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第二部
第四章:05
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「……シターテ・ルが動いたか」
刑事局長である天津は、矢継ぎ早に持ち込まれる情報に
目を通しながら、誰にも気づかれず呟いた。
大改人が、動き出した。
――それは、天津の目的が果たされる時が近いことを示す。
表向きの刑事局としての仕事の裏では、CETが動きやすいよう
便宜を図る。さらにその裏では――フェイスダウンの情報を
受け、総帥の望むとおりにことを進める。
もう――十九年もの間続けてきたことだ。
「もうすぐだ。もうすぐ――」
手にした万年筆に、力がこもる。
その力が、決意によるものから苦悶によるものへ変わる
「がッ――く、うぐぁ……!」
胸を強く抑え、呻く。薬やなにかで抑えられるものではない。
これは――フェイスダウンによる無理な行為の弊害だ。
本来なら、もっとゆっくりことを進めるはずだった。
それを早めたため、ゆがみが彼の身体に現れたのだ。
「――ッ……まったく。恨みますよ、総帥どの……」
・・・
――シターテ・ルの視界の端で雷光がひらめく。
光より早く動けるわけではないが、それを放つノー・フェイス自身が
彼女を捕らえられなければ、無意味だ。
「ほほほ……無駄、無駄なのよ!
あなたたちに私は、止められない……!」
旋回して雷光の発射点に突撃する。しかしすでに逃れていたようだ。
誰も居ない木立を切り倒しながら、舌打ちする。
「まったく、ちょこまかと……!」
苛立ちがとまらない。とらえられはしないが、とらえることもできない。
(――もっとも、それも時間の問題よ……)
シターテ・ルとて闇雲にとびまわっているわけではない。
闇と木々に紛れて見つけられないなら、森をなくせばいい。
広範にわたって、木を切り倒している。いずれ、奴らは丸裸になるだろう。
そうなれば、逃げる場所など――ない。
(思い知らせてやるわ。思い知らせてやる!
この私の邪魔をするなど……この世で、もっとも許されないことだと!)
ふたたび雷光がひらめく。それも難なく回避する。
残った木々は、もうわずかだ。そのどこかに、奴らはいるはずだ。
――もう、隠れる選択肢は少ない。
「――覚悟はいいかしら? ……草刈に巻き込まれる虫のように、
無様に死ぬ覚悟は!」
雷光がひらめいた場所は、もういくらも隠れる余裕がない。
――このまま、一直線に刈り取ってやる!
・・・
「真抜けめ」
ノー・フェイスは木々の合間から近づく大改人の姿をとらえ、
その時を待ち受けていた。
もう、隠れながら移動する木々はない。この場所は奴にも
バレているだろう。真正面から、突っ込んでくる。
……隠れる場所がないということは、相手が突撃するルートも
まるわかりだということに、気づけなかったのだろうか。
そのルートを限定するために、ノー・フェイスがわざと
位置を露呈する攻撃をしかけていたことに、気づかなかったか。
「頼むぞ、アルカー……」
・・・
アルカーは、茂みの中に身を低くして潜んでいた。
最初から、その位置を動いていない。彼がいる直線上に大改人を
誘導するのは、ノー・フェイスに全てまかせていた。
完璧な結果だ。
アルカーが潜む茂みに、あの大改人は吶喊してきている。
獲物と見ればとびつく蟷螂のように、疑いもなく。
(今だ)
誰も止められない、圧倒的なスピード。
自分自身ですら止められないその速度が、仇となる。
「――"レイン・オブ・ファイア"。……フルブラストッッ!!」
"力ある言葉"を全力で解き放つ。
灯り一つない夜の闇を、太陽から吹き上がるコロナのように、
火柱がたちのぼる。
「ぎゃあああああああッッッ!!!」
フェイス戦闘員程度なら一撃で倒す炎だが、改人相手では
決定打とはならない。――だが、この爆炎の中心温度は
数万度を遥かに越える。
その中に、大改人はまともにつっこんだのだ。
炎が弧をひいて彼女は飛んでいく。
「ああああああッッッ! ああッ、あああああああッッッ!!!」
爆炎により、体温が急上昇したのだ。もはや冷却能力はまともに機能せず、
その体内には莫大な熱量が発生している。
"制御不能"だ。
その隙を、ノー・フェイスも逃さない。
木々の中から"力ある言葉"が響きわたる。
「"ライトニング・ムーヴ"」
ばぢぃっ、と閃光が走る。
音速を越えて吹き飛ぶ大改人を、光速に限りなく近い速度で
ノー・フェイスが追いすがる。そして――
「――捕えたぞッ!!」
(流石だ、ノー・フェイス!)
