仙年恋慕

鴨セイロ

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1章

02.仙人になろう

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「……えっと、これは誰だ?」

 俺は水面に映った見知らぬ子供の姿を、まじまじと凝視する。
 思わず口から出た声は、まだ男女の性差もさほどないボーイソプラノだった。

「と言うか、俺はこんな所で何してんだっけ?」

 ふと気がつくと俺は木々が生い茂る森の中にいて、己の視線の低さに不安になり思わず近くの水溜りを覗いたのだが……。
 いや待て、俺が何故ここに居るのかは分かる。確か俺は――

 そうだよ“ボク”は父上と修行をするために、ここに居るんだ。

「そうだ、俺は父上と修行をーー痛ッ」

 状況を把握しようと思考を始めた頭に、ズキリッとこめかみに痛みが走り俺は頭を抱えた。
 頭痛と同時に俺の頭蓋骨の中で、ゴンゴンゴンゴンと銅鑼が鳴り響いているかのような幻聴が響く。

「ヴッ、ゔォエ」

 必死に痛みに耐えるが、今度は内臓がかき混ぜられたような不快感に襲われ、腹から一気にせり上がってきたモノを吐き出した。

「ヴ、ウゥ」

 何度もえずいて胃の中はとっくに空だと言うのに、おさまらない吐き気と頭痛にとても立っていられず、俺は草が生い茂る地面に倒れ込んだ。

「イオリッ! 大丈夫か!?」

 訳も分からず苦しみ、地面に額をこすり付け呻いていると、誰かが俺の名を叫びながら走ってくるのが分かったが、俺はもう目を開ける事も出来ずそのまま意識を手放した。


 ***


「えっと、初めまして? になるのかな。俺がお世話になっております」

 俺は頭を傾げつつ下げつつ、我ながらなんとも珍妙な挨拶をする。

「はっはっはっ! いつかは記憶が戻ると聞いていたが、こんなに早いとはなぁ。昨日までの坊やから突然こうも変わられると流石に変な感じだなぁ」

 そう言って瑠璃色の瞳を和らげて、ベッドから上半身を起こした俺の頭を大きな手でわしゃわしゃと撫でてくれるのは、今世での育ての親のジローさんだ。


 あの日、何の前触れもなく転生前の記憶が一気に溢れ、その精神への負荷に耐え切れなかった俺はそのまま意識を失ってしまった。
 その後、高熱で数日間寝込みやっと熱が引いて目覚めた時には、自分が転生者であることも、女神様とのやり取りも何もかもを思い出していた。

 女神様いわく、死んだ時点でほぼ成人していた俺の記憶を、転生したばかりの赤ん坊の俺がそのまま引き継ぐのは脳への負荷が大きいそうで、ゆえに負荷に耐えられる程度に心身共に成長するまで、転生前の記憶は封印されていたのだ。

 っで、こちら俺の目の前にいらっしゃるジローさんは、今の俺の保護者かつ不老長寿の仙人で、仙術は勿論、魔導や武術、他にも様々な学問に精通し、大賢者様と言われている凄い人だ。
 詳しく教えてくれないが、おんとし数百歳らしい。俺の主観では見た目は三十歳ちょいくらいに見える。

 そんなジローさんの前に赤ん坊の俺を抱いた女神様が降臨して「この子を健康で長生きできるように育ててくださいね」と、お願いしたらしい。

 いやー、びっくりだよね!

 いやさ、いきなり独身男性に『この子を育ててね!』って言って『はい、頑張ります!』ってなるか? めっちゃ困惑するよね! 少なくとも俺はパニックになる自信がある。

 だからその話を聞いた俺は、速攻ジローさんに『ご、ご迷惑じゃなかったですか?』って尋ねた。そしたら『女神様に子供を託されると言う事はとても名誉なことだ。確かに乳飲み子を育てるのは未経験だったが、なかなかに得難い体験だったぞ。それに、儂はお前と暮らすことをとても楽しく思っている』と言ってくれて……俺は感動に震えて泣いた。
 こんな良い人に俺を任せてくれて、ありがとう女神様!

