2 / 94
第一部
第一章:我は戦士、我は炎
しおりを挟む・・・
ヴォォォァン、と腹にまで響くような重低音が座面から伝わってくる。
ツザキ社製、Xinobi NX-6L。
排気量にして600CCを越える大型バイクのエンジン音だ。実のところ、
上から現場に駆けつける足として持たされただけで、さして詳しくもない。
だがこの身体に伝わる振動と、風を切って走る感触は、好きだった。
エッジの効いた猛禽のようなフォルムも、悪くない。
赤く塗られたガソリンタンクに肘をつき、ヘルメットに仕込まれた無線機の声に
耳を傾ける。
「――雷久保氏から連絡があったのは三日前だ。……これまで頑なに自身の所在を
明かそうとしなかった氏だが、どうやら"フェイスダウン"に嗅ぎつけられたようだ。
現在は身を隠し、我々に保護を求めている」
耳元のスピーカーから凛とした声が流れてくる。その女性の声は飾り気のない
話し方によく合い、心地よい。
が、その心地よさに耳を奪われている場合でもない。事態は深刻だった。
「……十年以上もの間"CET"の庇護もなく隠れ続けていた博士が、俺たちと
直接コンタクトを取りたがるとは。よほど切迫しているということですか、本部長?」
「博士といっても、博士号はもっていないがな。さておき、実際状況はよくない。
雷久保氏が集合場所に指定したその緋衣路市だが、先行した捜査員から
"フェイス"の活動痕跡を見つけている」
通信相手――俺が所属する"超常集団取締部隊"
――通称"CET"の作戦本部長である御厨仄香女史の言葉に、
表情が厳しくなる。
「――情報が漏れていると?」
「雷久保氏が我々と接触したがらないのも当然だな……」
女史には珍しく、声に疲れをにじませている。だが無理もない。
"フェイスダウン"。
その活動が明るみになったのはここ十数年の話だが、その結成は数十年……
いや、彼らがもつ科学技術を考えるとそれ以上昔から存在していたと見られる
悪の秘密結社だ。
生体アンドロイド、無から作られた機械生命体である"フェイス戦闘員"を手駒に、
人々を襲う凶悪な集団である。
彼らに襲われた人間は、あらゆる自発的行動を示さなくなる。まるで無気力になり、
放置すればいずれ餓死する人形のような状態と化す。
本来なら、その被害が確認された時点で警察または公安が動く事案だ。
いや、実際に対策本部が設置され捜査が始められたこともある。
だが"フェイスダウン"の恐ろしさはその戦闘力だけではなかったのだ。
彼ら"フェイス"は人間に欺瞞し、行政組織のあちこちに隠れ潜んでいた。
そのスパイにより捜査チームの情報は敵に筒抜け。数日にして全員が生きた屍と化した。
一週間もたたずにチームが瓦解したことを受け、秘密裡に結成されたのがCETだ。
その存在を隠匿するため、通常の行政機関とは隔離された秘密部隊。
その結成に重要な役目を果たしたのが――"博士"こと、雷久保番能氏だ。
博士は、フェイスダウンに捕らわれその研究に従事させられていた人間だ。
だが夫婦で共に脱走し、そこで得た情報や技術などを提供してくれた
CETの重要人物でもある。
その博士が"フェイスダウン"に所在を知られたとなれば――どうなるかは、
想像に難くない。
「幸いと言いたくないが、この情報漏えいにより身内に潜んでいた"フェイス"は
特定できた。だがそもそも、ばれることを承知で"フェイスダウン"に
情報を伝えていたのだろうな……」
「……それでは、この町で博士と接触するわけにはいかないですね」
「そうだ。……と、言いたいところなのだがな……」
「まさか……」
女史には似つかわしくない歯切れの悪い言葉に、嫌な予感がした。
「既に、博士は市内に潜入している。
奴らが緋衣路市を包囲する前に入れたのは幸運だが、
こうなっては単独で市外に脱出させる方が、危険度が高い」
「……合流して、強行突破せよ、と……」
ヘルメットをかぶっていなければ眉間を揉みしだいているところだ。
CETには、戦闘員は事実上俺一人しかいない。
故あって俺はフェイスと戦う力を持つが、普通の人間はフェイスに対抗できない。
振りぬく拳は音速を超え、破壊的な衝撃波を撒き散らして鋼を貫く。
駆ける脚はアスファルトを砕き、一秒で数十mを走り抜ける。
まるで人型の戦車のごとき戦闘力を誇るフェイスは、
とてもではないが人の手に負えない。
その動きを見切ることも、そもそも人間が持てる火器ではフェイスの装甲に
痛手を与えることもできない。
考えうる最高の装備と訓練を施した兵士でも、奴らの前では脆い案山子だ。
「……ぼやきたくなる気持ちはわかる。だが、いまだにフェイスに対抗できる装備の
開発は目処が立っていない。
――"アルカー・エンガ"、おまえ以外は」
「独り身は辛いですね」
ついつい皮肉を返してしまう。女史の困った気配が無線機の向こうから漂い、
少し反省する。
眼鏡の奥から凛とした瞳で相手を見据える、長い黒髪をたなびかせる彼女だが、
組織の長という立場上どうも眉間にしわが寄りがちだ。
せっかく端正な顔をしているのだからもったいないと思う。
――そう、俺が身につけた力こそ、博士がフェイスダウンから奪い去った"炎の精霊"。
太古の昔より地球に存在した、超自然のパワー……
