仙年恋慕

鴨セイロ

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1章

13.掃討作戦4

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「まったく、兄さんは! 命を落としていたかもしれなかったんですよ!」

「……はい」

 バジリスクを倒した後、俺は岩陰に潜んでいたオジロ隊長や、後衛ハンター達に感謝と労いの言葉をかけられた。
 彼らは仲間のハンター達の石像を各々回収し、石化解除の呪文を粛々と紡いでいる。幸いなことに派手に壊れた石像は無かった様でこの現場の死者数はゼロだった。

 そして俺は今、青空の下で個性豊かな石像を前に長々しい呪文を唱える魔導士たちと言う珍妙な光景を目の端で眺めながら、仁王立をしたテオにお小言をもらっている。

「兄さんのその、原因不明のステータス異常回避スキルは確かに便利ですし、あの場でバジリスクを相手に一番優位に戦えたのは確かに兄さんだったかもしれません。が、私や他のハンターの到着を待ってもっと慎重に対処すれば良かったとは思いませんか?」

「……はい」

 何故、こんな人前で俺は弟に怒られてんだろうな。
 テオの小言を聞き流しながら遠い目をしていると「聞いているんですか!」っと、さらにお小言が増えた。

 ちなみに、テオが言った原因不明のステータス異常回避スキルは、この世界に転生した時から何故か持っていたスキルで、毒、石化、麻痺、催眠など基本的なステータス異常は俺には一切効かない。身近な人には原因不明の謎スキルとして認知されている。
 今更だけど、俺がアルコールにやたら強いのはこのスキルのせいなのかもしれないな。

「私は正直、兄さんは戦闘に向いていると思えません。ですからもっと安全な依頼を受けるか、ハンターなど辞めて平穏な職に就いて頂きたいです」

 小言を言いながらも、石がぶつかって少々出血していた俺の側頭部を回復魔法で治療し、清潔な布で髪に付いた血を拭おうとするテオ。

「いや、俺も食べて行くには稼がなきゃならんのですよ」

 俺は布をテオからもぎ取り、自分で血を拭き取る。

「だとしても、別にハンターじゃなくても良いでしょ?」

「父上みたいな治療師とかは無理だぞ。俺、治癒術も回復魔法も苦手だし」

「無理に兄さんが稼がなくても良いんです。俺が兄さんの面倒を見ますから」

「それは嫌だ」

「何故です? 一日中、大好きなゲームをしていて良いんですよ?」

 そう言えばこの世界にもゲームの類があるのだが、今は話す事ではないだろう。それより――

「だってそれ、お前と結婚しろって言うやつだろ」

 話しながら人の髪を手櫛で梳くテオの手を跳ね除けながら、俺はげんなりとため息をついた。

「はい! 婚姻届けは記入済みですので後は父上と兄さんの同意があれば直ぐにでも!」

 俺の両手を、いつの間にか大きくなったその両手で握り込み、テオは綺麗な顔をさらにキラッキラさせてのたまうものだから、俺は手を乱暴に振り払いながら声を荒げる。

「アホか! 何故に俺が魔法の修行もそこそこに実家を出たと思ってる! お前のその冗談抜きのアレソレが原因なんだぞ!」

 そう、俺が実家を予定よりも早く出る羽目になった理由がコレだ。
 テオの度し難いブラコン加減に、割とのんきでマイペースな父上すらも危機感を覚えたからである。
 いや、俺も常々ね義理とはいえ、兄に求婚してくる弟とか大丈夫なのかなーとは思っていたのだが、ある日、父上に夜明け前にそっと起こされて『逃げなさい』って真顔で言われた時は、あっ俺の知らないトコで何かあったなって流石に察した。

