わたしの流れ方

阿波野治

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手紙

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 備えつけの機械に「あの子からの手紙」と打ち込むと、瞬時に検索が完了、結果が表示された。ただちに指定された部屋の指定された棚まで移動し、一冊一冊、本を手に取ってはページを捲る。何十冊と確認したが、どの本にも手紙は挟まっていない。
 手紙の内容は時と共に変化する。時間が経てば経つほど、開封されるタイミングが先延ばしにされれば先延ばしにされるほど、わたしに対するあの子の好意は薄れていく。わたしの絶え間ない、血の滲むような努力により、あの子は漸く好意的な手紙をくれるようになった。これまで積み重ねてきたものを無駄にしたくはない。なるたけ早期に返事を書きたかったが、手紙は一向にわたしの目の前に現れてくれない。
 流石におかしいと思い、ロビーに引き返した。機械に相対し、再度検索をかけると、最初とは全く違う結果が弾き出された。総身の毛が逆立った。震える手で、同じ条件で再検索した。一回目とも二回目とも異なる検索結果が画面に表示された。
 全身から力が抜け、その場に膝をつく。
 検索機能に頼ることなく、この広大な館内から一通の手紙を見つけ出すなど、到底不可能。万が一、死に物狂いの努力が実って奇跡が起きるとしても、それが何年後、何十年後になるか分かったものではない。何年、何十年もの時間が経てば、あの子の好意はないものになるどころか、確実にマイナスだ。
 絶望だ。わたしに待ち受けている未来は絶望しかない。
 それでも諦めたくなかった。わたしは、それほどまでにあの子のことを愛していた。
「手紙よ……!」
 わたしは館内を走り始めた。
「来てくれ! わたしのもとまで来てくれ! 手紙よ……!」
「館内で大声を出すのは厳禁」という規則を無視して喚き立てながら、書棚と書棚の間を駆け回る。喉が痛くなるくらい叫んでも、なんの音沙汰もない。
 段差もなく、つまずくようなものも落ちていなかったにもかかわらず、わたしは転んだ。起き上がろうとしたが、起き上がれない。肉体的な問題ではなく、精神的な問題のせいで。瞬く間に両目に涙が溜まり、溢れ出して頬を伝った。
 惨めな気分だった。泣き止みたい、起き上がりたいという思いとは裏腹に、涙の放出量は次第に増し、体は段々重くなっていく。気がついた時には、塩辛い水は数センチほど床に溜まっていた。
 なにかおかしいぞ、と思っている間にも、水嵩は見る見る増していく。重たかった体が呆気なく浮き上がり、水位と共に上昇していく。あっという間に立ち泳ぎができる深さに達し、さらに五メートル、十メートル――それでも涙は止まらない。
 建物の天井には巨大な窓が設けられ、開け放たれていた。その開け放たれた窓から、わたしの体は建物の外に出た。それと同時に涙が止まり、水位の上昇も止まった。外気は凍えるほど冷たく、思わず身震いをしてしまう。
 しかし、景色は美しい。
 眺めているうちに、報われない恋を実らせるべく努力していた過去が、失恋の悲しみが、忘却の彼方へと遠ざかっていくようだった。
 冷気のせいか、涙は強固に凍りつき、わたしは下半身は固定されてしまった。
 己が流した涙に身動きを封じられたというのは少々情けないが、恋に破れた男の末路としては、そう悪いものではないかもしれない。
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