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Mind001_灰色
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ベッドからむくりと上半身を起こした心弥は、枕元でけたたましく鳴り響く目覚まし時計のスイッチを消し、目をこすりながらカーテンを開けた。
ザッと音を立てて勢いよく開かれたカーテンから、白い朝の光が部屋の中を照らし出す。
「くふぁ……」
ぐっと頭上に腕を上げて伸びをすると、気だるげな声であくびが漏れた。ギシリと音を立ててベッドから離れると傍にある鏡に心弥の姿が映し出される。
脱色したような栗色の短い髪に焦げ茶色の瞳。まだあどけなさの残るその顔は、ともすれば同世代の女の子のようにも思える。
「うぅ、寒っ……今日で2学期も終わりか。そしてほどなくして新学期、か……」
時計が指し示す時刻をちらりと見やって確認した心弥の口から、ぽつりと言葉が漏れた。抑揚のないその声は、始まりを告げた一日に対して希望もなければ爽やかささえ感じられない。カリカリと頭を掻きながら、心弥はゆっくりと支度を始めるのだった。
「……」
階下に降り、リビングに姿を現した心弥は無言でテーブルの上にあるリモコンのスイッチを押してテレビをつける。テレビから流れるニュースをだらだらと聞き流しつつ、彼は朝食を口へと運んだ。
この家には心弥しかいない。彼の両親の姿も、温かみのある挨拶もそこにはなく、ただどこか冷たい時間だけが静かに流れていた。
黙々と機械の如く口に朝食を運び、今日の天気を確認して家を出る。何度となく繰り返された日常。そして温かみの感じられない場所。
それが柊心弥の現実だった。
付け加えれば、彼が一人で生活するのは何も今日が初めてというわけではない。こうして一人で食事をするのも、かれこれ5年以上の月日が経過している。その理由は、彼の両親が世界を飛び回りながら仕事をしているのも一つだが、特に彼の出自が大きく関わっている。
(自分の子どもに連絡すら寄こさず、か……まったく。あの人たちには親という自覚があるのか疑問だな。まぁ、ハナから期待もされていない、ただ体面を保つだけの「養子」だから問題ないのだろうけど)
ふと自分の携帯端末に親からのメールが届いていないことを見た心弥は、心の中にそっと自らの思いを呟いた。
そう。柊心弥は母親の中から生まれた実子ではなかった。彼が昔聞いた話では、幼い頃に施設から引き取られた子であるらしく、結婚した両親の世間体を保つために引き取られたとのことであった。
そのためか、親からの期待というものは無く、心弥は長い間孤独な思いを余儀無くされた。
如何に試験でいい点数をとっても
如何に大会で活躍したとしても、
それに対する両親からの褒め言葉は無かった。
「もう時間か……」
そんな孤独感に慣れ切ってしまった心弥は、それ以上の言葉を発することなく、静かに家を出る。
――いってらっしゃい、との温かな言葉も無く。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
電車を乗り継ぎ、駅から続くなだらかな坂を上った先にそびえる建物が心弥の目的地だ。周囲には彼と同じ制服に身を包んだ生徒が彼を追い越しては先にいる友達らしき人物に「おはよう」と声をかけながら校門をくぐっていく。
だが、心弥の周囲に人影はない。まるで彼の周囲が切り抜かれたように、ぽっかりとスペースが空いていた。ただ、そうした状況であっても心弥の表情には変化がない。むしろこれ幸いとばかりに、だらだらとヘッドフォン越しに流れる音楽を聞き流す始末だ。
(今日は終業式で午前中までだったか。なら、終わり次第、サッサと帰るとするか)
そんな思いを抱きながら、視界に捉えられる建物との距離は近づいていき――心弥は校門を潜った。
校門の横にある柱には札があり、そこには「国立第一高校」という達筆な文字が記されている。国立第一高校――通称、「一高(いちこう)」は、ある特殊な力を持つ生徒を養成する機関の一つである。
特殊な力――俗に「能力者」と呼ばれるその者たちは、国による「開発プログラム」の元に生み出された。その力は何もない場所から炎を生みだしたり、任意の場所に瞬間移動したりとおよそ人間の生まれ持った力を超えた特殊な力である。
