わたしの流れ方

阿波野治

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試験

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 行きたくもない大学に入学するチケットを得るための筆記試験。やる気など出るはずもなく、力のない足取りで一段一段、校舎の階段を上る。擦れ違う生徒たちは一様に、直後に控えた筆記試験について盛んに意見を交わしている。
 なにがそんなに楽しいのだろう。
 そう声をかければ、楽しくなんかない、と彼らは口を揃えるに違いない。
 嘘をつけ。楽しくなければ、話題に取り上げるはずがない。
 自らの受験番号の席に着く。五分前になり、試験官の手によって問題用紙と解答用紙が配布される。
 わたしに配られたものを見て、ああ、と思う。他の生徒はちゃんと紙なのに、わたしだけ石版なのだ。問題用紙はともかく、解答用紙が石製では、解答を記入できない。頭で解答が分かっていても、解答用紙に記入しなければ零点だ。今年もわたしは筆記試験に不合格らしい。
 カンニングを疑われないよう、形だけは解答用紙、もとい解答用石版に向かいながら、頭では昼休憩のことを考える。
 楽しげに言葉を交わす受験生の中で食事をするのは耐え難い。食べるなら、試験会場付近の飲食店がいい。この一年で、この町もすっかり様変わりした。去年見かけたあの店がまだあればいいのだが。
 そこまで考えて、筆記試験にはどうせ不合格なのだから、午後の試験を受ける理由がないことに気がつく。
 帰ろう。食事は家で済ませればいい。
 試験終了のチャイムが鳴るまでの時間は途方もなく長く感じられた。鳴ると同時に席を立ち、誰よりも早く教室を出る。
 階段の踊り場に差しかかった時、窓越しに女と目が合った。濃すぎるほどに化粧が濃い、三十前後と見受けられる女。試験会場の隣に建つ民家、その二階のベランダに立ち、踊り場を覗き込んでいる。
 女は花のように微笑み、家の中に引っ込んだ。
 厚化粧のせいもあり、美人という印象はなかったが、少なくとも、最後に見せた微笑みは実に魅力的だった。
 会いに行こう。
 今後の予定が定まっていないわたしが、そう決断するのにさして時間はかからなかった。遅れて教室から出てきた受験生の気配に急かされるように、駆け足で階段を下りる。
 試験会場となった建物の周囲を探したが、厚化粧の女がいた民家はどこにもない。試験会場の近隣にある二階建て以上の建物自体、大型ショッピングセンター一軒のみだ。民家とショッピングセンターを見間違えるものだろうか? 合点がいかなかったが、とにもかくにも中に入る。
 案内図によると、二階は全面、玩具売り場になっているらしい。厚化粧の女と玩具。益々不可解だが、目的地まで行けば真相は自ずと明らかになるはずだ。
 二階へはエスカレーターで向かった。フロアに辿り着いた瞬間、求めているものがここにある、という直感を抱いた。まだ見ぬ目的地へと一直線に歩を進める。
 男児向けの玩具売り場で足が止まった。目についた陳列棚の目についた一箱を手に取る。組み立て式のカブトムシ。裏面の説明書きを読んだだけでは仕組みは呑み込めなかったが、他のカブトムシと闘わせることも出来るらしい。
「懐かしい」
 呟き、レジへ向かう。
 実際には、わたしの幼少時には、この種類の玩具は存在しなかった。購入経験があるのは、闘うカブトムシに似て非なるなにかだったはずだ。
 それでもわたしは、この商品を購入しようと思った。懐かしい、という実感が錯覚に過ぎないのだとしても、購入の動機はそれで充分だった。
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