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第三部
第一章:02
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「……火之夜の姿が、見えないな」
「んー。墓参りだよ」
「墓?」
ノー・フェイスは首を傾げた。
日課となった火之夜との組み手を行おうとしたのだが、
彼の姿が見えず食堂にいた桜田にたずね、返ってきた答えがそれだ。
墓。墓参り。なんとか知識の中には見つけられた。が、なじみが薄い。
「……亡くなった人間を納めるものか」
「――ああ、ノーちゃんにはいまいちピンとこないかな」
ぴこぴことくわえていた匙をとり、体重を預けかたむけていた椅子を
元に戻す。その匙を振りながら、解説する。
「ま、人間は死んだからといって無碍に放置しとくこともできないってこと。
弔って、祈りを捧げて――そうして失った命を偲ぶの」
「……そうだな」
思い浮かべたのは、あの夜見た雷久保夫妻の姿だ。
無造作に地面に転がされた、生気のない身体。彼らは死んだわけではないが、
ノー・フェイスも粗雑に扱われたその姿に憤りを感じた。
きっと、人間もそうなのだろう。フェイスや改人のように、動かなくなったから
置き去りにすることなど、できはしないのだ。
そのための処置が葬儀であり、墓碑なのだろう。なぜその方法なのかは
わからなくとも、そうしたくなるという気持ちは理解できた。
「……誰の墓か、聞いてもいいか?」
「いいんじゃない? もう、十年以上も前の話しだし。
――本部長の弟さんだよ」
あまり詳しく説明しなかったのは、ノー・フェイスを気遣ってのものだろう。
本部長――御厨が家族をフェイスダウンに襲われ廃人化されたのは知っている。
……弟に至っては、殺されていたとは。
「……立派な女性なのだな」
「ん。やっとわかった?」
桜田が振り向きもせず同意する。その金色のポニーテールが揺れるのを見ながら、
御厨の心中をおもいはかる。
家族を奪われ、弟を殺された御厨が、そのフェイスダウンの一員であった
ノー・フェイスを嫌な顔一つせず受け入れた。
内心は、どのようなものであったろう。忸怩たるものは少なからずあったはずだ。
ノー・フェイスにこれまでそんな背景を気取らせもしなかったのは、
彼女の公平さの証といっていい。
「……しかし、弟か。悪いが、オレには肉親と言う概念がよくわからん。
どういうものなのだろうな、血を分けた家族を失うというのは……」
「……気になる?」
「知っておきたい。こんな話は、ホオリや御厨には聞けないからな」
フェイスダウンに家族を奪われた彼女たちに聞くのは無神経と言うものだ。
だが、そんなノー・フェイスを桜田はにやにやと意地の悪い笑顔で見つめる。
「……もしかしたら、私も家族を失ってるのかもよ?」
「……」
その言葉に動揺する。確かに、その可能性は頭になかった。
思い至らなかった自分を恥じる。が、すぐに桜田は手を振って否定した。
「うそうそ、そんなことないよ。
でもそういうところ、ちょっと気をつけたほうがいいと思うな?」
「……そうだな。すまない」
素直にあやまる。少しだけ桜田がばつの悪い顔をしつつ、先ほどの質問に
答えてくれた。
「そうだなぁ……私にも、妹がいたんだけどね。あ、今も元気よ?
