10 / 57
第2章
2話 【新たな出会いと別れ】
しおりを挟む
希和が畑仕事を終えて家に帰ると、
「希和、顔が真っ黒だべっ、洗ってきな」
トヨは、畑の土で真っ黒になった希和の頰に、白い涙のスジがあるのを見た。
孫娘である希和の寂しさ、悲しさは、同じシャーマンの血を継ぐ者として、トヨには手に取るようにわかっていた。
希和が畑で真っ黒になった顔を洗おうと、洗面器の中に水をたっぷりと溜めた時だった。
水の中に、親友の留美の顔が浮かんだかと思うと、頭の中に留美の声が響いてきた。
『希和ちゃん、助けてーーっ!』
「留美ちゃん、お母ちゃん!」
希和は、思わず洗面器を覗き込み、叫んだ。水の中には、その時の留美の様子が次々と映し出された。
そのあまりにむごい映像に、十二歳の希和はショックで気を失ってしまった。
翌朝、留美は無残な遺体となって発見された。
もちろん、小さな小さな田舎町だけに事件は瞬く間に広がり、人々の間に大きな衝撃を与えた。
事件は、「寒川町・女子中学生殺人事件」と名付けられた。
犯人は、すぐに捕まった。
十九歳の浪人生で、二度目の受験に失敗して将来を悲観し、自暴自棄になっての犯行だった。そして、驚くべき事実が取り調べで明らかになった。
ー有名大学を、無理やり受験させようとする母親に腹が立った。誰でもいいから人を殺して、母親を困らせようと思った。自分では自殺をする勇気がなかったので、極刑にして欲しいーと。
留美を狙ったのも、ー若い女性で力が弱そうだったから。たまたま、自分の前を通り過ぎたからーという、短絡的な理由だった。
一人の人間の命を奪う理由としては、あまりにも自分勝手なものだった。
町は異様な雰囲気に包まれていた。なぜなら、寒川町は小さな田舎町だけに、住んでいる町民は被害者・加害者のどちらとも面識があり、血が繋がっている者も大勢いたからだ。
お悔やみは言えても、犯人を罵倒できない雰囲気があった。
特に留美の両親が、娘を亡くした悲しみと、犯人に対する怒りや憎しみを、無理やり抑え込むには、全身が震えるほどの力と想像を絶するほどの精神力が必要だった。
事件から三日後に行われた最後のお別れの時、喪主として挨拶した留美の父親が、振り絞るように、
「最愛の娘、留美は、わずか十二歳で命を絶たれましたが、こういう事件の犠牲者は、うちの娘だけでたくさんです! もう二度とこういう事件が起きないような世の中に……」
と言いかけた時、それを搔き消すように、希和の頭に悲痛な心の声が飛び込んできた。
『どうしてどうして、うちの留美が殺されなければいけないの? 殺してやる! アイツも、留美が殺されたのと同じ方法で殺してやる! 憎い憎い憎い! 留美、絶対仇をとってやるからね!』
それは、留美の母親の魂の叫びだった。希和には留美の母親の心の叫びが、遺族全員の共通の想いだと思えた。
希和は、留美の父親の、本音ではなく建前的な挨拶を聞いて、
『被害者の遺族なのだから、もっと堂々と怒りを顕わにしてもいいのに』
と思った。
希和の心の中を読んだトヨは、
『ほら、あそこにテレビカメラがあるだろう。じゃから、本音は言えんのじゃ。本音をぶちまけたら最後、逆に遺族である留美ちゃんの両親が、今度はバッシングされるっぺよ。ホントこの国はどうかしているべ。そのテレビカメラを使って、もっと悪い奴を白日のもとに晒して欲しいのじゃが……』
さすがに本音を声に出しては言えなかった。
そして、留美の遺影を抱いた母親の肩が震えているのも、悲しみからというより、怒りからくる震えのように感じられた。
もし、この場に犯人がいたとしたら、自分の身も顧みずに留美の仇を討とうとするほどのすさまじい"気"が、留美の母親から参列者へビンビンと伝わるはずだった。
しかし、そんな留美の両親の本音を感じ取っていたのは、希和だけだった。
葬式に参列した者たちは皆、留美の父親の分別ある"お別れの挨拶"と、留美の母親の、うなだれて肩を震わせて泣いている姿に胸を締め付けられ、ともに涙するだけだった。
テレビでは連日、被害者である留美が"斉藤留美さん"と写真付きで流され、犯人は未成年というだけで、いつも"浪人生A"という表記だけで、顔写真はもちろんのこと、住所などもいっさい表に出ることはなかった。
「不条理じゃあ、不公平じゃあ。被害者だけ、こうして顔写真や名前がテレビで垂れ流しされて……。犯人は未成年というだけで、悪いことをしても守られるっぺが!」
トヨの怒りに満ちた低いつぶやき声が、田舎の夜の静かな空間に響いた。
隣の部屋で寝ていた希和の耳にも、その声ははっきりと聞き取れた。
なおも、テレビのニュースの声は続いた。
ー犯人は、心神耗弱状態だったとのこともあり、今後、精神鑑定も視野に入れられて……ー
そう、アナウンサーがニュースを読んだ時だった。
トヨがさらに、怒りに満ちた声で、
「殺され損じゃあ、死に損じゃあ。いったい、この国はどうなっているべが!」
と、言い放った。
トヨの"殺され損" "死に損"という言葉が、希和の胸に深く深く留まり、沈殿していった。
希和が寝ていた布団も、ワナワナと小刻みに震えていた。大切な親友をこんな形で亡くした悲しみと、加害者への怒りと、大きな大きな憎しみで……。
