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Mind000_悪夢
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辺りが暗闇に包まれ、時が新たな日を告げようとする頃。柊 心弥はベッドに身を横たえ、その日の終わりを告げるように目を閉じた。だが、しばらくすると、暗闇に包まれていた彼の意識が急に白い靄に包まれた。
(またか。もういい加減勘弁してくれよ……)
ため息を吐きたい思いを呑み込む代わりに、心弥は胸中にそんな感想を抱く。しかしながら、曇り空のように沈んだ彼を差し置くように、今度は落下していく感覚が全身を襲った。
落下する感覚が無くなり、ホッと一息するも束の間。
――それまで白く霞がかっていた景色が少しずつクリアになっていった。
徐々に明瞭になる視界。やがて捉えられた光景は寒々とした地下室で繰り広げられる殺戮劇だった。左右に目を向けて辺りの状況を窺うと、そこはゴツゴツとした岩肌と点々と灯る小さな蝋燭の光が映る。
ほんの十人も詰め掛ければすぐに満員になるほどの狭いその地下室。そんな息苦しささえ覚える場所に放り込まれた心弥の目の前には、一組の男女の姿があった。女性は全身から血を流し、目の端から幾度も涙を落として叫んでいる。対するのは、被害者の女性よりも背が高く、金髪青目の青年である。彼は血にまみれたその手に持った短剣を、泣き叫ぶ女性に何度も何度も突き刺していた。
――人が人を殺す場面、などと一言で表現すればそれまでだが、それは「凄惨」などという二字で済ますにはあまりにもおぞましいものである。
身体に走る苦痛と流れ落ちる鮮血に涙を浮かべて助けを求めるように腕を伸ばす女性と、その女性をまるで芋虫を踏み潰すかのような冷酷な目で蔑みながら、手にした短剣を振り下ろす男。
地下室で行われるその無慈悲で一方的な暴力は、巷にあふれるスプラッタ映画よりも、リアルで生々しい光景であった。悲鳴を上げる女性に、ただ何も言わず短剣を振り下ろす男は、まるで屠殺場で黙々と作業をする人間そのものだ。
心弥の目の前で繰り広げられる殺戮劇は、見る者が見れば、即刻胃の中のものを足元に吐き出してしまうほどの破壊力を持っている。
ただ、そういった残酷な光景を目にしても、その光景を茫洋とした目で見つめる彼は眉一つ動かさずただぽつりと心の中に呟くだけだった。
(あぁ、またか……)
――そう、「また」だ。
視界に捉えられる薄暗い室内に、点々と灯る蝋燭。そしてその中でうつ伏せに倒れ、ピクリとも動かなくなった女性と床を汚す鮮やかな赤い液体。全部が全部これまでにも幾度か見たことのある景色だった。
心弥が立っている場所が具体的にどこなのかは分からないが、目の前に映る光景が訪れた場所であるか否かぐらいの見当はさすがにつけることができる。
明らかに見慣れた自分の部屋の中とは異なる景色に囲まれれば、否が応にも「これは夢なのでは?」という思いに駆られるのが当然の印象と言えるだろう。そんな彼の心の中に浮かぶ違和感が、かろうじて正気を保たせてくれているような気がした。
そうした中、心弥はただ「早く終わって欲しい」とばかりに、その場で突っ立ったままぼんやりと目の前に広がる光景を眺めていた。目の前に倒れている女性が一体誰なのかは、彼自身分からない。だが、助けようとしてもそれは無駄な行為だと分かっていた。
それは彼女から流れ出る血の量が尋常ではないことからも明らかで、もはや虫の息と言える。じきに女性は物言わぬ死体と成り果てるだろう。
(ったく……気が滅入るな。まぁいい。幸いなことにこれは夢だ。どのみちすぐに終わるだろう)
軽く肩を上下させ、「鬱陶しい」といった態度を見せながら、心弥は胸中にそんな思いを呟いた。目の前で凄惨な光景が広がるにもかかわらず、そんな感想を抱けるのは「同じ光景を幾度となく見せつけられているから」に過ぎない。
(そう言えば……もう何度目かな、この夢も……)
ため息にもならない息を吐きながら、心弥は空疎な思いを心の中に吐き出した。何回この夢を見たのか、それを数えることが億劫になるほどには繰り返されているのは間違いないと断言できた。
――最初にこの夢を見たときは、それはもう酷い有様だった。
