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出生の闇
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小型のケージの中で、ハムスターがひまわりの種をせっせと頬袋に詰め込んでいる。次から次へと、ギネス級の早業で詰め込んでいるにもかかわらず、頬はぺったんこなままだ。頬袋はブラックホールに繋がっているに違いない。ハムスターは下等動物だから、その事実に気がついていないだけで。
不意に人の気配を感じた。右方向に顔を向けると、いつの間にかわたしの父親が佇んでいた。アルバムで見たことがあるから分かる。二十五歳の時の父親だ。母親がわたしを産んだ歳でもあり、現在の私と同じ年齢でもある。無表情でハムスターを見ていたが、おもむろにわたしの方を向くと、
「お前は私の子ではない」
突き離すような言い方だった。心臓を直に殴られたような衝撃を受けた。
「大事なことだから二度言う。お前は私の子ではない」
父親は胸の前で両手を打ち鳴らした。ハムスターが垂直に跳び上がった。ケージの天井に頭をぶつけ、元の場所に着地する。直後、口からひまわりの種が次々と吐き出され始めた。凄まじい量だ。瞬く間に小さな体を呑み込み、ケージの床を埋め尽くし、外へ溢れ出す。
それを境に、父親は二人に分裂した。バーコードヘア、無精髭、ピンク色のTシャツ。二人はケージからこぼれ落ちるひまわりの種を拾っては口に含む。わたしはペット売り場を後にした。
屋上は無人だった。空間を囲繞するフェンスへと歩を進める。初めは二メートルほどの高さに見えたそれは、いざ間近まで来てみると、わたしの腰ほどまでしかない。
これならば簡単に乗り越えられる。勇気を奮い立たせさえすれば、容易に飛び降りられる。
不意に左方向に人の気配を感じた。顔を向けると、五十歳の私の父親が佇んでいる。
「大事なことだから何度でも言う。お前は私の――」
解析し得ない感情に突き動かされ、父親の襟首を掴む。途端に、父親は胸に抱き締められるほどのサイズに縮んだ。重さもハムスター一匹ほどしかない。そのままフェンスの外に投げ捨てる。父親は真っ逆さまに地上へと落下していく。フェンスに背を向け、屋上を後にした。
屋上から階下に降りるルートは階段しかない。一つ下の階に降りさえすればエレベーターやエスカレーターがあるが、階段のみを使って地下を目指す。
四階と五階の間の踊り場に、ピンク色のTシャツを着た老婆と老爺が座っていた。柄のよろしくない若者がするような座り方をしている。わたしの姿を認めた途端、二人は話をするのを止めた。わたしを目で追いかける。
「階段では建物の外には出られないよ」
目の前を横切った際、そんな言葉が投げかけられた。老爺と老婆、どちらが発した声なのか判別がつかなかった。
黙々と階段を下り続け、地下に辿り着いた。食料品や土産物を販売するフロアになっていて、客で混雑している。出口を求めてフロアを逍遥する。どの店にも客が長蛇の列を作っていて、商品を買うまでにはかなり時間がかかりそうだ。
そんな中、一軒だけ、誰も並んでいない店があった。看板が焼け焦げたように黒く変色しているため、なにを販売している店なのかは分からない。調理場の外壁が硝子張りになっているため、中の様子が見えた。
コック服姿の男が、ボウルに入った黒いものと白いものを手でこねている。顔を紅潮させ、歯を食い縛り、一心不乱にこねているのだが、白と黒は一向に混ざり合わない。男の目は涙に濡れている。
店の出入り口のドアには紙片が貼りつけられ、「準備が整い次第開店」という文言が綴られている。
わたしはその店のドアの前に立った。無論、開店するまで待つつもりだった。
不意に人の気配を感じた。右方向に顔を向けると、いつの間にかわたしの父親が佇んでいた。アルバムで見たことがあるから分かる。二十五歳の時の父親だ。母親がわたしを産んだ歳でもあり、現在の私と同じ年齢でもある。無表情でハムスターを見ていたが、おもむろにわたしの方を向くと、
「お前は私の子ではない」
突き離すような言い方だった。心臓を直に殴られたような衝撃を受けた。
「大事なことだから二度言う。お前は私の子ではない」
父親は胸の前で両手を打ち鳴らした。ハムスターが垂直に跳び上がった。ケージの天井に頭をぶつけ、元の場所に着地する。直後、口からひまわりの種が次々と吐き出され始めた。凄まじい量だ。瞬く間に小さな体を呑み込み、ケージの床を埋め尽くし、外へ溢れ出す。
それを境に、父親は二人に分裂した。バーコードヘア、無精髭、ピンク色のTシャツ。二人はケージからこぼれ落ちるひまわりの種を拾っては口に含む。わたしはペット売り場を後にした。
屋上は無人だった。空間を囲繞するフェンスへと歩を進める。初めは二メートルほどの高さに見えたそれは、いざ間近まで来てみると、わたしの腰ほどまでしかない。
これならば簡単に乗り越えられる。勇気を奮い立たせさえすれば、容易に飛び降りられる。
不意に左方向に人の気配を感じた。顔を向けると、五十歳の私の父親が佇んでいる。
「大事なことだから何度でも言う。お前は私の――」
解析し得ない感情に突き動かされ、父親の襟首を掴む。途端に、父親は胸に抱き締められるほどのサイズに縮んだ。重さもハムスター一匹ほどしかない。そのままフェンスの外に投げ捨てる。父親は真っ逆さまに地上へと落下していく。フェンスに背を向け、屋上を後にした。
屋上から階下に降りるルートは階段しかない。一つ下の階に降りさえすればエレベーターやエスカレーターがあるが、階段のみを使って地下を目指す。
四階と五階の間の踊り場に、ピンク色のTシャツを着た老婆と老爺が座っていた。柄のよろしくない若者がするような座り方をしている。わたしの姿を認めた途端、二人は話をするのを止めた。わたしを目で追いかける。
「階段では建物の外には出られないよ」
目の前を横切った際、そんな言葉が投げかけられた。老爺と老婆、どちらが発した声なのか判別がつかなかった。
黙々と階段を下り続け、地下に辿り着いた。食料品や土産物を販売するフロアになっていて、客で混雑している。出口を求めてフロアを逍遥する。どの店にも客が長蛇の列を作っていて、商品を買うまでにはかなり時間がかかりそうだ。
そんな中、一軒だけ、誰も並んでいない店があった。看板が焼け焦げたように黒く変色しているため、なにを販売している店なのかは分からない。調理場の外壁が硝子張りになっているため、中の様子が見えた。
コック服姿の男が、ボウルに入った黒いものと白いものを手でこねている。顔を紅潮させ、歯を食い縛り、一心不乱にこねているのだが、白と黒は一向に混ざり合わない。男の目は涙に濡れている。
店の出入り口のドアには紙片が貼りつけられ、「準備が整い次第開店」という文言が綴られている。
わたしはその店のドアの前に立った。無論、開店するまで待つつもりだった。
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