能力者は21世紀末に世界を襲った「第三次世界大戦危機」の最中に生まれた。「第三次世界大戦危機」は俗に大戦危機とも呼ばれ、あわや核兵器戦争に突入する事態であったことから、歴史家は「人類滅亡の危機」と口を揃えて言うほどだ。
その発端は中東地域における資源獲得競争の激化と大国との軋轢とされているが、その詳細までは伝えられていない。
22世紀を目前に世界を襲った危機であるが、これを阻止すべく立ち上がったのが能力者と呼ばれる存在である。能力者たちはその身に宿る超常的な力を用いて国家間及び民族間の対立を次々に平定し、見事に大戦危機を回避した。
人類は辛くもその種を存続させられる道を歩むことができたが、大戦危機の後に起きたのは熾烈な能力者の獲得競争であった。
大戦危機の回避に際し、能力者たちはその力を存分に発揮した。そのおかげで全世界的な戦争は避けられたものの、皮肉にも統治者たちにとって彼らの存在が新たな戦力として映ったのである。
――そして、大戦危機から30年余りが経過した2137年現在では、能力者の確保が各国家での優先課題と位置付けられ、防衛に限らず、教育や科学技術など様々な分野で能力者の育成措置が設けられている。
心弥が通う高校も、そうした国際情勢を踏まえて設立された教育機関の一つだ。
しかしながら、一部で「超能力」と呼ばれるその力は、人によって様々であり、また「能力者(ホルダー)」の数は極めて少ないのが現状であった。「開発プログラム」には時間と資金が必要なため、今ではまだ素養や適性のある者のみに施される。素養や適性は特別なアルゴリズムにより自動判定され、「適性アリ」と診断された者には国から通知が行くように制度化されている。
現在では国からの補助により家計負担の軽減が図られてはいるものの、一般的に「敷居が高い」との印象は拭えていないのが実情であった。
そうした状況を踏まえれば、特段の補助も受けずにこの学校へと入学を果たせた心弥は幸運に恵まれたと言えるだろう。
けれども、いくら幸運に恵まれ、国策の教育機関に通おうとも、実際に力が開花するとは限らない。事実、「開発プログラム」による能力開花はこの30年で格段の進歩を遂げたのだが、やはり完全とは言い難く、プログラムを受けても能力が開花しない者も一定数存在する。
彼らのように、力を得られない生徒は身体的のみならず、その置かれた立場もまた弱い。それがいくら人権が認められていようとも――
「ぐはっ!?」
終業式の終了後、そそくさと帰ろうとした心弥はその願いも虚しくとある生徒に呼び出された。拒否も許されずに渋々呼び出しに応じた心弥は、指定された場所について早々腹に膝蹴りを食らうはめに陥っていた。
蹴られた衝撃で壁に叩きつけられた心弥は、そのままズリズリと崩れると彼に向って対峙していた生徒の一人が睨みつけながら声をかける。
「あ゛ぁ? いいかゴミクズ。何の力の持たないお前は、ただこうやって俺たちのストレス解消の道具になって、『助けてくれ』と泣き喚きながらカネを差し出せばいいんだよ」
「ハハッ! そうだそうだ。お前の能力開発には国の税金が使われているんだ。ちったぁその与えられたカネを俺らに還元しろっつーの」
言いながらその生徒は心弥を殴り、蹴り、散々に痛めつけた。その表情は品のない愉悦に歪み、ニヤニヤと笑いながら幾度となく心弥に拳を振るう。その横では別の男子生徒がいつの間にか心弥のポケットから財布を抜き取っており、中から数枚の札を抜き取っている。
「チッ! シケてんなぁ。コイツ……こんだけしか持ってねぇのかよ」
悪態をつきながらも空になった財布を心弥に投げ返すと、殴っていた生徒はどこかスッキリした顔で「んじゃ、そのカネで何か食いに行くか」と提案し、周囲にいた数名の生徒を引き連れて後にした。
家にいても独りぼっちで、学校に来ても「能力」を持たないクズとして殴られてはカネを巻き上げられる毎日。そんな心弥をさらにどん底に突き落とす事態が襲う。
靴跡のついた制服姿で頬を腫らした心弥は、赤く腫れた頬に手のひらをあてがい、散々痛めつけられた身体を引きずるように自らの教室へと戻る。その時ーー
「お前は……あぁ、確か『柊』のトコの……」
「――っ!?」