助けようと手を伸ばすも、その手は倒れる女性の身体を突き抜け、触れることすらできなかった。
次に声を上げてみるも、誰も俺の叫びに答える者は現れなかった。
何を試しても変わることがない内容の夢に、心弥はとうにその場から動くことすら諦めた。今となってはただただこの夢が早く終わることを祈ることしか彼に残されていることはない。
(……というか、早く終わらないかな)
繰り返し見ているからか、こうして眺めている心弥にはこの後の展開も分かり切っている。目の前で自分の意志とは無関係に進むこの夢を見ている彼にとっては、まるで面白くもなんともないスプラッタ映画を強制的に見させられている気分だった。
――そんな心弥の思いなど無視するように、ナイフを刺された女性は、やがて静かに息絶えるのだった。
女性が息絶えたその時、一瞬だけ蝋燭の火が揺れる。その明かりに照らされた白い弧月が幾つも心弥の前に映った。
併せてクスクスと忍び笑いが部屋のそこかしこから聞こえてくる。しかしながら、その顔は闇に紛れて判然とせず、性別さえ分からない。
ただ、視界に捉えられた白い弧月の数から、相手は複数だということが分かる。また暗がりから自分に突き刺さる視線は、針の如く鋭く氷よりもなお冷たいものだ。
人の命を奪ってもなお冷たく嘲り笑う名前も知らぬ彼らのその性根には恐れ入る、と素直に思えた。人間の持つ野蛮で恐ろしいその残酷さに、彼はいつも反吐が出る気分に駆られる。
まぁ、とは言っても――この場で彼自身に何ができるわけもないのだが。
やがて、ひとしきり笑っていた一人が銀色のナイフを手に俺に向かって歩いてくる。キラリと蝋燭の明かりを反射するそのナイフは俺に対する殺意の証だ。あのナイフが突き立てられれば、彼は容易に命を落とすだろう。
だが、そこまで分かっているというのに自分ではどうにもできない。
(あぁ、また……この終わり方か……)
心弥が繰り返し見るこの悪夢の終わり方は、いつも決まっていた。ナイフを持つ人物が、今まさに襲いかかろうとその手を大きく振り上げる。
そして――その手が勢いよく振り下ろされた瞬間。
……
…………
………………
……………………
「……またあの夢だったか」
心弥はうっすらと目を開け、けたたましく鳴り響く目覚まし時計の音を耳にしながらやっとの思いで悪夢から解放されたのだった。
(またか。もういい加減勘弁してくれよ……)
ため息を吐きたい思いを呑み込む代わりに、心弥は胸中にそんな感想を抱く。しかしながら、曇り空のように沈んだ彼を差し置くように、今度は落下していく感覚が全身を襲った。
落下する感覚が無くなり、ホッと一息するも束の間。
――それまで白く霞がかっていた景色が少しずつクリアになっていった。
徐々に明瞭になる視界。やがて捉えられた光景は寒々とした地下室で繰り広げられる殺戮劇だった。左右に目を向けて辺りの状況を窺うと、そこはゴツゴツとした岩肌と点々と灯る小さな蝋燭の光が映る。
ほんの十人も詰め掛ければすぐに満員になるほどの狭いその地下室。そんな息苦しささえ覚える場所に放り込まれた心弥の目の前には、一組の男女の姿があった。女性は全身から血を流し、目の端から幾度も涙を落として叫んでいる。対するのは、被害者の女性よりも背が高く、金髪青目の青年である。彼は血にまみれたその手に持った短剣を、泣き叫ぶ女性に何度も何度も突き刺していた。
――人が人を殺す場面、などと一言で表現すればそれまでだが、それは「凄惨」などという二字で済ますにはあまりにもおぞましいものである。
身体に走る苦痛と流れ落ちる鮮血に涙を浮かべて助けを求めるように腕を伸ばす女性と、その女性をまるで芋虫を踏み潰すかのような冷酷な目で蔑みながら、手にした短剣を振り下ろす男。
地下室で行われるその無慈悲で一方的な暴力は、巷にあふれるスプラッタ映画よりも、リアルで生々しい光景であった。悲鳴を上げる女性に、ただ何も言わず短剣を振り下ろす男は、まるで屠殺場で黙々と作業をする人間そのものだ。
心弥の目の前で繰り広げられる殺戮劇は、見る者が見れば、即刻胃の中のものを足元に吐き出してしまうほどの破壊力を持っている。
ただ、そういった残酷な光景を目にしても、その光景を茫洋とした目で見つめる彼は眉一つ動かさずただぽつりと心の中に呟くだけだった。
(あぁ、またか……)