「前世の記憶は戻りましたが、ジローさんに育てていただいた記憶もバッチリあるので、今後とも宜しくお願いします!」

「おうよ。それに記憶が戻ったとはいえ、お前まだナリは七つの坊やだからな、ゆっくり育てよ」

「はい、父上! って、あっ……はい。」

 うっかりこの体で使い慣れた言葉が、口をついて出てしまう。

「はははは! 無理しなくても父上のままでいいぞ」

「わっ、笑わないでくださいってばー!」

 記憶が戻ると流石に独身男性に父上呼びが憚られて、俺は名前ジローさんと呼ばせてもらっていたのだが、如何せんこの七歳のお口は時々暴発してしまうんだよなー。

「ふっ。その分なら明日からは修行が再開出来そうだな、だが今日はゆっくり休むように」

 俺が羞恥で熱くなった頬を、我ながら小さな両手で押さえていると、ジローさんはそう言って今度は頭を優しく撫でてくれた。

 確かに記憶は戻ったけど、俺の中には、この世界で赤ん坊からやり直した“ボク”も混ざっている。だからこの優しい手の温もりを恥ずかしがらずに、素直に心地よいと受け取っても良いのかもしれない。

 なにせ俺は今、七歳なのだからな!

 そう言う風に納得して、俺はジローさんに甘える方へと気持ちをシフトし、その大きな掌に自分の頭をぐりぐりと押し付ける。

 “ボク”として生きていた昨日までは「お前は転生者なんだぞ~」とジローさんに言われる度に、別に記憶なんて戻らなくてもいいのにと思っていた。
 しかし、こうして記憶が戻ってみると、無くしていた大切なモノがやっと自分の元に帰ってきたなと言う充足感で、胸がいっぱいになった。


 ***


「さーて、今日の修行はここまでだ! 明日は座学をみっちりきっちり厳しくやるから覚悟しとけよー! はっはっはー!」

「う、うぃ~」

 豪快に笑いながら去って行くジローさんを、地面に大の字に転がりながら見送るボロボロの俺。
 今日も今日とて、早朝からずしりとした重りを背負い、野山を駆けずり回った。おそらく転生前の十九歳の俺より、今の九歳の俺の方が確実に足腰強い自信がある。

「はぁぁ~。しっかし女神様ってば、俺の庶民的な健康で長生きしたいって願いを、最大限に応援してくれちゃったよなぁー」

 俺の養父、ジローさんは大賢者である前に不老長寿の仙人だ。
 そう、仙人なのである。

 そんな人に「健康で長生きできるように育ててください」と預けられた俺は当然のごとく、仙人になるべく育てられ日々修行に明け暮れていた。
 ちなみに、仙人になるための修行中の人を道士と呼ぶので、さしずめ今の俺は少年道士と言ったところだ。

「いやしかしだね、健康に長生きしたいって言ったけど、まさか不老長寿を視野に入れてくれてたなんてビックリだよ」

 転生時に女神様から貰える<ギフト>を、素晴らしいモノに開花出来るかは、己の努力次第。という話を聞いた俺は、面倒そうな権力や、とんでもない努力を対価にする様な俺つぇぇぇへの道を捨て、確実な安定を求め健康に長生きしたいなーと願った。
 そのはずなのに転生して現在、修行という名の結構大変な目に遭っている。
 “ボク”の頃の俺はそれはもうジローさんに褒められたい一心でがむしゃらに修業も頑張っていたのだが、ゆるゆると生きていた俺の記憶が戻った直後は、本気でしんどかった。
 当時の俺が血反吐を吐きながら『帰宅部がいきなり甲子園強豪校の野球部の練習に突っ込まれるよりもきっと何倍も辛ーい!』と、泣き叫んだのも無理はない。

