わたしの流れ方

阿波野治

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ドイツ

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 来年開催される東京オリンピックを前に、政府主導のもとに行われたホームレス狩りにより、ホームレスの巣窟だった近所の公園からホームレスは駆逐された。
 入れ替わりに出没するようになったのが、バカップル。
 なぜカップルではなくバカップルと呼んだかというと、彼らは、人目があるにもかかわらず平気で性交をするのだ。
 心身共に健康な若い男性であるわたしにとって、男女間の性交は、基本的には情欲をそそる見世物だが、バカップルの性行は汚らしく、さながら猿の交尾のようで、見るに堪えない。政府はホームレスの次にバカップルを駆逐するべきだ。切にそう思う。
 初秋の午後、公園に立ち寄ったわたしは、衝撃的な光景を目の当たりにした。ドイツ人の男女が性交をしていたのだ。男性の方は、ビールとポテトとウインナーしか腹に入れていなさそうな薄汚い小太りだったが、女性は目を瞠るような美人だ。黒い髪に黒い瞳と、日本人に似たところもありながら、透き通るような肌の白さと、惚れ惚れするようなスタイルのよさは、日本人女性の追随を許さない。ドイツ語の喘ぎ声もキュートだし、そそる。わたしとしたことが、透き見をしながら自分で自分を慰めてしまった。
 この一件を機に、わたしはすっかりドイツ人女性に魅了された。毎夜のように公園に足を運んだが、あの一件以来、ドイツ人女性の姿は一度も見かけない。機会を見つけては街へ足を運び、あの女性の姿を捜したが、ことごとく徒労に終わった。
 諦め切れないわたしは、駐日ドイツ大使館に足を運んだ。
 駐日ドイツ大使館の外観は、流石ドイツと言うべきか、中世ヨーロッパの城に酷似している。建物の四囲を濠が囲み、南側に一本、跳ね橋がかかっている。
 橋を渡ると大使館の玄関があり、サーベルを携えた警備兵が警備にあたっている。警備兵は羽根飾りつきの帽子を目深に被り、唇を凛々しく引き結び、冗談が通じない雰囲気を漂わせている。
「すみません。大使館に入ってもよろしいでしょうか?」
 圧迫感を覚えながらも、毅然とした口調で用件を述べる。警備兵は返事をしなかったが、「理由を述べよ」という無言のメッセージをわたしは受信した。
「とあるドイツ人女性に会いたいので、可能であれば、その方の身元を調べていただこうと……」
「それは私のこと?」
 警備兵は微笑み、脱帽した。女性だ。ドイツ人カップルの片割れに似ていたが、彼女ほど目鼻立ちは整っていないし、歳を食いすぎている。明らかに別人だ。
 警備兵はわたしの腕に自らの腕を回し、城の中に入った。
 城内には大小の鏡が、床に壁に天井に、隙間なく敷き詰められていた。その一枚一枚に、わたしと警備兵の顔が映し出される。顔は二種類しかないはずなのに、一つとして同じに見える顔はない。
 無数の鏡の中には、警備兵の顔を実際よりも美しく、あの日公園で性交していたドイツ人女性そっくりに映す鏡があるに違いない。そんな期待のもと、四方八方に目を配ったが、どの顔も実際よりも醜悪なものばかりだ。
「あなたは、わたしが捜している女じゃない」
 勇を鼓して、警備兵に向かって言い放つ。彼女は少し困ったような笑顔をわたしに向けたが、すぐに進行方向に注目を戻した。
 警備兵は理解しているのだ。わたしが捜している女性が自分ではないことを。
 どこへ行こうとしているのか、尋ねる気力もなかった。
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