞かせてくれ、俺はとにかく第三者の意見が聞きたいんだ、気の利いたことを言う必要はない、思った通りのことを言ってくれればそれでいい、と返した。
だが山口は、間違ったことを言って迷惑をかけるわけにはいかないですから、と真面目腐った顔で頭を振る。食い下がったが、いくら頼み込んでも対応を変えようとはしない。
何のために昼飯を奢ったと思っているんだ、馬鹿野郎! いいから、言え! てめえの意見を今すぐに言え!
そう怒鳴りつけてやりたかったが、怒鳴りつけた瞬間に解決策を引き出せる可能性が消滅してしまう気がして、感情を抑えつけた。
醤油ラーメンの丼が空になっても、山口はまだ食っている。チャーシュー麺は残り三分の一、レタスチャーハンはちょうど半分、といった情勢だ。食が細い、という自己申告は嘘ではなかったらしい。力になれなかったことを気に病み、それが箸を動かす手を鈍らせているようでもある。
望んでいるものを引き出すのは絶望的なのに、何が嬉しくて、赤の他人が飯を食うところを鑑賞しなければならないんだ? ……帰ろう。
席を立とうとした矢先、思い出した。訊いておきたいことがあと一つあるのだった。
「山口くん、俺らが住んでるアパートのことなんだけどね」
山口は口内のチャーハンを飲み下し、はい、と頷く。
「五日前からかな、庭に変なもの、あるよね。それについて山口くんはどう思う?」
山口はきょとんとした顔をした。堪らなく嫌な予感がした。我が隣人は戸惑いを隠さない表情と声音で言った。
「変なものって、何ですか。アパートの庭なら毎日見ていますけど、特に違和感は覚えませんが。……あの、もしかしてその変なものというのは、小さくて分かりにくいものですか?」
*
ラーメン屋を出て山口と別れてからというもの、俺は町をさ迷い続けている。
俺が庭で見る新幹線は幻覚だった?
いつまで経っても放置されているから、おかしいとは思っていた。だが、幻だったと解釈すれば合点がいく。
それにしても、なぜ新幹線なのだろう。
新幹線という乗り物に対しては、昔も今も特に関心はない。乗車経験は数回あるが、よい思い出も悪い思い出もない。わざわざ幻覚として登場する意味が全く分からない。
「なぜ新幹線の幻覚なのか」ではなく、「なぜ幻覚が見えるようになったのか」を考えるべきなのかもしれない。
アパートの庭に新幹線が停まっているのを最初に見たのは、五日前の朝、朝刊を回収するために一階に下りた時のこと。
五日前は、リリカと口論し、六畳間に境界線が引かれた日だ。
俺の両足はアスファルトに吸いつけられたかのように停止した。恐るべき真実に辿り着いた実感に、体が震えた。
繋がっている。新幹線の幻覚。余所余所しい態度をとり続けるリリカ。この二つには関連がある。
*
アパートに帰り着いた時には午後四時を回っていた。リリカはまだ仕事中だが、リリカが不在でもやるべきことはある。
俺は庭を占領する新幹線と向き合った。
足元に転がっている指頭大の小石を拾い上げる。新幹線の鼻先は五メートルほど前方にある。それを目がけて、オーバースローで小石を投じた。
塊が車体の表面に達した瞬間、こつん、という硬い物体同士が軽くぶつかった音がした。跳ね返った小石は転々と地面を転がり、俺の靴先に当たって静止した。
アパートで山口の顔を見た瞬間、こいつに相談してみよう、という考えが生まれた。
山口は見た目からして、真面目で誠実そうだ。赤の他人だ、ろくに会話したことがない相手だからといって、つれない態度を取ることはあるまい。脳味噌だって、俺の頭蓋骨に収まっているものよりもよっぽど上等なはずだ。俺ならば逆立ちをしても思いつかないような妙案を捻り出してくれるのではないか、という期待感があった。
俺は醤油ラーメンをすすりながら事情を包み隠さず打ち明け、ぜひともあんたの意見を聞かせてくれ、という一言をもって長広舌を締め括った。
