わたしの流れ方

阿波野治

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透き通るような肌の女

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 農道の真ん中にテトラポッドが転がっている。それだけなら、危ないなあ、車の通行の邪魔だなあ、と思うだけで通り過ぎたのだが、テトラポッドにはカブトムシがへばりついていた。立派なツノが突き出ているので、一目で雄だと分かる。
 大きくも小さくもない、素早いとはいえない動物を目の当たりにすると、わたしは五・六歳の男児のように残忍になる。
 足元の小石を拾い上げ、四・五メートル先のカブトムシに向かって投げた。小石は見事に命中し、ぽろり、と地面に落ちる。
 すぐさま歩み寄り、しゃがんで様子を観察する。仰向けに転がったカブトムシは、弱々しく脚を蠢かせていたが、ほどなく動かなくなった。
 その場から去ろうとすると、わたしの自宅がある方角から、巡査の愛甲さんが走ってくるのが見えた。村一番の働き者のその青年巡査と、わたしは日頃から親しくしていた。歳が近いというのもあるが、なにより馬が合った。
 互いに急いでいるわけではないようだから、立ち話でもしよう。話の途中で、職業柄目敏い愛甲さんは、わたしの足元に転がるカブトムシの死骸に気がつくだろう。愛甲さんはカブトムシの死の理由を尋ね、わたしは正直に答える。愛甲さんは眉をひそめるだろうが、わたしを咎めることはないはずだ。
 到着を待ち構えているうちに、愛甲さんの様子がおかしいことに気がついた。憤怒の形相なのだ。わたしがしたことを早々に把握し、激怒したのだ。わたしは一目散に逃げ出した。
 体力・運動神経は愛甲さんの方が上のはずだが、互いの距離は縮まらない。凄まじく怒っているから、全力疾走で追いかけてきているかのように錯覚していたが、実際は加減をしているらしい。わたしに全力疾走をさせて、へとへとに疲れさせた上で逮捕する気なのだ。
 愛甲さん。心根の優しさが一番の取り柄だったのに、どうしてこんなにも意地悪な人間になってしまったのだろう。
 悔しいやら悲しいやら情けないやらで、両目から涙が溢れた。それは細い川となり、愛甲さんの行く手を遮った。
 そうは言っても、所詮は細い川。多少の時間稼ぎにはなるだろうが、彼はいずれ川を渡るに違いない。今のうちに、少しでも距離を稼いでおかなければ。
 数分走ると、道端に女性が佇んでいた。和服姿で、わたしと同い年か、少し下だろうか。目鼻立ちは美人というほどでもないが、透き通るような肌の白さにわたしは惹きつけられた。愛甲さんに追われている事実も、女性に失礼だという考えも忘れて、足を止めてまじまじと見つめる。女性は迷惑そうに眉をひそめるどころか、嫣然と微笑し、
「あなた、私の肌の白さが気に入ったの?」
 わたしは人見知りの幼児のように無言で頷く。
「それなら、もっとよく見て。もっとよく見れば、もっともっと透き通るわ」
 もっと美しい肌を見たかったので、言われた通りにした。すると言った通り、白い肌は益々透き通っていき、体内が見え透いた。女性の体内は骨も血管もなく、ただ肉だけがあり、その内部には蟻の巣のような空洞が無数にあった。
 思わず悲鳴を上げた、次の瞬間、わたしの体は宙に浮かんだ。そのまま空に向かって上昇する。まるで空の高い場所にあるなにものかに引っ張られているかのようだ。今は季節が夏で、時間帯は夜だから、きっと星座の仕業に違いない。
 超常の力の前に、わたしは為す術もない。透き通るような肌の女性が、地上が、酸素が、次第に薄れていく。
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