それ以上のことはフェイスダウンすら知らない、正真正銘の超常現象、超常存在だ。
意志を持った力場であるそれは、適合者としてこの俺を見出し融合した。
その力を引き出すために与えられたスーツとあわせて、俺は――
"アルカー・エンガ"となる。
フェイスの装甲すらやすやすと貫く、精霊の力。これによって我々CETは
フェイスに対する"矛"を手に入れたのだ。
反面、"アルカー"一体でフェイスの魔の手を防がねばならない、というのが
俺たちが持つジレンマでもある……。
フェイスたちを殲滅するだけならそれでもまだなんとかなる。だが、こういった護衛任務などは極めて不利だ。
「……不平を言うつもりはありませんが。いくら"アルカー"の力があっても
このままではジリ貧です。
結局のところ、一人でできることなど限りがあるのですから……」
「わかってる、わかってはいるんだ……おまえには苦労をかけるが……」
おそらくは向こうで頭を抱えているだろう女史の姿が思い浮かぶ。彼女に言ったとて、
仕方のないことだとわかっている。
だが、流石に自分も限界が見え始めている。
フェイスたちも、少しずつではあるがこちらの動きについてきはじめている。
そのうえ数においては圧倒的にフェイスが上回っているのだ。全方位から迫る敵意に、
心も疲弊している。
せめて一人でも、背中を預けられる相手がいれば……
「――いえ、ないものねだりをしました。今はそんなことを言っている場合ではない。
雷久保博士との合流場所は?」
「向こうが警戒してまだ教えてくれてはいない。合流一時間前に無線連絡を行うから、
電源を入れたままおまえは周辺地理の把握に努めてくれ」
「了解」
みじかく返答をきりあげ、バイクのハンドルを引き寄せ前輪をめぐらす。
と、無線機からいままでより少し柔らかい声が届く。
「無理をさせる立場でこういうのも気が引けるが――無理はするなよ、火之夜」
「……ええ」
その言葉に、少し救われる。
相手の無線が切れたのを確認すると、俺――赤城火之夜は一度ヘルメットを脱ぎ、
蒸れた赤髪を手で拭う。再びヘルメットを被り、クラッチをきってアクセルをふかす。
クラッチレバーをはなした途端、馬がいななくように前輪が高くもちあがり、
爆音をあげて急発進する。
周囲の人間がなにごとかと注目するのを後ろに感じながら、
こっそりと心の中で嘆息する。
(……バイクの運転も、慣れておく必要があるな……)
・・・
「これより今回の作戦を確認する!」
流麗な言葉を繰り出す隊長格のフェイスが、輸送ヘリに乗り込んだ部下たちを睥睨する。
人間たちが実用化していない完全な光学迷彩と完全消音ローター。
CH-18NM"ゼブラ"。闇夜にまぎれ、市街に展開するのに最適な機体だ。
部下のフェイスたちは壁際のシートに座り、じっと隊長を見つめる。
1182号も前のめりに座る。
全員、これから向かう先に何が待ち受けているかは知っている。
だが、怖気づくものはいない。
そもそも恐怖という感情がまだ芽生えていないのだ。
「十二年前、我が組織から脱走し研究成果を奪い去った人間、
雷久保番能の所在が判明した!
奴は現在、緋衣路市に潜伏しているものと思われる。
奴は組織に多大な打撃を与えた仇だが、それだけではない」
実に芝居がかった演説だが、おそらく他のフェイスたちには
なんの感慨も与えていないだろう。
無感動に見つめる光眼の先で一人拳をふりあげるさまは滑稽ですらあったが、
どうも感情を獲得したフェイスはああも大仰に振舞うことを好むらしい。
最初から感情を持っていた俺にはわからないが、よほど嬉しいことなのだろう。
「雷久保が持つもう一つの研究成果の奪還も今回の主任務だ。
だが、奴は人間どもにとっても重要人物。
そのため、敵部隊CETは"アルカー"を派遣した!」
ぴくり、と。
その言葉が出たときだけ、肩が揺れ動いた。隊長格フェイスはそんな俺を
ちらりと一瞥し、作戦概要を続ける。
「知ってのとおり、アルカーはこれまで我々の作戦を何度も妨害してきた。
だが諸君はこの一ヶ月、アルカー打倒を専門とした訓練を続けてきた!
その成果は必ず実る! これまで君らを見続けてきた、私が断言しよう!」
人間だったなら戦意が高揚するところなのかもしれないが、無感情の仮面の群は
興奮も失笑もせず、身じろぎすることもなく話を聞くだけだ。
「現在先行した偵察員が雷久保を捜索している。第一目的は奴の研究成果の奪還、
そして――奴からエモーショナル・データを引き抜くことだ。
アルカーに遭遇する前に達成できればベストだが、期待はするな」
一度、背を向けたのはむしろ自身の怯懦を隠すためか。だが振り向いたその態度は流石に
彼も実戦をくぐりぬけたもののそれだった。
「雷久保を発見しだい部隊を展開する! アルカーが出現した場合、
アルカー対策部隊は奴の撃破を最優先せよ!」
隊長以外誰も何も言わない、櫃の中のような機内で、俺は組んだ拳に力を入れる。
アルカー。アルカー・エンガ。
生まれてからずっと、奴の戦いだけを見て過ごしてきた。
まるで旧知の間柄かのようにすら感じる、その相手と。
今日、実際にあいまみえるのだ。
・・・
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
