わたしの流れ方

阿波野治

文字の大きさ
42 / 77

手紙

しおりを挟む
 備えつけの機械に「あの子からの手紙」と打ち込むと、瞬時に検索が完了、結果が表示された。ただちに指定された部屋の指定された棚まで移動し、一冊一冊、本を手に取ってはページを捲る。何十冊と確認したが、どの本にも手紙は挟まっていない。
 手紙の内容は時と共に変化する。時間が経てば経つほど、開封されるタイミングが先延ばしにされれば先延ばしにされるほど、わたしに対するあの子の好意は薄れていく。わたしの絶え間ない、血の滲むような努力により、あの子は漸く好意的な手紙をくれるようになった。これまで積み重ねてきたものを無駄にしたくはない。なるたけ早期に返事を書きたかったが、手紙は一向にわたしの目の前に現れてくれない。
 流石におかしいと思い、ロビーに引き返した。機械に相対し、再度検索をかけると、最初とは全く違う結果が弾き出された。総身の毛が逆立った。震える手で、同じ条件で再検索した。一回目とも二回目とも異なる検索結果が画面に表示された。
 全身から力が抜け、その場に膝をつく。
 検索機能に頼ることなく、この広大な館内から一通の手紙を見つけ出すなど、到底不可能。万が一、死に物狂いの努力が実って奇跡が起きるとしても、それが何年後、何十年後になるか分かったものではない。何年、何十年もの時間が経てば、あの子の好意はないものになるどころか、確実にマイナスだ。
 絶望だ。わたしに待ち受けている未来は絶望しかない。
 それでも諦めたくなかった。わたしは、それほどまでにあの子のことを愛していた。
「手紙よ……!」
 わたしは館内を走り始めた。
「来てくれ! わたしのもとまで来てくれ! 手紙よ……!」
「館内で大声を出すのは厳禁」という規則を無視して喚き立てながら、書棚と書棚の間を駆け回る。喉が痛くなるくらい叫んでも、なんの音沙汰もない。
 段差もなく、つまずくようなものも落ちていなかったにもかかわらず、わたしは転んだ。起き上がろうとしたが、起き上がれない。肉体的な問題ではなく、精神的な問題のせいで。瞬く間に両目に涙が溜まり、溢れ出して頬を伝った。
 惨めな気分だった。泣き止みたい、起き上がりたいという思いとは裏腹に、涙の放出量は次第に増し、体は段々重くなっていく。気がついた時には、塩辛い水は数センチほど床に溜まっていた。
 なにかおかしいぞ、と思っている間にも、水嵩は見る見る増していく。重たかった体が呆気なく浮き上がり、水位と共に上昇していく。あっという間に立ち泳ぎができる深さに達し、さらに五メートル、十メートル――それでも涙は止まらない。
 建物の天井には巨大な窓が設けられ、開け放たれていた。その開け放たれた窓から、わたしの体は建物の外に出た。それと同時に涙が止まり、水位の上昇も止まった。外気は凍えるほど冷たく、思わず身震いをしてしまう。
 しかし、景色は美しい。
 眺めているうちに、報われない恋を実らせるべく努力していた過去が、失恋の悲しみが、忘却の彼方へと遠ざかっていくようだった。
 冷気のせいか、涙は強固に凍りつき、わたしは下半身は固定されてしまった。
 己が流した涙に身動きを封じられたというのは少々情けないが、恋に破れた男の末路としては、そう悪いものではないかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...