なんだかんだ喧嘩することも多いし、こっちで一人暮らしはじめてから
長いこと会ってないし……でも、そうだね」
ふ、と彼女にしては珍しく遠く懐かしむような目をして薄く笑う。
その顔を見るだけで、家族というものに対する思いが伝わってくる。
「もし、アイツが死んじゃったと聞かされたら……
泣くんだろうなぁ、私。もう会えないってだけじゃない。
いつでも話せると思って言わなかったことが、いっぱいあったんだって
その時初めて気づくんだ。何もかも遅いのにね」
「……」
その言葉には、普段の彼女からは想像もつかない含蓄があった。
どこか遠い地に思い馳せるような、憂いを帯びた表情。
……ほんとうに、嘘だったのだろうか。
それ以上はノー・フェイスも深くたずねなかった。
彼女が嘘だと言っているのだから、そう信じておこう。
「なんとなく、想像はできた。礼を言う」
「どもども~」
椅子の背に頭をのせ、ひっくり返りながらひらひらと手を振る。
しかし、火之夜がいないとなると予定が空いてしまった。
一人鍛錬はすでにこなしているが、もう一度鍛錬室に
赴こうとしたところで、ホオリが食堂に入ってきた。
「ノー・フェイス、暇? なら、娯楽室にいこう」
「……わかった」
最近、彼女は連続ドラマとやらがお好きなようだ。
ノー・フェイスもそれの視聴につきあわされている。
確か、未来から現代に生きる女主人公を守るために派遣された
人造人間が、やがて人の心を持ち始める……といった話だったか。
CETに来てからホオリや桜田、小岩井らにさまざまなフィクションを
見せられてきたが、いまだにそれらを理解する感性は
宿っていないようだ。
まあ、ホオリが楽しいならそれでいいだろう。
彼女に手をひかれて食堂を出ようとすると、桜田が意味深な
言葉を投げかけてきた。
「……なぁんでお姫さまがあのドラマを好きで、
ノーちゃんと一緒に見たがるのか、もうちょーっと
考えられるようになると、いいのになぁ?」
「……?」
謎掛けのような台詞に疑問符がつくが、手を強くひっぱられ
棚上げしてホオリのあとについていくのだった。
・・・
……桜田さんは、時々イジワルだ。
ホオリはノー・フェイスの前に立ちながら、自分の頬が
熱くなっているのを自覚していた。
別に、彼女が邪推するような理由でノー・フェイスを
つき合わせているわけではない。あのドラマはとても
よくできているし、登場人物の心の機微もわかりやすく
それでいて精緻に描かれている。それでいてハッタリの効いた
演出は見るものを飽きさせない。だから、好きなのだ。
ただ、まぁ……だんだんと人の心をもち始め、自分が守護する
女性を意識しだした人造人間と、そんな彼に対し自身もまた
惹かれていく女主人公の姿に、自分とノー・フェイスを重ねる
妄想をしたことがないと言えば――ウソには、なるか。
フェイスに襲われ、感情を奪われたあの日から大分時が過ぎた。
ここでの生活と、雷の精霊が目覚めてからは少しずつではあるが、
以前のような感情も戻り始めている。
自分は、運が良かった。それと同時に、感情が戻るにつれ
そのこと事態に恐れを抱き始めてもいた。
今、ホオリは植物状態となった両親を見ても強い悲しみはない。
いや、悲しくないわけではない。ただ辛いほどではない。
ある意味では感情が希薄になったおかげだとも言える。
だが感情が元に戻ったら。眠ったまま動かない両親を見たその時、
自分はどんな思いを抱くのだろう。
そして――その思いを抱えて、ノー・フェイスの顔を見れるのだろうか。
わからない。今のホオリにはわからないことが、恐ろしく感じられた。
いまだに自分の胸に芽生えた暖かい気持ちに、名前もつけられずにいるのだ。
年若き少女には、無理からぬ恐怖とも言える。
……。
それと、気がかりなことがある。
このCETで過ごして芽生えた、彼女の暖かな気持ち。
だがその外側から、なにか昏く冷たい感情を感じるのだ。
憎い。
妬ましい。
悔しい。
哀しい。
誰か――助けて。
それは、自分のものではない。自分が抱いた感情ではなく、
どこかから流れてきた他人の感情だ。
だけど、なぜそんなものが自分の心に去来するのかわからない。
そしてなぜ――その感情を、ひどく懐かしく感じるのだろう。
いや、その負の感情を懐かしんでいるのではない。その感情を抱いた誰かが、
自分にとってとても身近な存在だった気がするのだ。
他人との関わり自体が薄かった自分に、心当たりはない。
だけど、この感情が本当に自分に近しい者の思いだとすれば、哀しいことだと思う。
(こんなに、暖かくなることがいっぱいある世界なのに。
この人は……何一つ、得られなかったというの?)
あるいは自分も、ノー・フェイスやアルカーに救われなかったら
この思いの主と同じ感情を抱いていたのかもしれない。
そう考えれば、自分のありうる姿の一つだったのかもしれないと、感じる。
(……この人にも、わけてあげたい。私の思いを。
ノー・フェイスの――優しさを)
ぎゅっ、と胸を抱きしめる。自分の中に芽生えた淡く優しい思いが、
少しでも相手に逆流しないかと願って。
――こんな昏い感情を抱いて生きるなんて、哀しすぎるから。
・・・
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