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第二部
第五章:ELEMENTS
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「――もう、間もなくか」
総帥フルフェイスは、巨大なガラスシリンダーの前に立ち、呟いた。
シリンダーには大量の管が繋がれ、ごうんごうんと音を立てている。
シリンダーの中は液体で満たされている。その中に浮かぶものを
見つめながら、数十億年前の
この星の光景に思いを馳せる。
この宇宙には、無数の星々がある。
その星の数だけ――"精霊"は、いる。
この地球も、まだ水、アンモニア、メタンなどの水素化合物が凝固する前。
ガスともどろどろの液体ともつかない時に、"精霊"は生まれたという。
彼らは、使命を持って生まれてくるのだ。
「……使命を果たせるかは、精霊が揃うか否かにかかっているという」
星と、精霊は卵と雛の関係にも似ている。
卵が未熟なら、精霊も生まれない。全ての精霊が揃わなければ
彼らの使命は果たせない。
「……おまえたちは、足りなかった。
未成熟だったのか、なんらかの外的要因があったのかはわからんが、
とにかく、数が揃わなかった。だから――」
沈黙する。遥か大昔の話。益体のない思索だ。
それより重要なのは、今この時代に何を為すか――だ。
繋がれたケーブルの先には、無数のポッド。――その中には人間たちだ。
このシリンダーの中にいる者は、吸い上げているのだ。人々の感情を。
震える管は、脈動する血管にも似ている。
もともとは、このような使い方をするのが目的ではない。
こうやって無理に人間から感情を吸い上げ、与える。
そして本来の力を取り戻させる――その負荷は、計り知れない。
天津に負荷を分散させ、軽減させてはいるがそれでも
この中にいるものの苦痛は大きいはずだ。だが、顔色一つ変えず
ただ液体の中を漂っている。
まるで感情を奪われた人間のようだ――と、総帥は思う。
ある意味ではそのとおりだ。彼女は、本来得るはずだった
正の感情を与えられてこなかった。その機会を奪われてきた。
我々フェイスダウンの手によって。
「……これは……」
茫然とした声が背後から聞こえ、振り返ると――ジェネラル・フェイスがいる。
この部屋の有様を見て、呆けたようにあたりを見回している。
「きたか。ジェネラル」
「は……しかし、これはどういうことなのですか?
この――精霊は、研究が終わり保管しておく予定では
ありませんでしたか……?」
「その予定だったが、気が変わった。これをアルカーにぶつける」
驚愕し、ジェネラルが面をあげて食って掛かる。
「よ、よろしいのですか!? これは、来るべき時のために
必要だったはずでは……?」
答えず、シリンダーのまわりを歩く。その中に浮かぶ少女を眺めながら。
全身に黄色い紋様が浮かび上がり、胎動している。目覚めを待つ雛のように。
「……ノー・フェイス、だったか」
その名を出したとき、ジェネラルがびくりと震える。
まったく――いまだに、アレの裏切りで自分たちが処断されるかも、と
思っているとは。可愛い連中だ。
「も、申し訳、ございま……せん。我々、フェイスの中に
裏切り者がでるなどと――」
「裏切りなどどうでもいい」
ぽかん、と口があればあけていそうな面で見上げてくる。
まったく。これがフェイスがたどりつく極地にもっとも近い者とは。
――フェイスダウンの向かう先が、楽しみになる。
「だが、奴がアルカーの力を手に入れたことは憂慮すべき事態だ。
この事態を解消しない限り、こいつを確保している意味が無い」
「しかし……あのお方の力なら――」
「アヤツを動かすには、まだ早い。改人の目があるからな」
意味をはかりかねて戸惑うジェネラル。――それに、アレは気まぐれだ。
誰に似たものか。
どくん、とシリンダーが発光する。目覚めが、近い。
