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第二部
第五章:07
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ノー・フェイスはホオリの手をとりながら歩き、彼女の様子を
そっとのぞき見る。
もう、本当になんともないようだ。CETに戻って彼女が倒れたと聞き、
ないはずの心臓がはねあがるような感触を覚えたものだ。
彼女は、本当に数奇な運命を背負っている。
いや、背負わされたのか。
精霊を宿らされ、胎内で育て上げさせられた。彼女の人生は
フェイスダウンに奪われたようなものだ。
精霊を……
(む……)
そうだ。
ホオリは、雷の精霊を生まれたときに宿らされ、ずっと抱えさせられてきた。
それはフェイスダウンの人体実験によるものだ。
そして今、新たな精霊が目覚めようとしている。歪んだ形で、とは
その精霊自身の言葉だ。
(……なら、その精霊はフェイスダウンが覚醒させようとしているはず)
もっともよく精霊を知るのは、フェイスダウンだ。彼らが第三の精霊を
抱えているであろうことは、想像に難くない。
――では、その精霊は今どういう状態にある?
精霊は人に宿り、適合者を探すのだ。
なら……他にも、ホオリと同じように人体実験に供された者がいるのか?
――その想像は、ノー・フェイスの背筋を寒くする。
こんな運命を背負わされた者が、他にもいるというのか。
人生の全てを奪われた人間が、まだいるのだろうか。
どんな人間なのだろうか。
どんな思いを抱え、フェイスダウンに囚われているのだろうか。
その気持ちを想像すると、いてもたってもいられなくなる。
今すぐ走り出して、アジトを探し出し助けたい衝動に駆られる。
……そんな思いを繋ぎとめるのは、この小さな暖かい手だ。
この手を握っていると、妙な安心感が広がっていく。
少なくとも、この少女は今そばにいるのだと、たしかに伝わってくる。
――あの夜、彼女を守ったことは間違いではなかったと思えるのだ。
「……ノー・フェイス?」
少し不思議そうに見上げてくる。こちらの不安が伝わったのかもしれない。
彼女は聡い子だ。精霊によって心がつながっていることもあり、
こちらが焦燥すれば彼女はすぐに悟る。
彼女を安心させるため握った手を離し、軽く頭をなでてやる。
はぐらかされたのは感じただろうが、はにかんだように笑顔になってくれた。
……やさしい子だ。
(……そうだな、火之夜。悩むのはいい。
だが、今ここにいる彼女のことを――忘れては、いけないな)
・・・
「――結局、"眠り姫"は覚めてしまったか」
いつものように玉座に座り、益体もない書物を読み漁る総帥どのの姿を眺め見て
"処刑人"は声をかける。
まったく。大改人どもも、情けない。あんな手にひっかかるとは。
自分たちが持ち込んだ武器でやり返されるとは物笑いの種だ。
やはり、頼みにすべきは己が肉体。武器は、その場にあるものを使えばいい。
「……おまえはどうしても、気に入らないらしいな」
総帥のつぶやきに嘆息する。こいつは遠慮深謀をめぐらすわりに、
場当たりなところが目立つ。
「おいおい。わかっているだろう? あの研究は、完全体となったアルカーと
戦うときのために用意されたものだった。万が一、失うこととなったらどうする」
「いざとなれば、回収はできる。それで充分だろう」
息はしないが、ため息をつきたい気分だ。
どうにも詰めが甘い気がしてならない。
「……それに、おまえが気に食わないのは――
フェイスに任せないからだろう?」
「……それと、連中の不甲斐なさとな」
実のところは、そのとおりだ。どうにも奴らの成長は遅々として進まない。
特に計画の遅れが生じてるわけではない。単に、自身が気を
やきもきさせているだけだ。ではあるが――
本来ならフェイスは、まだまだ実力を発揮できるはずだ。
改人ごときに顎で使われるなど、精進がたりん。
「――まあ、そう言ってやるな。ほとんどのフェイスが自我すら獲得していない。
ゆっくりやればいいさ」
「……気楽だな、おまえは」
呆れて脱力する。確かに、計画を本始動させるには"命"の精霊の力が必要だ。
だがその前に、できるだけ人間たちからフェイスの側に感情エナジーを
移し変えておきたいのだが……。
「……それに、そろそろオレも動きたいんだがね」
「まあ、もう少し待て。エリニスが失敗したときには、
お前にアルカーや連中の処分を頼むことになる。
それまでの辛抱だな」
「やれやれ……」
陰気臭くなり、壁から背を離す。
自分とこの総帥はよく似ている。が、違うところもある。
フルフェイスは強さには興味がない。だが自分は違う。
己のスペックに全幅の信頼を寄せ、それをもって強敵を叩き潰す。
それをこそ、望んでいるのだ。ある意味、総帥の目的など興味はない。
――かなえてやりたいとは、思うが。
「……哀れなものだな。改人どもも」
ほうほうの体で逃げ帰っているだろう連中のことを思い出し、嘆息した。
・・・
――眼下の闇に、都市が広がる。
きっとそこにいる人々は父に抱かれ、母に撫でられ育ってきたのだろう。
自由な青春を謳歌し、時に自身の選択を誤り、無為に死んでいくのかもしれない。
だがそれは全て自由意志によるものだ。
祝福も応報もなにもかも、自分で選んだ道だ。
アルカー・エリニスは羨望する。嫉妬する。憎悪して――嘲笑する。
すべてすべて、自分が得られなかったもの。これまでの人生で、
彼女がけして手に入れられず、与えられなかったもの。
これからは違う。
彼女自身の自由な意志によって、あの有象無象たちの自由を奪う。
犠牲になった者たちの悲哀も苦鳴も知らずに、自由を無駄に消費している
愚図どもを、この手で絶望に叩き落してやれるのだ。
心の中で、獣が叫んでいる。彼女を制止しようとおしとどめる。
寄生虫風情が。私の何を、知っていると言うのだろう。おまえに、
私を止める権利などあるものか。
また心の中で別の声も聞こえる気がする。
悪意に身を浸せ。他者の全てを憎み、恨み、あざ笑い。
そうしていつか――自分自身さえも卑下し、冷嘲する。
この世の全てを嘲笑する、"悪意の信徒"となるのだ。
そうすれば――孤高で、美しい悪意だけを抱えて生きていける。
心の中に、別の光が入り込んでくる。不快な光だ。
まばゆいばかりの雷光で、心を焼き焦がそうとする。
その光からは暖かいものばかりが流れてくる。
喜び。人との触れ合い。思いやり。――信頼。
うるさい――煩い、五月蝿い!!
そんなものを見せて、どうしようというのだ。
私が――私だけが、手に入れられなかったものを見せ付けて、
見下そうというのか!
なんどもなんども、仮面が見える。救ってくれた腕。
絶対に守ってくれる、その両手。無上の信頼を感じる。
私のことは、助けてくれなかったくせに!!!
なぜ――どうして。あの子は助けて、私は助けてくれないの。
誰も誰も、両親も、あの仮面も、私を助けてはくれない。
どれほど苦しもうと、この身を案じてくれない。
ずるいじゃないか。
許せない。
許せない。
――許せない!!
絶対に、許さない。あの子だけが救われるなんて、許されない。
――そうでしょう? ノー・フェイスッッッ!!!
・・・
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