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本編
第112話 Event & Invader⑤
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(火之輪尊琉がいなければ、喜んで行ったんだけどね……)
彼女の脳裏に尊琉の顔が思い描かれ、行く前にもかかわらずさらに心労が増した気がした。
(はぁ……何も無ければいいんだけど……)
千陽は当日のことを心配して人知れず胸中にその不安な思いを吐露する。
――だが、彼女は知らない。
尊琉が一緒に行くことを懸念して呟いたこの言葉が、ある意味で現実化してしまうことを。
そして、彼女たちの言葉を、建物の間にいた一匹の黒猫が耳にしていたことを。
◆◇◆
「やあゼクス。つい暇でお邪魔しちゃったけど、大丈夫かな?」
目の前にあるドアを軽くノックしたアザエルは、ニコニコと微笑を湛えながらノブを捻って中に入る。
「これはこれはアザエル様。このような場所にまで足を運んでいただき恐縮でございます。それで、本日はどのような御用件でしょうか?」
部屋の奥、風格のある落ち着きのあるワインレッドの長机。その向こうに置かれた革張りの漆黒の肘掛け椅子に腰を下ろしていたゼクスは、彼よりも随分と背の低い、親子ほどの年の離れたアザエルに対し、席を立ち胸に手を当てながら恭しく頭を下げて出迎えた。
「あはは。いっつも思うけど、第六位は几帳面だよね。同じ『七元徳』の第三位あたりは部屋に行っても寝てることが多いからさ」
ケタケタと年相応な屈託のない笑みを見せながらアザエルは話す。しかしながら、顔を上げたゼクスは彼の口から出た言葉に、不愉快そうにその表情をわずかに歪める。
「あの者はアザエル様に対する敬意が足りないのです! まったく、同じ七元徳として『位』を授かる者としてお恥ずかしい限りです……」
ゼクスはカチャリと眼鏡を掛け直しながらため息交じりに呟く。
「ははっ、そういう融通のきかないところもまたキミの個性だよね。まぁ僕は気にしないけど、ほどほどにね」
「心得ております。さて……話は脱線してしまいましたが、そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」
「あぁ、ゴメンゴメン。僕が来た用件だったよね。キミも色々と仕事があるだろうから手短に……」
軌道修正を図られたアザエルは、謝罪しながら端的に用件を告げる。
「僕の方での『改造』は終わったよ。後はキミのゴーサインを待つだけだ」
「っ――! それは朗報でございます。もう少し時間がかかるかと思われましたので……」
アザエルの口から出た言葉に、一瞬だけ小さく身を震わせたゼクスは、その口の端をわずかに持ち上げながら言葉を返す。
「まぁ僕ももうちょっと時間がかかるかなぁ……とは思ってたんだけどね。何せ両腕がバッサリ無くなってたからね。その再生には時間がかかっちゃったけど、あとは割とスムーズだったから想定よりも短い期間で終えることができたよ。まぁ、それはもともと肉体が頑健だったことが幸いしていることもあるけど、それを上回るほどの妄執が主な要因だろうね」
「……なるほど。精神が肉体を凌駕した、ということですね」
ゼクスの指摘にアザエルは「まぁそうだね」と一定の理解を示しながら話を続ける。
「驚愕すべきは彼の持つ妄執がもたらした強靭な精神だろうね。僕の改造は壮絶な痛みが伴う。それこそ常人ならば一日と持たずに発狂するレベルだ。それは末期の癌患者を襲う人格が変わるほどの激痛とはワケが違う。それこそ本当に人格が変わる。彼がギリギリ自我を保てたのは、このおかげだろうね。とは言え、改造が終わった途端、およそ人間らしい部分というのは一切なくなっちゃったんだけどね」