その女子生徒のどこか艶のある声に、心弥は肩をビクリと震わせる。その声のした方に顔を向けると、そこには腰まで伸ばした長い黒髪と白魚の如きキメの細かい肌を持つ生徒――旭 麗華がいた。彼女はこの日本の根幹とも言ってよい「旭重工」の御令嬢で、類稀な「瞬間移動」の力を有する「能力者」の一人である。
彼女のような空間や座標を操る能力は、他の能力と比較しても難易度が高く、また国からの評価も高い。
事実、彼女はまだ入学してから半年と経たずにこの学校の生徒会のメンバーに抜擢されるほどの実力者なのである。他生徒から虐められる心弥とはまさに天と地ほどの差なのだ。
「あっ、そ、その……これは……」
まさか遭遇しようとは思わなかった心弥は、もごもごと口を動かしながらそそくさとその場を去ろうと彼女に背を向ける。
その時、麗華の口からぽつりと言葉が漏れた。
「ふん。なぜお前のような『能無し』がここにいるのだろうな。そして、旭の家系に連なる『四季族』の一角である柊家が、どうしてお前のような子を迎え入れたのか……」
背中に向かって告げられた言葉に、心弥は泣きそうになりながらも黙ったままその場を静かに立ち去った。麗華の告げる一言一言が刃となって心弥の心を切り刻む。
彼女の告げた『四季族』とは、本家である旭家の傍流である四つの家系からなる組織の名称である。「春日」、「夏目」、「秋月」そして「柊」。春夏秋冬をその名に関するこれら四つの家系は、時に旭家を守る護衛として、時に旭家の家系を存続させるための道具となる。
心弥はいくつかの偶然が重なった結果、四季族の一つである「柊家」に迎え入れられた。だが、開発を受けても何の力も発現しなかった心弥に、多くの者が絶望し、柊家の力と発言権は弱体化の一途を辿った。
また、心弥を迎え入れた両親も彼に対する期待など皆無であったことから、他の三家がここぞとばかりに柊家を貶めたのだ。
学校に限らず、もはや四季族という身内の間でも最弱とされる心弥は、どこへ行っても鼻つまみ者だった。
そして、「何の力も持たない自分」と「地位も力も手に入れた麗華」の間に立ちはだかる、埋めがたき溝と現実に、悔しさが湧いた。
これが柊心弥の日常だった。
孤独で冷たく、力に怯え、抗うことすらできない灰色の毎日の繰り返し――
ただ歯車のように無味乾燥な毎日を過ごす心弥の日常は、ほどなくして一変することになる。
ザッと音を立てて勢いよく開かれたカーテンから、白い朝の光が部屋の中を照らし出す。
「くふぁ……」
ぐっと頭上に腕を上げて伸びをすると、気だるげな声であくびが漏れた。ギシリと音を立ててベッドから離れると傍にある鏡に心弥の姿が映し出される。
脱色したような栗色の短い髪に焦げ茶色の瞳。まだあどけなさの残るその顔は、ともすれば同世代の女の子のようにも思える。
「うぅ、寒っ……今日で2学期も終わりか。そしてほどなくして新学期、か……」
時計が指し示す時刻をちらりと見やって確認した心弥の口から、ぽつりと言葉が漏れた。抑揚のないその声は、始まりを告げた一日に対して希望もなければ爽やかささえ感じられない。カリカリと頭を掻きながら、心弥はゆっくりと支度を始めるのだった。
「……」
階下に降り、リビングに姿を現した心弥は無言でテーブルの上にあるリモコンのスイッチを押してテレビをつける。テレビから流れるニュースをだらだらと聞き流しつつ、彼は朝食を口へと運んだ。
この家には心弥しかいない。彼の両親の姿も、温かみのある挨拶もそこにはなく、ただどこか冷たい時間だけが静かに流れていた。
黙々と機械の如く口に朝食を運び、今日の天気を確認して家を出る。何度となく繰り返された日常。そして温かみの感じられない場所。
それが柊心弥の現実だった。
付け加えれば、彼が一人で生活するのは何も今日が初めてというわけではない。こうして一人で食事をするのも、かれこれ5年以上の月日が経過している。その理由は、彼の両親が世界を飛び回りながら仕事をしているのも一つだが、特に彼の出自が大きく関わっている。
(自分の子どもに連絡すら寄こさず、か……まったく。あの人たちには親という自覚があるのか疑問だな。まぁ、ハナから期待もされていない、ただ体面を保つだけの「養子」だから問題ないのだろうけど)
ふと自分の携帯端末に親からのメールが届いていないことを見た心弥は、心の中にそっと自らの思いを呟いた。