「当たり前じゃないですか、冗談で求婚なんてしませんよ! むしろ兄さんが渋るから籍を入れるまでは手を出さないと誓った私を褒めて下さい!」

 テオはちょっと眉根を寄せて、何を言ってるんですか心外です! という顔をする。

「なんでちょっと俺の方が駄々捏ねてるみたいなニュアンスになってんだよ!」

 テオと話していたら、頭の片隅に追いやっていた記憶がだんだんと思い出されてきた。
 初めて出会った頃のテオは、それはもう天使のような愛らしい小さな子どもで、あの頃の俺はこの子を守らなくちゃと思ったものであったが、俺が十五歳を過ぎた辺りから結婚結婚と、何かに取り憑かれたかのように繰り返すようになったんだっけな……。
 小さい頃はそれも可愛かったが、家を出る直前あたりは既に俺と体格が殆ど変わらなかったし目が本気すぎて、正直、身の危険を感じていた。

「だって!」

「だってもヘチマも無い! とにかく、助けてくれた事は感謝するけど兄弟として一緒に育ったお前と結婚出来ません! この話は終了、じゃあな!」

 なおも言い募ろうとするテオへの別れの挨拶も早々に、これ以上こいつに関わる前に逃げようと俺は身を翻した。

「兄さんっ!」

「あでっ」

 走り出そうとしたところで、ぐいーっと、俺の長く伸ばして括た襟足の髪が引っ張られる。
 引っ張ったのはもちろんテオだ。

「テオ! お前何す――んんっ」

 振り返り抗議をしようとした俺の腰が引き寄せられ、髪を引っ張ていた手はそのまま後頭部に回り、次の瞬間にはテオの顔が目の前にあったが、近すぎて焦点が合わない。

 戸惑う間も無く、ヌルリっと口の中に舌が侵入してきた感触で、深いディープキスをされていることに気づいた俺は半ばパニックになって、闇雲にテオの胸を押すがその腕ごと抱きしめられてた。

「ングググぐっ」

 俺は歯を食いしばって舌の侵入を阻止しつつ、歯列を無遠慮に撫ぜる舌を意識しない様にしながら、右足を後ろに引き、全身に強化の術をかけ、引いていた右足を全力で前に踏み込むと同時に両の手のひらを胸の前に突き出し、そのままテオを突き飛ばした。

「っと」

「はぁはぁはぁっ おまっ何なんだよ公衆の面前で! 手を出さないと言う誓いはどうした!」

 突然のディープキスに呼吸が整わず、俺は生理的な涙を目の端に溜めながらテオを睨む。
 流石、王立騎士団の師団長と言うべきか迷うところだが、手加減抜きで胸に掌底を打ち込んだのに後ろに二、三歩下がった程度でテオは踏みとどまった。
 並のハンターなら吹っ飛ぶレベルなんだけどな、これ。

「だ、だって……、兄さんが行っちゃうから」

 何を言い返してくるかと思えば、予想に反して弱々しく傷ついた顔をするテオ。
 そうやって、昔の小さくて可愛かった頃みたいにしょげられたら怒るに怒れないじゃないか……。

「お前なぁ、だからって――」

「イオリッ!」

 しょげるテオに、引き止めるにしてもやり方があるだろと続けようとした時、俺の名を呼ぶ声がした。

「エド! 気がついたのか?」

 振り返ると置いて来たはずのエドが、しっかりした足取りでこちらへ歩いてくる姿があった。
 その場で出来る限りの手当てはしたとはいえ、その元気そうな姿にホッとして思わず駆け寄ろうとすると、今度はガシッと腕を掴まれる。言わずもがなテオだ。

「兄さんはまだ私との話が終わってないでしょう?」

「いや、話は終わっただろ? 結婚はしない。この手を離しなさい」

「イオ、どうした?」

 俺とテオがあまりよろしくない雰囲気で睨み合っていると、エドが俺のそばまでやって来た。

「お前、騎士団のお偉いさんに知り合いなんかいたのか?」

 ポンっと、テオに掴まれていない側の肩を軽く叩いて、いつもより若干優しい声音で話しかけてくるエド。
 おそらく、俺とテオの間に流れる不穏な空気を察知してそれとなく気を使ったのだろう。