「私は――作ったものは無駄にしたくない主義だ。
できる限り役立てたいし、使い道を与えたい。
――これとて同じだ」
思い返せば、すべてはその自分の主義が始まりかもしれない。
懐かしいといえば、懐かしい記憶だ。
「役立ってもらおうではないか。その命、尽きるまで。
そして――アルカーの力を、解放させるのだ」
・・・
「フンヌァッ!!」
「うおッ……!」
鬼型大改人の振り回した腕を危ういところでくぐりぬけ、身をそらす。
そのまま足払いをかけるが、読まれていたのかノー・フェイスの
足が踏み抑えられる。
「ぐっ……!」
「ぬぉぉおああッ!!」
動けないところに砲弾のような殴打が降り注ぐ。
全てを捌くことはできず、腕をあげて防御を固めるが、
その防御の上から叩き潰されかねない。
ぎしぎしと筋肉が軋み、フレームが歪んでいく。
「ノー・フェイスッッ!!」
アルカーが大改人の背後から襲い掛かるも、その飛び蹴りを
あっさりととらえられ、動きが止められた。
「……ッ! "ライトニング・ムーヴ"ッ!!」
その隙に、"力ある言葉"を発動させ、鬼型大改人ごと
空中へと飛び上がる。
「……"フラカン・リボルバー"ッッッ!」
本来なら必殺の一撃。だが今はその回転力を利用し
大改人から脱出するのに用いる。
遠心力で大改人の戒めを解き、距離をとって対峙する。
「……戦巧者だな」
この大改人は、戦いなれている。膂力よりむしろそれこそが
こいつの最大の武器と言っていい。
「"ネブラ"……"ツァオン"……!」
離れたところから、髑髏型改人が"力ある言葉"に似た
呪文を唱える。するとその身体から黒い霧が噴出し、
壁となって立ちはだかる。
「"インペトゥス"……ッッッ!!」
――その壁が、威圧するように突撃してきた!
「……くッ!!」
身を翻して、なんとか避けるが――後続の壁に吹き飛ばされる。
受身をとって衝撃を逃がすが、ダメージは少なくない。
「――さすが、フェイスダウンの最高幹部というわけか……」
その実力は、伊達ではない。シターテ・ルが戦闘不能になっていることが
唯一の救いだ。
前衛で立ち塞がる、鬼型大改人。後衛から援護するのは髑髏型改人。
さすがに、見事な連携だ。突き崩す隙が、なかなか見当たらない。
……紛れもない強敵だ。
「良い方向に考えよう。こいつらさえ倒せれば、
フェイスダウンは壊滅状態だ」
「……前向きだな」
お互い、げんなりするほどに。
アルカーの自棄になったような物言いに、肩をすくめる。
とはいえ、旅客機を奪還するという目的は果たせた。
シターテ・ルを仕留め損ねたのは痛手だが、無理に戦う必要もない。
……とはいえ、向こうも逃がしてくれる気はないらしい。
「どうした、そんなものかアルカー!
お前の力は、まだあるはずだ!!」
鬼型改人が吼え猛る。それにあわせて、髑髏型大改人がいやらしく笑う。
「散々我らの邪魔をしてくれたものですが……
やはり、最初から直接手を下すべきでしたね
"モルス"……"ヤクレ"……ッ!!」
怨念のような靄のかたまりが、投げつけられる。
かろうじて避けるが、着弾した箇所の草花が枯れ果てる。
左右に飛んで避けたアルカーとノー・フェイスのうち、どうやら
鬼型改人はアルカーに狙いをつけたらしい。
豪腕をふるい襲いかかる。
「このッ……!」
「させませんよ」
加勢しようとしたところに、髑髏型大改人が割ってはいる。
シターテ・ル一体相手にもアルカーと二人がかりでなんとか倒したのだ。
それを、一体ずつ挑まねばならないとは。
「――やるしかないか!」
泣き言をいっている暇はない。いずれは、対峙しなければならない相手なのだ。
四肢に力を込めて大地を踏みしめる。こいつらさえ倒せば、
フェイスダウンの戦力は激減する。
ホオリが外を出歩ける日が来るのだ。
やらねば、ならない。
・・・
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