そう。柊心弥は母親の中から生まれた実子ではなかった。彼が昔聞いた話では、幼い頃に施設から引き取られた子であるらしく、結婚した両親の世間体を保つために引き取られたとのことであった。
そのためか、親からの期待というものは無く、心弥は長い間孤独な思いを余儀無くされた。
如何に試験でいい点数をとっても
如何に大会で活躍したとしても、
それに対する両親からの褒め言葉は無かった。
「もう時間か……」
そんな孤独感に慣れ切ってしまった心弥は、それ以上の言葉を発することなく、静かに家を出る。
――いってらっしゃい、との温かな言葉も無く。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
電車を乗り継ぎ、駅から続くなだらかな坂を上った先にそびえる建物が心弥の目的地だ。周囲には彼と同じ制服に身を包んだ生徒が彼を追い越しては先にいる友達らしき人物に「おはよう」と声をかけながら校門をくぐっていく。
だが、心弥の周囲に人影はない。まるで彼の周囲が切り抜かれたように、ぽっかりとスペースが空いていた。ただ、そうした状況であっても心弥の表情には変化がない。むしろこれ幸いとばかりに、だらだらとヘッドフォン越しに流れる音楽を聞き流す始末だ。
(今日は終業式で午前中までだったか。なら、終わり次第、サッサと帰るとするか)
そんな思いを抱きながら、視界に捉えられる建物との距離は近づいていき――心弥は校門を潜った。
校門の横にある柱には札があり、そこには「国立第一高校」という達筆な文字が記されている。国立第一高校――通称、「一高(いちこう)」は、ある特殊な力を持つ生徒を養成する機関の一つである。
特殊な力――俗に「能力者」と呼ばれるその者たちは、国による「開発プログラム」の元に生み出された。その力は何もない場所から炎を生みだしたり、任意の場所に瞬間移動したりとおよそ人間の生まれ持った力を超えた特殊な力である。
能力者は21世紀末に世界を襲った「第三次世界大戦危機」の最中に生まれた。「第三次世界大戦危機」は俗に大戦危機とも呼ばれ、あわや核兵器戦争に突入する事態であったことから、歴史家は「人類滅亡の危機」と口を揃えて言うほどだ。
その発端は中東地域における資源獲得競争の激化と大国との軋轢とされているが、その詳細までは伝えられていない。
22世紀を目前に世界を襲った危機であるが、これを阻止すべく立ち上がったのが能力者と呼ばれる存在である。能力者たちはその身に宿る超常的な力を用いて国家間及び民族間の対立を次々に平定し、見事に大戦危機を回避した。
人類は辛くもその種を存続させられる道を歩むことができたが、大戦危機の後に起きたのは熾烈な能力者の獲得競争であった。
大戦危機の回避に際し、能力者たちはその力を存分に発揮した。そのおかげで全世界的な戦争は避けられたものの、皮肉にも統治者たちにとって彼らの存在が新たな戦力として映ったのである。
――そして、大戦危機から30年余りが経過した2137年現在では、能力者の確保が各国家での優先課題と位置付けられ、防衛に限らず、教育や科学技術など様々な分野で能力者の育成措置が設けられている。
心弥が通う高校も、そうした国際情勢を踏まえて設立された教育機関の一つだ。
しかしながら、一部で「超能力」と呼ばれるその力は、人によって様々であり、また「能力者(ホルダー)」の数は極めて少ないのが現状であった。「開発プログラム」には時間と資金が必要なため、今ではまだ素養や適性のある者のみに施される。素養や適性は特別なアルゴリズムにより自動判定され、「適性アリ」と診断された者には国から通知が行くように制度化されている。
現在では国からの補助により家計負担の軽減が図られてはいるものの、一般的に「敷居が高い」との印象は拭えていないのが実情であった。
そうした状況を踏まえれば、特段の補助も受けずにこの学校へと入学を果たせた心弥は幸運に恵まれたと言えるだろう。
けれども、いくら幸運に恵まれ、国策の教育機関に通おうとも、実際に力が開花するとは限らない。事実、「開発プログラム」による能力開花はこの30年で格段の進歩を遂げたのだが、やはり完全とは言い難く、プログラムを受けても能力が開花しない者も一定数存在する。