 エドってば、普段はいかにも陽気ですってキャラなくせに、肝心な時は空気読みまくるんだから、そりゃ女の子にモテるわけだよなぁ。

「あぁ、知り合いと言うか、こいつは俺のおとーー」

「初めまして、私は王立騎士団師団長のテオハルトと申します。イオリ兄さんとは同じ育ての親であり、師を持つ兄弟弟子になります」

「つっても、見ての通りテオは龍人だから仙人修行じゃなくて、主に魔法や剣を見てもらっていたんだけどな」

 テオは俺が紹介しようとするのを遮って自ら名乗ったので、その隙に掴まれた腕を振りほどきながら、俺はエドに向かって情報の補足をした。

 と言うかテオよ、自己紹介がそっけなく無いか? メイリンの時はいらん事まで盛り込んでたくせに、エドに対しては棒読みじゃん。

「ほぉ~、その若さで師団長とは凄いな、俺はエドヴァルドだ。エドって呼んでくれ。イオとはよくつるんでるハンター仲間で、まぁ良い友人だな。えーっと、つまりあれ師団長殿はイオの弟分になるのか、兄貴分ではなく?」

 エドは、テオのぶっきらぼうとも言える自己紹介を気にするでも無くいつもの調子だ。

「弟分です。俺の方が歳上!」

「ははっ、どう見てもお前の方が弟分だけどなぁ」

「あのなぁ、お前らご長寿系古代種の男って二十代半ばから後半で見た目の成長がしばらく止まるだろ。前も言ったかもだけど、俺は二十二歳で仙道に到達&不老モードに入ってこの姿で固定されたから外見年齢を抜かされたの!」

「あー、なるほどな。まぁ弟より可愛くても良いんじゃないか? 可愛いは正義ってメイリンも言ってたし」

 そう言って、エドはポンポンと俺の頭を撫でる。

「世間では身長が百八十センチ近くある成人した男を可愛いって言わないからな!」

「……はぁ、……まったく、そうやって遊び半分でハンターなんかやってるから、何時までたってもB級程度なんですよ兄さんは」

 俺の抗議に更に声を上げて笑うエドを、俺が揶揄うなと肘で小突いていると、それまで黙って俺とエドのやり取りを見ていたテオが棘たっぷりの溜め息をついた。

「いや、遊んでいたわけではないんだが……」

 と言いつつ、メイリンに付き合わされてメイリンが推している、イケメンハンターのカップルが受注した依頼に何度かご一緒していた記憶などが思い出されて、俺は口ごもる。

「さっきの戦い方だって無駄な動きが多かったですし、そんな事ではいつか無駄死にしますよ」

 なるほど、タイミングよく助けてくれたと思ったら、俺とバジリスクの戦闘を様子見していたのか。

 俺は人間の中ではそこそこ強い方だけど獣人や古代種の中に入れば、おまけして並程度の実力しかない。
 ゆえに、普段は実力が伴わない依頼は受けない安全第一思考だが、今回はイレギュラーが起こった上に、ちょっと他の人よりバジリスクに優位が取れるからって、安全を疎かにして張り切ってしまったのは否めない。

 さっきもテオが来てくれなかったら、バジリスクにパクッとやられて大怪我していただろうしな……まぁ俺がパクッとやられれば、その隙に誰かがバジリスクにトドメ刺しに来てくれたと思うけど。

