劫火の心獣使い

幾威空

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Mind003_疑念

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「相手の軍勢に対し、我が国はその三倍の人員を掻き集めて対処、魔王の討伐を試みました。しかし――」
 アルアルバの言葉を耳にするクラスメイトたちは、彼の真剣な雰囲気に当てられ、生唾を飲み込んで聞き入る。

「動員した兵士……その全てが三日と持たず、全滅の憂き目に会ったのです」
「三倍の人員でも、三日と戦線を維持できなかった……ですか?」
「えぇ。また恐ろしいことに、大将である魔王自ら戦に参戦し、数ある魔族の中でも一番の功績をあげたのです……」
 弘人の問いに軽く頷いて告げた言葉に、クラスメイトたちは皆その顔を青ざめたものに変えた。

「じょ、冗談だろ? そんな化け物みたいな存在に、まだ学生の俺たちが何かできるワケもないだろ」
「そ、そうよ。勇者だ何だと言っておいて、結局はそっちの都合で呼びつけただけじゃない! 私たちに何ができるって言うのよ……」
 半ばパニックに陥るクラスメイトを弘人は必死に落ち着かせつつ、アルアルバに訊ねる。

「この国が置かれた現状は大まかには分かりました。ですが、彼らの言うことももっともです。私たちを呼びつけたのは貴方たちだ。呼びつけるからには、貴方たちには私たちに『何か』をさせる目的があるはず。しかし、私たちには貴方たちのその要求を拒否する権利があるし、また元の世界に帰るという権利もあるはずです」
 弘人の「帰る」という言葉に、その周囲にいた生徒たちは口々に賛同の言葉を発した。弘人たちの意見に反論できず、アルアルバはただ唇を噛んで耐え忍ぶ。

 何も言わない相手に、これ幸いとばかりに攻勢を強める弘人たち。やがて武力的な衝突になろうかと思えた矢先、壇上のドリュアスが声を上げた。

「鎮まれよ、勇者様方。確かに貴殿たちの言う通り、勝手に呼び出す真似をしたことは謝罪するほかあるまい。……だが、先ほどアルアルバが言ったこともまた事実なのだ。強大な力を持つ魔王に対し、我が国はあまりにも無力だ。もちろん、その差を埋めようと、日々我が国の兵士たちは必死に訓練に励んでいる。しかし、この国の窮状を打開すべく、古の魔法でもって貴殿らを召喚する選択しか我々には残されていなかった。私も貴殿らの置かれた身の上には同情する。ただ、この国の存続……ひいてはこの国に住まう民のことを慮ると、一国を預かる身としてはそちらを優先させざるを得ないのだ……」
 苦渋の表情を見せながら語り終えたドリュアスは、徐にスッと席から立つと、弘人たちに向けて深々と頭を下げた。

「どうか我が国のために、その力を貸して欲しい。どうか……」
 ドリュアスに倣い、そばに控えていたイルミナやアルアルバも同じように頭を下げる。

(さて、どうするかな。確かにこうして俺たちみたいな子どもに一国の主が頭を下げるんだ。何かしら切羽詰まった状況にはあるんだろう。だが……本当にそうなのか?)

 ドリュアスの謝罪と要請に、クラスメイトたちの間には「これからどうすべきか?」と戸惑いの空気が漂う。しかし、その中で心弥はただ一人違う考えを抱いていた。

(俺たちには、今現在アルアルバという人から聞かされた情報しか持っていない。信頼できる人ならば、その情報は価値あるものとなるだろう。けれど……これをこのまま鵜呑みにするのは危ういな)

 心弥は比較すべき情報がないことに、わずかばかりの懸念を抱いていた。国の中枢にいる人物からの情報は、ある一面から見れば確かに信用に値するものだろう。しかし、心弥は他の情報がない現状で、聞かされた話を頭から信じるのは時期尚早だと判断していた。

(魔王が誕生し、その強大な力の前に一国の兵士の多くが命を散らした。なら……何故、魔王はすぐにこの国を滅ぼさなかった? それだけの力があるなら、一国を落とすことなど造作もないことだ。それに……魔王の力が仮に真実ならば、それは敵対していた獣人族にとっても脅威なはずだ。しかし、共通の敵たる魔王に対して人族と獣人族が共同戦線を張ろうとしていることは聞いた話の中には出ていない)

 疑念が胸中に渦巻く中、視線の先にいたイルミナがゆっくりとその頭を上げる。その瞬間、

 ――――――ゾクッ

 不意に首の後ろを襲う、どこか予感めいた気持ち悪い感覚に、心弥の目がイルミナから外れた。
 たかだか一瞬の出来事。しかも、直後に「気のせいか?」とその気味の悪い感覚が撫でるように走った首の後ろを摩りつつ、心弥は再びイルミナへと目を向ける。

 しかし、彼はこの時はまだ知らなかった。この時自分を襲ったこの感覚が、後に彼の身を救うこととなろうなどとは。

「――なるほど。一国の王が頭を下げるほどに追い詰められた状況にあることは分かりました。ですが……私を含め、ここに呼び出された者には、元の世界に家族がいます。帰る手段はあるのでしょうか? また、私たちは未だ学生という身分にあります。実戦など経験したこともありません。そんな私たちが魔王を討伐できるとは思えませんが?」
 クラスメイトの代表者たる弘人が、代弁するように疑問を呈する。それを受けたイルミナは、微笑を浮かべてながら口を開いた。

「えぇ、ヒロト様のお考えは痛いほどよく分かります。ですが、その点はご安心ください。我が国には召喚の魔法しか伝えられてはおりませんが、古文書によれば魔法に長けた種族たる魔族の国には、召喚魔法と対をなす送還魔法があると伝えられてはいます。ただ、確証があるわけではございませんので、魔王討伐後に詳細を調べることとなりますが……」
「いえ、希望が持てるだけでもありがたいです」
 イルミナの発言に、クラスメイトたちの間に漂っていた重苦しい空気が幾分軽くなった。弘人はクラスメイトたちの方へと身体を向け、諭すように自らの意見を告げる。

「どうだろう。僕たちは意図せずこの世界に呼び出された訳だが、元の世界に帰れない訳ではないようだ。ただ、帰るためには彼らの言う魔王なる存在を討伐しなければならないらしい。ならば、ここは協力するのも選択肢の一つだとは思う。彼女たちの話は信用に値すると僕は思う」
 代表者たる弘人の言葉を受け、心弥の周囲にいるクラスメイトたちは、一人また一人と首を縦に振って賛同の意思を示していく。

 だが、賛同を示すクラスメイトの中で、心弥はただ一人、弘人の意見に疑念を抱いていた。

(本当にそうなのか……? あの国王や王女の言葉通りなら、俺たちは魔族を滅ぼそうとしている。仮に帰還の魔法があるとして、それが歴代の魔王のみに伝えられていたのなら……それは帰れないのと同じことじゃないのか? まだ確証も得られていなのに、魔王を討伐するってそれでいいのかよ。それに……魔王って、本当に話し合いにも応じられないヤツなのか? 何かさっきから妙な胸騒ぎがする……)

 次々と弘人の意見に同調するクラスメイトたちに、たった一人で異を唱えることも出来ず、心弥は手のひらに浮かぶ汗をズボンで拭いながら黙って様子を見ていた。
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