「今でさえこんなにキツイのに、俺つぇぇぇへの道を選んでたらどうなっちゃってたんだろうな……」

 俺つぇぇぇへの道を想像しかけ、寒気がした俺は思考を止めた。

 しかしまぁ、記憶が戻ってから二年が経った今は何だかんだでこの生活にも慣れ、現状をそれなりに楽しんでいたりする。
 というのも――

「あー。俺も早くジローさんみたいに、仙術で岩を切るとか出来るようになりたーい!」

 と、いう訳だ。

 そう! ジローさんは仙術を使って、手刀一つで岩をプリンのように切り裂いたりする事が出来るのだ! それがすごくカッコ良くて、記憶が戻ってから改めて岩がスパーンされる様を見た時に『仙術凄いじゃん! 俺、絶対に仙人になる!』と、心に決めたのだ。我ながら単純だが、俺は立派な男児なのだから仕方ない。

 ちなみに、仙術とは仙人になった者のみが使う秘術のことで、ファンタジー作品でよく見かけた魔導士が使う魔法とはちょっと違う。
 例えば岩を切るぞ!って思った時に魔導士は呪文を唱えて魔法を発動し、生み出した風とか水を行使し、それらをぶつけて岩を切る。しかし仙人は、氣を手にまとわせ肉体を強化して岩を叩き切る。この一連を仙術を発動行使するという。
 威力や効率は各個人の力量や装備によるので、どちらが優れているとかは簡単に比べられないけど、基本的に呪文がない分、戦闘になった時に魔導士と仙人なら仙人の方が初手が早く打てるという利点がある。

『まぁ、これは人間の魔導士と仙人の間での話で、腕の立つ剣士や獣人や古代種と~ってなると話は別なんだよなぁ』

 と、無精髭の生えた顎を撫でつつ、ジローさんが座学の時間に言っていた。

『特に古代種なんかの強い魔力を持つ種族がしっかり修行すれば、中位魔法くらい呪文なしで使えるし、純粋なフィジカルの強靭さも、生まれた時から人間を大きく上回る。つまり俺たち人間が修行し仙人になってやっと得るものを、彼らは生まれた時から持ってるって事だな』

 それを聞いた時の俺の心情は、きっと、想像に難くない。こんな辛い思いをしなくても良かった可能性があった何て……と。

 この世界には人間以外の人種も居るのだが、獣の特徴を持つ、獣人。龍の力を持つ龍人や森の賢者と呼ばれるエルフといった古代種。みんな人間より強くて寿命も長い。
女神様、何故俺にそこら辺の情報をくれなかったのかっ……

「あー違うな、女神様になりたい種族を聞かれた時に、俺がもっとちゃんと考えるべきだったんだ。それにあの場は、あんまり欲張りすぎると良くない雰囲気だったし、結果オーライだったと思うべきか」

 俺は独りうんうんと頷く。
 過ぎた事でいつまでも後悔してもしょうもないからな。

「でもハンターは、殆どが獣人や古代種なんだよなー、そう思うとやっぱ惜しい気がしちゃうよなー」

 今だ地面に大の字で転がっていた俺は、両手を頭の下で組む。

 この世界のハンターと言うのは、モンスターを倒したり、遺跡の発掘したり、要人の護衛をしたりなファンタジー感満載の職業である。まぁ、華やかな仕事以外に地味な薬草採取とか、街の清掃作業とか雑務的な依頼もあるらしいけど、基本的に一般人が身体能力的に出来ない事を請け負う職業だそうだ。
 昔はただ単に傭兵って言われてたらしいけど、各国がギルドシステムを導入してからはハンターと呼び、実力で上級ハンターとか下級ハンターとか分けているらしい。と、以前ジローさんから聞いた。

