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講演会での晩餐
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講演会に来ているのだが、かなり後悔している。
講演者の老爺の滑舌が甚だ悪いのだ。しかも小声で喋るから、眠たくて仕方がない。わたしの前後左右の客など、講演そっちのけで熟睡している。
講演のテーマは、
「人間の斜陽~AI時代の到来に備えて~」
ということらしいのだが、声が聴き取りにくい・声量に乏しいの合わせ技なので、本当にAIのことを語っているのかどうかは定かではない。下心あってのこととはいえ、とんでもないイベントに参加してしまった。
長い長い一時間半が漸く終焉を迎えた。
「それではみなさま、食堂までご移動をお願いします」
機械の女の声のアナウンスを合図に、聴講者は続々と移動を開始する。
これだ。わたしはこれを待っていたのだ。
案内役の役員の後に続き、二番手でホールを後にする。講演者の眠気を誘うトークにより、多数の聴講者が講演終了後も夢の世界にいたので、実際に移動したのは全体の三分の一に留まった。
食堂は洒落たレストランといった内装で、出てくる料理に期待が持てた。入堂したのが最初という関係もあり、奥のテーブルの端から二番目の席に座ったのだが、その隣、一番端の席に着いたのは、講演者の老爺だった。
着席するなり、老爺は独り言を呟き始めた。
「あめんぼあかいなあいうえお……。むかしはよかったまみむめも……。しにかけろうじんあうあうあ……」
やがて料理が運ばれてきた。誰もナイフとフォークを手に取ろうとしないが、勝手に食べてもいいのだろうか? 老爺に訊けば分かりそうだが、独り言を呟くのに忙しいようだし、夕食にありつくことこそが講演会に参加した唯一の目的なのだから、さっさと目的を果たすとしよう。フォークを握り、エビフライに突き刺した瞬間、
「お粗末!」
老爺がいきなり、目の前の皿を殴りつけた。ドミグラスハンバーグが高々と宙を舞い、純白のテーブルクロスの上に落下した。
「お粗末にしちゃいかん!」
もう一発。グラタン皿が吹き飛び、老爺の二つ隣の席の男性の顔面に命中、悲鳴。
「食べ物をお粗末にしちゃいかん! お粗末にしちゃいかぁん!」
爺は大暴れし始めた。スパゲッティミートソースが床に叩きつけられ、白身魚のムニエルが皿もろとも木っ端微塵になり、ビーフシチューがテーブルの上に水たまりを作る。一同はただおろおろするばかりだ。老爺の暴れ方はどんどん激しくなる。
「お粗末にしちゃダメ! ノーお粗末!」
「この老害、手に負えない……」
わたしは誰にも聴き取れない声で呟き、足早に食堂を後にした。
空腹を抱えて帰宅するのは惨めな気分だった。今宵の空には三日月が浮かんでいる。まるで誰かを嘲笑う人間の口の形みたいだ。
「人を食ったように笑いやがって」
癪に障ったので、右手を伸ばして三日月を鷲掴みし、一口かじった。その味は――。
「なんだよ、これ! クソ不味いじゃないか……!」
わたしは暴れ始めたが、月が不在の夜は暗すぎて、わたしを取り押さえようとする者は誰一人として現れなかった。
講演者の老爺の滑舌が甚だ悪いのだ。しかも小声で喋るから、眠たくて仕方がない。わたしの前後左右の客など、講演そっちのけで熟睡している。
講演のテーマは、
「人間の斜陽~AI時代の到来に備えて~」
ということらしいのだが、声が聴き取りにくい・声量に乏しいの合わせ技なので、本当にAIのことを語っているのかどうかは定かではない。下心あってのこととはいえ、とんでもないイベントに参加してしまった。
長い長い一時間半が漸く終焉を迎えた。
「それではみなさま、食堂までご移動をお願いします」
機械の女の声のアナウンスを合図に、聴講者は続々と移動を開始する。
これだ。わたしはこれを待っていたのだ。
案内役の役員の後に続き、二番手でホールを後にする。講演者の眠気を誘うトークにより、多数の聴講者が講演終了後も夢の世界にいたので、実際に移動したのは全体の三分の一に留まった。
食堂は洒落たレストランといった内装で、出てくる料理に期待が持てた。入堂したのが最初という関係もあり、奥のテーブルの端から二番目の席に座ったのだが、その隣、一番端の席に着いたのは、講演者の老爺だった。
着席するなり、老爺は独り言を呟き始めた。
「あめんぼあかいなあいうえお……。むかしはよかったまみむめも……。しにかけろうじんあうあうあ……」
やがて料理が運ばれてきた。誰もナイフとフォークを手に取ろうとしないが、勝手に食べてもいいのだろうか? 老爺に訊けば分かりそうだが、独り言を呟くのに忙しいようだし、夕食にありつくことこそが講演会に参加した唯一の目的なのだから、さっさと目的を果たすとしよう。フォークを握り、エビフライに突き刺した瞬間、
「お粗末!」
老爺がいきなり、目の前の皿を殴りつけた。ドミグラスハンバーグが高々と宙を舞い、純白のテーブルクロスの上に落下した。
「お粗末にしちゃいかん!」
もう一発。グラタン皿が吹き飛び、老爺の二つ隣の席の男性の顔面に命中、悲鳴。
「食べ物をお粗末にしちゃいかん! お粗末にしちゃいかぁん!」
爺は大暴れし始めた。スパゲッティミートソースが床に叩きつけられ、白身魚のムニエルが皿もろとも木っ端微塵になり、ビーフシチューがテーブルの上に水たまりを作る。一同はただおろおろするばかりだ。老爺の暴れ方はどんどん激しくなる。
「お粗末にしちゃダメ! ノーお粗末!」
「この老害、手に負えない……」
わたしは誰にも聴き取れない声で呟き、足早に食堂を後にした。
空腹を抱えて帰宅するのは惨めな気分だった。今宵の空には三日月が浮かんでいる。まるで誰かを嘲笑う人間の口の形みたいだ。
「人を食ったように笑いやがって」
癪に障ったので、右手を伸ばして三日月を鷲掴みし、一口かじった。その味は――。
「なんだよ、これ! クソ不味いじゃないか……!」
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