散々弄り回し、人間としての尊厳を塵の如く吹き飛ばした張本人であるアザエルは、改造を施した相手への同情や憐憫など一切感じさせない、先ほどまでと同じ笑みを浮かべながら説明を終えた。
彼女の脳裏に尊琉の顔が思い描かれ、行く前にもかかわらずさらに心労が増した気がした。
(はぁ……何も無ければいいんだけど……)
千陽は当日のことを心配して人知れず胸中にその不安な思いを吐露する。
――だが、彼女は知らない。
尊琉が一緒に行くことを懸念して呟いたこの言葉が、ある意味で現実化してしまうことを。
そして、彼女たちの言葉を、建物の間にいた一匹の黒猫が耳にしていたことを。
◆◇◆
「やあゼクス。つい暇でお邪魔しちゃったけど、大丈夫かな?」
目の前にあるドアを軽くノックしたアザエルは、ニコニコと微笑を湛えながらノブを捻って中に入る。
「これはこれはアザエル様。このような場所にまで足を運んでいただき恐縮でございます。それで、本日はどのような御用件でしょうか?」
部屋の奥、風格のある落ち着きのあるワインレッドの長机。その向こうに置かれた革張りの漆黒の肘掛け椅子に腰を下ろしていたゼクスは、彼よりも随分と背の低い、親子ほどの年の離れたアザエルに対し、席を立ち胸に手を当てながら恭しく頭を下げて出迎えた。
「あはは。いっつも思うけど、第六位は几帳面だよね。同じ『七元徳』の第三位あたりは部屋に行っても寝てることが多いからさ」
ケタケタと年相応な屈託のない笑みを見せながらアザエルは話す。しかしながら、顔を上げたゼクスは彼の口から出た言葉に、不愉快そうにその表情をわずかに歪める。
「あの者はアザエル様に対する敬意が足りないのです! まったく、同じ七元徳として『位』を授かる者としてお恥ずかしい限りです……」
ゼクスはカチャリと眼鏡を掛け直しながらため息交じりに呟く。
「ははっ、そういう融通のきかないところもまたキミの個性だよね。まぁ僕は気にしないけど、ほどほどにね」
「心得ております。さて……話は脱線してしまいましたが、そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」
「あぁ、ゴメンゴメン。僕が来た用件だったよね。キミも色々と仕事があるだろうから手短に……」
軌道修正を図られたアザエルは、謝罪しながら端的に用件を告げる。
「僕の方での『改造』は終わったよ。後はキミのゴーサインを待つだけだ」
「っ――! それは朗報でございます。もう少し時間がかかるかと思われましたので……」
アザエルの口から出た言葉に、一瞬だけ小さく身を震わせたゼクスは、その口の端をわずかに持ち上げながら言葉を返す。
「まぁ僕ももうちょっと時間がかかるかなぁ……とは思ってたんだけどね。何せ両腕がバッサリ無くなってたからね。その再生には時間がかかっちゃったけど、あとは割とスムーズだったから想定よりも短い期間で終えることができたよ。まぁ、それはもともと肉体が頑健だったことが幸いしていることもあるけど、それを上回るほどの妄執が主な要因だろうね」
「……なるほど。精神が肉体を凌駕した、ということですね」
ゼクスの指摘にアザエルは「まぁそうだね」と一定の理解を示しながら話を続ける。
「驚愕すべきは彼の持つ妄執がもたらした強靭な精神だろうね。僕の改造は壮絶な痛みが伴う。それこそ常人ならば一日と持たずに発狂するレベルだ。それは末期の癌患者を襲う人格が変わるほどの激痛とはワケが違う。それこそ本当に人格が変わる。彼がギリギリ自我を保てたのは、このおかげだろうね。とは言え、改造が終わった途端、およそ人間らしい部分というのは一切なくなっちゃったんだけどね」
散々弄り回し、人間としての尊厳を塵の如く吹き飛ばした張本人であるアザエルは、改造を施した相手への同情や憐憫など一切感じさせない、先ほどまでと同じ笑みを浮かべながら説明を終えた。
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