彼らのように、力を得られない生徒は身体的のみならず、その置かれた立場もまた弱い。それがいくら人権が認められていようとも――
「ぐはっ!?」
終業式の終了後、そそくさと帰ろうとした心弥はその願いも虚しくとある生徒に呼び出された。拒否も許されずに渋々呼び出しに応じた心弥は、指定された場所について早々腹に膝蹴りを食らうはめに陥っていた。
蹴られた衝撃で壁に叩きつけられた心弥は、そのままズリズリと崩れると彼に向って対峙していた生徒の一人が睨みつけながら声をかける。
「あ゛ぁ? いいかゴミクズ。何の力の持たないお前は、ただこうやって俺たちのストレス解消の道具になって、『助けてくれ』と泣き喚きながらカネを差し出せばいいんだよ」
「ハハッ! そうだそうだ。お前の能力開発には国の税金が使われているんだ。ちったぁその与えられたカネを俺らに還元しろっつーの」
言いながらその生徒は心弥を殴り、蹴り、散々に痛めつけた。その表情は品のない愉悦に歪み、ニヤニヤと笑いながら幾度となく心弥に拳を振るう。その横では別の男子生徒がいつの間にか心弥のポケットから財布を抜き取っており、中から数枚の札を抜き取っている。
「チッ! シケてんなぁ。コイツ……こんだけしか持ってねぇのかよ」
悪態をつきながらも空になった財布を心弥に投げ返すと、殴っていた生徒はどこかスッキリした顔で「んじゃ、そのカネで何か食いに行くか」と提案し、周囲にいた数名の生徒を引き連れて後にした。
家にいても独りぼっちで、学校に来ても「能力」を持たないクズとして殴られてはカネを巻き上げられる毎日。そんな心弥をさらにどん底に突き落とす事態が襲う。
靴跡のついた制服姿で頬を腫らした心弥は、赤く腫れた頬に手のひらをあてがい、散々痛めつけられた身体を引きずるように自らの教室へと戻る。その時ーー
「お前は……あぁ、確か『柊』のトコの……」
「――っ!?」
その女子生徒のどこか艶のある声に、心弥は肩をビクリと震わせる。その声のした方に顔を向けると、そこには腰まで伸ばした長い黒髪と白魚の如きキメの細かい肌を持つ生徒――旭 麗華がいた。彼女はこの日本の根幹とも言ってよい「旭重工」の御令嬢で、類稀な「瞬間移動」の力を有する「能力者」の一人である。
彼女のような空間や座標を操る能力は、他の能力と比較しても難易度が高く、また国からの評価も高い。
事実、彼女はまだ入学してから半年と経たずにこの学校の生徒会のメンバーに抜擢されるほどの実力者なのである。他生徒から虐められる心弥とはまさに天と地ほどの差なのだ。
「あっ、そ、その……これは……」
まさか遭遇しようとは思わなかった心弥は、もごもごと口を動かしながらそそくさとその場を去ろうと彼女に背を向ける。
その時、麗華の口からぽつりと言葉が漏れた。
「ふん。なぜお前のような『能無し』がここにいるのだろうな。そして、旭の家系に連なる『四季族』の一角である柊家が、どうしてお前のような子を迎え入れたのか……」
背中に向かって告げられた言葉に、心弥は泣きそうになりながらも黙ったままその場を静かに立ち去った。麗華の告げる一言一言が刃となって心弥の心を切り刻む。
彼女の告げた『四季族』とは、本家である旭家の傍流である四つの家系からなる組織の名称である。「春日」、「夏目」、「秋月」そして「柊」。春夏秋冬をその名に関するこれら四つの家系は、時に旭家を守る護衛として、時に旭家の家系を存続させるための道具となる。
心弥はいくつかの偶然が重なった結果、四季族の一つである「柊家」に迎え入れられた。だが、開発を受けても何の力も発現しなかった心弥に、多くの者が絶望し、柊家の力と発言権は弱体化の一途を辿った。
また、心弥を迎え入れた両親も彼に対する期待など皆無であったことから、他の三家がここぞとばかりに柊家を貶めたのだ。
学校に限らず、もはや四季族という身内の間でも最弱とされる心弥は、どこへ行っても鼻つまみ者だった。
そして、「何の力も持たない自分」と「地位も力も手に入れた麗華」の間に立ちはだかる、埋めがたき溝と現実に、悔しさが湧いた。
これが柊心弥の日常だった。
孤独で冷たく、力に怯え、抗うことすらできない灰色の毎日の繰り返し――
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