山口は切腹を迫られた武士のような顔つきになった。そして、自分は女性と同棲したことも、女性と交際したことも、女友達がいたこともないので、恋人との関係を修復させる方法は全く分からない、という意味の言葉を返した。
俺は苦笑し、恋人いない歴イコール年齢だったとしても、二十年生きてきたんだから誰かに片想いをしたことくらいあるはずだ、もしあんたに彼女がいて、大喧嘩をして、修復不可能と思われるほど関係が悪化したとして、その危機的な状況を打開するために行動を起こすとしたら、あんたならどうするのか、どう行動するのが正しいと思うのか、考えを聞かせてくれ、俺はとにかく第三者の意見が聞きたいんだ、気の利いたことを言う必要はない、思った通りのことを言ってくれればそれでいい、と返した。
だが山口は、間違ったことを言って迷惑をかけるわけにはいかないですから、と真面目腐った顔で頭を振る。食い下がったが、いくら頼み込んでも対応を変えようとはしない。
何のために昼飯を奢ったと思っているんだ、馬鹿野郎! いいから、言え! てめえの意見を今すぐに言え!
そう怒鳴りつけてやりたかったが、怒鳴りつけた瞬間に解決策を引き出せる可能性が消滅してしまう気がして、感情を抑えつけた。
醤油ラーメンの丼が空になっても、山口はまだ食っている。チャーシュー麺は残り三分の一、レタスチャーハンはちょうど半分、といった情勢だ。食が細い、という自己申告は嘘ではなかったらしい。力になれなかったことを気に病み、それが箸を動かす手を鈍らせているようでもある。
望んでいるものを引き出すのは絶望的なのに、何が嬉しくて、赤の他人が飯を食うところを鑑賞しなければならないんだ? ……帰ろう。
席を立とうとした矢先、思い出した。訊いておきたいことがあと一つあるのだった。
「山口くん、俺らが住んでるアパートのことなんだけどね」
山口は口内のチャーハンを飲み下し、はい、と頷く。
「五日前からかな、庭に変なもの、あるよね。それについて山口くんはどう思う?」
山口はきょとんとした顔をした。堪らなく嫌な予感がした。我が隣人は戸惑いを隠さない表情と声音で言った。
「変なものって、何ですか。アパートの庭なら毎日見ていますけど、特に違和感は覚えませんが。……あの、もしかしてその変なものというのは、小さくて分かりにくいものですか?」
*
ラーメン屋を出て山口と別れてからというもの、俺は町をさ迷い続けている。
俺が庭で見る新幹線は幻覚だった?
いつまで経っても放置されているから、おかしいとは思っていた。だが、幻だったと解釈すれば合点がいく。
それにしても、なぜ新幹線なのだろう。
新幹線という乗り物に対しては、昔も今も特に関心はない。乗車経験は数回あるが、よい思い出も悪い思い出もない。わざわざ幻覚として登場する意味が全く分からない。
「なぜ新幹線の幻覚なのか」ではなく、「なぜ幻覚が見えるようになったのか」を考えるべきなのかもしれない。
アパートの庭に新幹線が停まっているのを最初に見たのは、五日前の朝、朝刊を回収するために一階に下りた時のこと。
五日前は、リリカと口論し、六畳間に境界線が引かれた日だ。
俺の両足はアスファルトに吸いつけられたかのように停止した。恐るべき真実に辿り着いた実感に、体が震えた。
繋がっている。新幹線の幻覚。余所余所しい態度をとり続けるリリカ。この二つには関連がある。
*
アパートに帰り着いた時には午後四時を回っていた。リリカはまだ仕事中だが、リリカが不在でもやるべきことはある。
俺は庭を占領する新幹線と向き合った。
足元に転がっている指頭大の小石を拾い上げる。新幹線の鼻先は五メートルほど前方にある。それを目がけて、オーバースローで小石を投じた。
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