心の中で賞賛を送る。彼との連携は完璧だ。
アイツと共になら、どんな強敵にも怯む必要はない。
・・・
体内に荒れ狂う熱波に身悶える大改人を、無理やり押さえ込む。
そのまま、地面に叩きつける。
膨大な量の土煙が吹き上がり、その土砂の中にノー・フェイスと
大改人はうずもれる。
この機会を逃がす気がない
猛烈な殴打の連撃を加え、ダメージを蓄積させる。
「がっ、あぐっ、ぐぅぅぅ……!」
痛みにというより、熱のほうにうなされ苦悶する大改人。
殴打の一撃が、大改人のフィンのいくつかを破壊する。
「……お、おのれぇぇッッッ!!」
流石に、大改人。これだけでしとめられるほど容易くはない。
ふりまわされる鎌に組み付いた手を離して飛び退る。
「はぁッ……はぁッ……!! きッ……貴様……ッッ!!
貴様ら……ッッッ!!!」
怒りに震え、ふらふらと立ち上がる大改人。あれほどのダメージで
大した根性だが――放熱を司っていたフィンが破壊されたのだ。
先ほどの炎で受けた熱さえ外に逃がせないはずだ。
「……年貢の納め時だな、大改人」
「……少し、古くないか。その言い方」
ついアルカーの言葉に突っ込んでしまう。
しかし、対する大改人にはその余裕がないようだ。
「ば、ばかなっ……私が、この私が……こんなところで?
そんなはずが……そんなはずは、ないッ!
私には、まだ私には――愛が、足りないというのにィィッッ!!」
わけのわからないことを喚き散らしながら、大改人が構える。
しかしもはや力なく、まるで蟷螂の斧のような弱弱しさだ。
「終わりだ、大改人。貴様が手にかけた人々の無念、
思い知るがいい」
「私はシターテ・ルよッッ!! いい加減覚えなさいぃぃぃッッッ!!」
猛々しく吼え、ノー・フェイスとアルカーを迎え撃つ。
その引導を渡そうと脚に力をこめ――
とっさに飛び退る。アルカーともども。
飛び退ったその場所に、何か巨大なものが降ってくる。
重厚で、頑強な肉体を持った存在。
(――私は"フェイスダウン"三大幹部、大改人シターテ・ル――)
シターテ・ルの言葉を思い出す。
そうだ。大改人は、三人いるはずだ。
「――大改人かッ!!」
・・・
「ヤ、ヤク・サ……?」
「無様だな、シターテ・ル」
ぎり、と歯軋りする。どのように罵られても仕方あるまい。
ここまでの無様を晒してしまったのだから。
が、この戦闘狂は特に気にも留めていないようだ。
シターテ・ルにはもはや目もくれず、アルカーとノー・フェイスに
視線を集中させている。
「貴様らが――アルカーか」
鬼型改人。シターテ・ルが機動重視の大改人なら、ヤク・サは
パワー重視型の大改人だ。それを示すかのように大きな図体をしている。
「……ようやく、会えたな。俺は貴様らとまみえたかった。
お前たちと戦いたい。そして――その戦いから、
俺たち改人の存在意義を、見出したい」
(……?)
ヤク・サがよくわからないことを言う。
が、ノー・フェイスの言葉に思索が遮られる。
「今、オレたちは貴様らの一人を倒したところだ。
次は貴様もそうなる番だ」
生意気なことを言う。が、たんなる過信で言っているわけではあるまい。
あえて強気に出ることで戦意を削ごうとしているのだ。
この戦闘バカには、効かないが。
「ククク……二人がかりで強気なのは結構ですが。
お忘れですかな……? 大改人は、三大幹部だということを」
ヤク・サの隣に暗いもやが生まれ、中から髑髏のような改人――
フェイスダウン三大幹部が一人、ヤソ・マが現れる。
「フ……フフフ。まさか、ねぇ……
こんな、山奥に……フェイスダウンの、最高幹部が
勢揃いするとは――!!」
ヤク・サ。ヤソ・マ。そしてシターテ・ル……。
フェイスダウンの最高戦力が、ここに今、集結したのだ。
・・・
「貴様らできそこないごときが、
最高戦力などと。笑わせるものだ」
僅かに残った木立に隠れ、その影はあざ笑う。
戦闘に参加する気など、毛頭ない。だが、この場は大改人どもに
勝って欲しいものだ。
でないと――もっと厄介なものを、動かさなければならなくなる。
「――アレは、戦闘なぞに用いるのは、リスクが大きいと思うんだがね。
フルフェイスよ……」
・・・
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