わたしの流れ方

阿波野治

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菜の花畑で掴まえて

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 小腹が空いたのでサービスエリアに立ち寄った。空腹だと苛々してしまって運転に悪影響が出るので、解消しておこうと思ったのだ。
 サービスエリアの建物は小さかった。それと比べれば駐車場は広いが、車は数台しか停まっていない。建物に一番近い場所に愛車を停め、建物の中へ。
 屋内は大衆食堂のような雰囲気だった。正面奥にカウンターがあり、老婆が待ち構えている。
「すみません」
 歩み寄って声をかける。
「小腹が空いたので、なにか食べるものが欲しいのですが、売っていますか」
「ここは食べ物を売る店ではありません」
 老婆は言下に答えた。十代や二十代の女性とまではいかないが、年齢と比べれば若々しい声だ。
「この店では、特殊な力によって、お客さんが行きたい場所と現在地を繋げ、楽に移動してもらうサービスを提供しています。お客さんはどちらへ行きたいですか?」
「行きたい場所ならありますけど、そこへは愛車で向かいます。そんなことよりも、わたしは食べ物を――」
 老婆は指を鳴らした。瞬間、周囲の景色が一変し、わたしは菜の花畑の真っ只中に立っていた。
 老婆の姿が消えた代わりに、ブルーシートに座って弁当を食べている家族連れが目の前にいた。まだ二十代と思われる夫婦、七歳くらいのおかっぱ頭の女の子、顔面が潰れた四・五歳の男児。彼らの顔に見覚えはなかったが、どうやらわたしと血の繋がりがある人たちらしい。おむすび、唐揚げ、卵焼き。弁当箱の中身はどれも美味しそうで、ぎゅるる、と腹の虫が鳴いた。
 血の繋がりがあるなら、おかずの一つや二つ、勝手に食べても構わないだろう。談笑する家族の隙をつき、唐揚げへと手を伸ばす。
 弁当箱にあと十センチというところまで近づいた瞬間、電流が走って手が弾かれた。もう一度試したが、同じ現象によって唐揚げに触れることを阻まれた。違うおかず、違う弁当箱と、様々な角度から試みたが、ことごとく不首尾に終わった。わたしは弁当を食べられない運命にあるのだ、とわたしは悟った。
 途方に暮れて立ち尽くしていると、どこからか一匹のクリオネが現れ、わたしの目の前を踊るように泳ぎ始めた。パステルピンクの体色。空中を泳いでいる。以上の二点を除けば、一般的なクリオネとの相違は認められない。
 クリオネは意味深に鰭を蠢かせたかと思うと、菜の花畑を直進し始めた。ついて来い、という意味らしい。ただちに後を追った。
 クリオネは菜の花と菜の花の間をひた進む。わたしは菜の花を掻き分けながらクリオネを追いかける。双方の距離は常に五メートル前後に保たれている。わたしの移動速度に合わせてくれているらしい。
 足が棒になるほど歩いても、菜の花畑は尽きない。
 クリオネは一体、わたしをどこに連れて行こうとしているのだろ?
「地獄だよ」
 どこからか声が聞こえた。クリオネが発したわけではないようだが、幻聴だとも思えない。
 行き先が地獄なのだとすれば、たとえ弁当を食べられなくても構わないから、あの家族のもとに引き返すべきでは?
 そんな考えが胸を過ぎった、次の瞬間、クリオネは急激に加速し、わたしの視野の外へと消えた。
 そして、わたしは一人、菜の花畑の真っ只中に取り残された。
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