――そう、「また」だ。
視界に捉えられる薄暗い室内に、点々と灯る蝋燭。そしてその中でうつ伏せに倒れ、ピクリとも動かなくなった女性と床を汚す鮮やかな赤い液体。全部が全部これまでにも幾度か見たことのある景色だった。
心弥が立っている場所が具体的にどこなのかは分からないが、目の前に映る光景が訪れた場所であるか否かぐらいの見当はさすがにつけることができる。
明らかに見慣れた自分の部屋の中とは異なる景色に囲まれれば、否が応にも「これは夢なのでは?」という思いに駆られるのが当然の印象と言えるだろう。そんな彼の心の中に浮かぶ違和感が、かろうじて正気を保たせてくれているような気がした。
そうした中、心弥はただ「早く終わって欲しい」とばかりに、その場で突っ立ったままぼんやりと目の前に広がる光景を眺めていた。目の前に倒れている女性が一体誰なのかは、彼自身分からない。だが、助けようとしてもそれは無駄な行為だと分かっていた。
それは彼女から流れ出る血の量が尋常ではないことからも明らかで、もはや虫の息と言える。じきに女性は物言わぬ死体と成り果てるだろう。
(ったく……気が滅入るな。まぁいい。幸いなことにこれは夢だ。どのみちすぐに終わるだろう)
軽く肩を上下させ、「鬱陶しい」といった態度を見せながら、心弥は胸中にそんな思いを呟いた。目の前で凄惨な光景が広がるにもかかわらず、そんな感想を抱けるのは「同じ光景を幾度となく見せつけられているから」に過ぎない。
(そう言えば……もう何度目かな、この夢も……)
ため息にもならない息を吐きながら、心弥は空疎な思いを心の中に吐き出した。何回この夢を見たのか、それを数えることが億劫になるほどには繰り返されているのは間違いないと断言できた。
――最初にこの夢を見たときは、それはもう酷い有様だった。
助けようと手を伸ばすも、その手は倒れる女性の身体を突き抜け、触れることすらできなかった。
次に声を上げてみるも、誰も俺の叫びに答える者は現れなかった。
何を試しても変わることがない内容の夢に、心弥はとうにその場から動くことすら諦めた。今となってはただただこの夢が早く終わることを祈ることしか彼に残されていることはない。
(……というか、早く終わらないかな)
繰り返し見ているからか、こうして眺めている心弥にはこの後の展開も分かり切っている。目の前で自分の意志とは無関係に進むこの夢を見ている彼にとっては、まるで面白くもなんともないスプラッタ映画を強制的に見させられている気分だった。
――そんな心弥の思いなど無視するように、ナイフを刺された女性は、やがて静かに息絶えるのだった。
女性が息絶えたその時、一瞬だけ蝋燭の火が揺れる。その明かりに照らされた白い弧月が幾つも心弥の前に映った。
併せてクスクスと忍び笑いが部屋のそこかしこから聞こえてくる。しかしながら、その顔は闇に紛れて判然とせず、性別さえ分からない。
ただ、視界に捉えられた白い弧月の数から、相手は複数だということが分かる。また暗がりから自分に突き刺さる視線は、針の如く鋭く氷よりもなお冷たいものだ。
人の命を奪ってもなお冷たく嘲り笑う名前も知らぬ彼らのその性根には恐れ入る、と素直に思えた。人間の持つ野蛮で恐ろしいその残酷さに、彼はいつも反吐が出る気分に駆られる。
まぁ、とは言っても――この場で彼自身に何ができるわけもないのだが。
やがて、ひとしきり笑っていた一人が銀色のナイフを手に俺に向かって歩いてくる。キラリと蝋燭の明かりを反射するそのナイフは俺に対する殺意の証だ。あのナイフが突き立てられれば、彼は容易に命を落とすだろう。
だが、そこまで分かっているというのに自分ではどうにもできない。
(あぁ、また……この終わり方か……)
心弥が繰り返し見るこの悪夢の終わり方は、いつも決まっていた。ナイフを持つ人物が、今まさに襲いかかろうとその手を大きく振り上げる。
そして――その手が勢いよく振り下ろされた瞬間。
……
…………
………………
……………………
「……またあの夢だったか」
心弥はうっすらと目を開け、けたたましく鳴り響く目覚まし時計の音を耳にしながらやっとの思いで悪夢から解放されたのだった。
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