「予定は無いけど、いつか一人立ちしてハンターやるなら、獣人や古代種に引けを取らない様に中級魔法くらい使えた方が良いんだよなー、そうなるとやっぱ当面の目標は仙人になることかぁ」

 まず仙術や魔法を発動行使するには“原初の力”という誰もが持つ力を、体内で氣や魔力に練り上げるのだが、現段階では俺の“原初の力”はとても小さく、もともと“原初の力”の少ない人間の、その平均を下回る。
 ゆえに現状の俺は、ちょっと明かりを灯す程度の簡単な生活魔法しか使えない。

 しかし、仙人になると不老長寿になる関係だかで、体の中で作られる“原初の力”も大幅に増るらしい。
 それによって、ある程度の大きな魔法も発動出来るくらい魔力も練れるようになるそうなので、俺は兎にも角にも仙人になるのが先決なのだ。

「でもさ、仙人に覚醒するまで肉体と精神を鍛えると言うか、苛め抜くという修行法はいかがなものかと思うんだよなぁ」

 ジローさん曰く、俺の体は最も仙人に向いている骨格つまり仙人骨持ちで、早ければ二十歳半ばくらいには仙道へ到達……、つまり仙人になれるとのお墨付きだ。
 仙人骨と言う素養が無ければ人生を賭して努力しても仙人にはなれないから、俺みたいに仙人になれるって分かってるだけありがたい話なんだろうけど、子供の頃から血反吐の出るような修行をして、二十歳半ばに仙人デビューはいささか時間かかり過ぎでは? と思わなくもない。修行を頑張ればもう少し早くなるのかな?
 ちなみに、俺の養父ジローさんは二十歳頃に怪しげな仙人にスカウトされて修行を始めて、三十に差し掛かったあたりで仙道へ到達、仙人になったそうだ。

「ジローさんってば、たった十年足らずで仙人になっちゃうんだもんなー。俺なんか女神様に最も仙人に向いてる骨貰っても二十年越え予定……」

 俺はため息をつき、地面をごろりと転がる。

「しかもジローさんやたら顔が整っているから、伸び放題の無精髭や適当に括ってる髪でも粗野な印象とか全く無いじゃん。今は山で俺と暮らしているけど、街に降りたら絶対に凄くモテる。てか、買い出しの度に老若男女問わず頬を染めさせている場面を、俺は幾度となく目撃しているからな!」

 ごろごろと転がるうちに、地面が砂利っぽくなってきて俺は転がるのをやめた。

「仙人で、大賢者とか言われてて、強くて賢くて顔も良い。人となりなんて女神様に認められてるくらいだし存在がチート。ジローさんってもしかして何かの主人公なのかね?」

 俺はのろのろと立ち上がり近くを流れる小川に手を浸し、水面に映った自分の顔を見る。
 そこには、当然のことながら転生前の黒髪にこげ茶の瞳の俺は居なくて、明るい栗毛に緑の瞳の子供が映る。最近ようやく慣れてきたこの顔が今世での俺の顔だ。

 記憶を取り戻した直後は、髪や瞳の色がかなり違うので鏡を見るたびに誰だお前状態だったが、よくよく見れば目元や口元に前世の面影があった。
 とは言え、やはりカラーリングを含め明らかにこちらの世界に準じた容姿になったなと思う。

「多分、平均的な顔だとは思うんだけど、ジローさんの素敵な顔面を毎日見てると、もしかして俺はこの世界ではイケテナイ君なのではないだろうか……とか思えてくるなぁ~」

 思えてくるなぁ~どころか、この数年後にめちゃくちゃ綺麗な義弟ができたりして、美形に囲まれすぎた俺は更に自身の容姿へのイケテナイ君疑惑を深める悲しい定めだったりするのだが、それはまだ先の話で――

「はぁー、人生楽は出来ないもんだなぁ」

 九歳の少年の口から出るには少々切ない台詞は。小川のせせらぎに流れて消えた。
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