「希和、顔が真っ黒だべっ、洗ってきな」
トヨは、畑の土で真っ黒になった希和の頰に、白い涙のスジがあるのを見た。
孫娘である希和の寂しさ、悲しさは、同じシャーマンの血を継ぐ者として、トヨには手に取るようにわかっていた。
希和が畑で真っ黒になった顔を洗おうと、洗面器の中に水をたっぷりと溜めた時だった。
水の中に、親友の留美の顔が浮かんだかと思うと、頭の中に留美の声が響いてきた。
『希和ちゃん、助けてーーっ!』
「留美ちゃん、お母ちゃん!」
希和は、思わず洗面器を覗き込み、叫んだ。水の中には、その時の留美の様子が次々と映し出された。
そのあまりにむごい映像に、十二歳の希和はショックで気を失ってしまった。
翌朝、留美は無残な遺体となって発見された。
もちろん、小さな小さな田舎町だけに事件は瞬く間に広がり、人々の間に大きな衝撃を与えた。
事件は、「寒川町・女子中学生殺人事件」と名付けられた。
犯人は、すぐに捕まった。
十九歳の浪人生で、二度目の受験に失敗して将来を悲観し、自暴自棄になっての犯行だった。そして、驚くべき事実が取り調べで明らかになった。
ー有名大学を、無理やり受験させようとする母親に腹が立った。誰でもいいから人を殺して、母親を困らせようと思った。自分では自殺をする勇気がなかったので、極刑にして欲しいーと。
留美を狙ったのも、ー若い女性で力が弱そうだったから。たまたま、自分の前を通り過ぎたからーという、短絡的な理由だった。
一人の人間の命を奪う理由としては、あまりにも自分勝手なものだった。
町は異様な雰囲気に包まれていた。なぜなら、寒川町は小さな田舎町だけに、住んでいる町民は被害者・加害者のどちらとも面識があり、血が繋がっている者も大勢いたからだ。
お悔やみは言えても、犯人を罵倒できない雰囲気があった。
特に留美の両親が、娘を亡くした悲しみと、犯人に対する怒りや憎しみを、無理やり抑え込むには、全身が震えるほどの力と想像を絶するほどの精神力が必要だった。
事件から三日後に行われた最後のお別れの時、喪主として挨拶した留美の父親が、振り絞るように、
「最愛の娘、留美は、わずか十二歳で命を絶たれましたが、こういう事件の犠牲者は、うちの娘だけでたくさんです! もう二度とこういう事件が起きないような世の中に……」
と言いかけた時、それを搔き消すように、希和の頭に悲痛な心の声が飛び込んできた。
『どうしてどうして、うちの留美が殺されなければいけないの? 殺してやる! アイツも、留美が殺されたのと同じ方法で殺してやる! 憎い憎い憎い! 留美、絶対仇をとってやるからね!』
それは、留美の母親の魂の叫びだった。希和には留美の母親の心の叫びが、遺族全員の共通の想いだと思えた。
希和は、留美の父親の、本音ではなく建前的な挨拶を聞いて、
『被害者の遺族なのだから、もっと堂々と怒りを顕わにしてもいいのに』
と思った。
希和の心の中を読んだトヨは、
『ほら、あそこにテレビカメラがあるだろう。じゃから、本音は言えんのじゃ。本音をぶちまけたら最後、逆に遺族である留美ちゃんの両親が、今度はバッシングされるっぺよ。ホントこの国はどうかしているべ。そのテレビカメラを使って、もっと悪い奴を白日のもとに晒して欲しいのじゃが……』
さすがに本音を声に出しては言えなかった。
そして、留美の遺影を抱いた母親の肩が震えているのも、悲しみからというより、怒りからくる震えのように感じられた。
もし、この場に犯人がいたとしたら、自分の身も顧みずに留美の仇を討とうとするほどのすさまじい"気"が、留美の母親から参列者へビンビンと伝わるはずだった。
しかし、そんな留美の両親の本音を感じ取っていたのは、希和だけだった。
葬式に参列した者たちは皆、留美の父親の分別ある"お別れの挨拶"と、留美の母親の、うなだれて肩を震わせて泣いている姿に胸を締め付けられ、ともに涙するだけだった。
テレビでは連日、被害者である留美が"斉藤留美さん"と写真付きで流され、犯人は未成年というだけで、いつも"浪人生A"という表記だけで、顔写真はもちろんのこと、住所などもいっさい表に出ることはなかった。
「不条理じゃあ、不公平じゃあ。被害者だけ、こうして顔写真や名前がテレビで垂れ流しされて……。犯人は未成年というだけで、悪いことをしても守られるっぺが!」
トヨの怒りに満ちた低いつぶやき声が、田舎の夜の静かな空間に響いた。
隣の部屋で寝ていた希和の耳にも、その声ははっきりと聞き取れた。
なおも、テレビのニュースの声は続いた。
ー犯人は、心神耗弱状態だったとのこともあり、今後、精神鑑定も視野に入れられて……ー
そう、アナウンサーがニュースを読んだ時だった。
トヨがさらに、怒りに満ちた声で、
「殺され損じゃあ、死に損じゃあ。いったい、この国はどうなっているべが!」
と、言い放った。
トヨの"殺され損" "死に損"という言葉が、希和の胸に深く深く留まり、沈殿していった。
希和が寝ていた布団も、ワナワナと小刻みに震えていた。大切な親友をこんな形で亡くした悲しみと、加害者への怒りと、大きな大きな憎しみで……。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる