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食べられる乾電池
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食べられる乾電池、と銘打たれた商品が、近所のスーパーマーケットで売られていた。
へぇ、と思う。
乾電池など別に好んで食べたくないが、物珍しいので、まあ一つ買ってみよう、という気になった。買い物籠に入れ、レジへ。
全てのレジの中で最も空いている列に並ぶ。するとレジ係の初老の男性店員が、突如として阿波踊りを踊り始めた。
県外客なのだろう、わたしの前に並ぶ壮年女性は、感心したように踊り狂う店員を眺めているが、阿波踊りを見慣れているわたしには面白くもなんともない。むしろ踊りの稚拙さが鼻につく。
なんという雑な男踊りだろう。男踊りには勇壮さが肝要なのは確かが、だからと言って、闇雲に手を振り、出鱈目にステップを刻めばいいものではない。
別の列に移動しようかとも考えたが、後ろに並んでいる客がいるので、それもしづらい。二十歳前後と思しきその男性客は、県外客ではないようだが、一体なにに期待して、レジ係が阿波踊りを踊っているレジに並び続けているのだろう。
暇人もいるものだ。
心中で嘲ったが、後ろに客が並んでいるがために列から離れられない自分も同類かもしれないと思うと、それ以上後ろの客を馬鹿にする気にはなれなかった。
結局、レジ業務は半時間後に再開された。踊り手が還暦近い男性ではなく、もっと若い店員だったならば、もっともっと長い時間待つことになったに違いない。
店員が専用の機器で商品のバーコードを読み取っている間、わたしは食べられる乾電池を安易に買ったことに対する後悔でいっぱいだった。
店を出た直後、食べられる乾電池以外の商品を買っていないことに気づき、唖然としてしまった。食材を調達するためにスーパーへ行ったのに、なんという失態だ。
「梨はいりませんか。今朝収穫したばかりの新鮮な梨です。わけありですが、味は保証します」
曲がり角を折れると、セールスマン風の男性が梨の路上販売をしていた。
心を動かされたが、食材を買い忘れたことに気づいた直後に出現したというのが、いかにも怪しい。それに、わけありなのに新鮮で、味も美味しいとは、どういうことなのか。それは最早、わけありではないのでは?
「梨はいかがですか。新鮮で美味しい、わけありの梨はいかがですか」
「梨じゃなくて、林檎だったら買ったんだけど」
聞こえよがしに呟き、路上販売の前を通り過ぎた。
次の曲がり角を曲がる直前、今度は林檎の路上販売をしているのではないかと予想したが、そんなことはなかった。
帰宅すると、母親が目を覚ましているらしく、二階から唸り声が聞こえてくる。寝てくれていればすぐさま食事作りに取りかかれるのだが、起きているとなると看過するわけにはいかない。買い物袋を手に、階上へ。
ドアを開けると、天井を仰いでいた無表情がこちらを向いた。乱れた髪。青白い顔。余命僅か、終日寝たきりの母親。
「母さん、食材を買ってきたから、今から作るよ。ちょっとだけ待ってね」
子供のように微笑み、一転、無表情に戻って再び天井を仰ぐ。部屋を出てドアを閉める。
乾電池は「食べられる乾電池」と銘打たれているが、実際は食べられないに違いない。
へぇ、と思う。
乾電池など別に好んで食べたくないが、物珍しいので、まあ一つ買ってみよう、という気になった。買い物籠に入れ、レジへ。
全てのレジの中で最も空いている列に並ぶ。するとレジ係の初老の男性店員が、突如として阿波踊りを踊り始めた。
県外客なのだろう、わたしの前に並ぶ壮年女性は、感心したように踊り狂う店員を眺めているが、阿波踊りを見慣れているわたしには面白くもなんともない。むしろ踊りの稚拙さが鼻につく。
なんという雑な男踊りだろう。男踊りには勇壮さが肝要なのは確かが、だからと言って、闇雲に手を振り、出鱈目にステップを刻めばいいものではない。
別の列に移動しようかとも考えたが、後ろに並んでいる客がいるので、それもしづらい。二十歳前後と思しきその男性客は、県外客ではないようだが、一体なにに期待して、レジ係が阿波踊りを踊っているレジに並び続けているのだろう。
暇人もいるものだ。
心中で嘲ったが、後ろに客が並んでいるがために列から離れられない自分も同類かもしれないと思うと、それ以上後ろの客を馬鹿にする気にはなれなかった。
結局、レジ業務は半時間後に再開された。踊り手が還暦近い男性ではなく、もっと若い店員だったならば、もっともっと長い時間待つことになったに違いない。
店員が専用の機器で商品のバーコードを読み取っている間、わたしは食べられる乾電池を安易に買ったことに対する後悔でいっぱいだった。
店を出た直後、食べられる乾電池以外の商品を買っていないことに気づき、唖然としてしまった。食材を調達するためにスーパーへ行ったのに、なんという失態だ。
「梨はいりませんか。今朝収穫したばかりの新鮮な梨です。わけありですが、味は保証します」
曲がり角を折れると、セールスマン風の男性が梨の路上販売をしていた。
心を動かされたが、食材を買い忘れたことに気づいた直後に出現したというのが、いかにも怪しい。それに、わけありなのに新鮮で、味も美味しいとは、どういうことなのか。それは最早、わけありではないのでは?
「梨はいかがですか。新鮮で美味しい、わけありの梨はいかがですか」
「梨じゃなくて、林檎だったら買ったんだけど」
聞こえよがしに呟き、路上販売の前を通り過ぎた。
次の曲がり角を曲がる直前、今度は林檎の路上販売をしているのではないかと予想したが、そんなことはなかった。
帰宅すると、母親が目を覚ましているらしく、二階から唸り声が聞こえてくる。寝てくれていればすぐさま食事作りに取りかかれるのだが、起きているとなると看過するわけにはいかない。買い物袋を手に、階上へ。
ドアを開けると、天井を仰いでいた無表情がこちらを向いた。乱れた髪。青白い顔。余命僅か、終日寝たきりの母親。
「母さん、食材を買ってきたから、今から作るよ。ちょっとだけ待ってね」
子供のように微笑み、一転、無表情に戻って再び天井を仰ぐ。部屋を出てドアを閉める。
乾電池は「食べられる乾電池」と銘打たれているが、実際は食べられないに違いない。
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