「んーまぁ、確かに今回はちょっとイケてなかったけどさ、イレギュラーもあったし及第点かなーと」

「全く、そんな呑気に構えて何かあってからでは遅いんですよ、父上に顔向けできない真似はして欲しくないですね」

「うっ」

 急に父上を引き合いに出されて、俺はぐぅの音も出ない。流石に俺も、父上に心配はかけたく無いのだ。

 それにしても、こんな兄弟喧嘩みたいな場面を友人のエドに見られるのは非常に気恥ずかしいんだけどなぁと、俺が肩を落としているとエドが一歩前に出た。

「うーん。あのな、身内で話してるとこに割り込んで悪いんだが、イオの等級がまだB級なのは単純にハンター年数がまだ四年目途中だからだぜ?」

「は? 四年!? 兄さん、家を出て何年経ったと……いえ、あなた家を出てから一体何をやっていたんですか!?」

 エドの言葉に、面食らったテオが俺に詰め寄る。

「いや、あの、ちょっと。異世界、探訪的な……」

 実家を出てからの俺は、マーナムに辿り着くまでの数年間、色んな場所をぶらぶらしていた。それは新鮮な体験で楽しかったし、色んな出会いもあったんだけど、旅人と言えば聞こえは良いが、つまるとこ根無草のフリーターだったからなぁ……と目が泳ぐ俺を、テオが呆れ顔で見ているのが気配で分かる。

 くうぅ、不肖の兄と違い、誰が見てもエリート様な師団長職のシルバーメイルが大変まぶしいぜ!

「まーまー、とにかくだな」

 俺がテオに言い負かされていると、再びエドが間に入る。

「A級ハンターになるには筆記試験に合格する事と、満四年の実績が必要だからイオはまだB級な訳だ。と言っても、人間の身でB級なら誇って良いレベルだし、今年で四年経った訳だからな、イオの実力とポテンシャルがあれば筆記試験をパスさえすれば直ぐにA級になれると俺は思う。何ならその上だって目指せるぜ? あんたイオの家族なんだろ、それなのに今のイオの事をよく知ろうとしないで非難をするのはどうかと思うぞ? そんでイオ、お前もちゃんと話さないと理解してもらえんだろーが」

 エドは俺をフォローしつつ俺の非も指摘して、初対面で俺の弟であるテオにも気を使う方へ話をふんわりともって行く。
 そんなエドの気遣いに俺がちょっと感動しているのとは逆に、テオは冷めた目をエドに向けた。

「エドヴァルドさんもAAA級の割に、あんな所で気を失うなんて、少々実力に疑問がありますね」

 参加ハンターリストには名前と等級が記載されている。
 どうやらテオは、エドの事も事前に確認済だったらしい。こいつの事だから俺とパーティ登録してあるエドやメイリンは、確認済だろうとは思っていたが……。

「ははっ、これは手厳しいな。今後はより気合を入れるよ」

 肩をすくめて受け流すエドに、少しイラついた声でテオが続ける。

「ふん、古代種の玉と呼ばれるエルフでも半端モノはその程度なんですね。貴方みたいな危機管理のなってない楽観主義者はうちの兄さ――」

 パンッ!

 テオの声をさえぎって乾いた音が響く。
 俺の右手がテオの綺麗な横っ面を張った音だった。

 あ、やってしまった……。

 思わず出てしまった手に、後悔と自己嫌悪の念が押し寄せるが、ひとまずそれは置いておいて、俺はテオの目をじっと見据えて口を開いた。

「テオ、俺に突っかかるのは良い。でも俺に対する当てつけで、エドに失礼な事を言うのは違うだろ」

 テオは俺に叩かれた頬を抑えもせず、感情の無い顔で俺を見つめ返す。

「エドは俺を庇ってくれたんだ。エドが居なかったら俺は、お前が来る前に戦線離脱してたかもしれない」

 テオは、俺の事になると普段ならしない無礼を振る舞う所があるのだが……それにしたって今回の言葉は酷い。

 自分ではどうにも出来ない、生まれを否定されるのは、テオ自身だって辛い事と知っているはずなのに……。

「自分でもダメだって分かってるんだろ?」

 俺が重ねて言えばテオはちょっと頷き、同時にそのブルーグレーの瞳に水の膜が張る。

「だって……兄さんが」

 涙を溜めて、儚く消えてしまいそうな顔で俺を見つめるテオに俺は唖然とした。

 えっ泣いちゃうの? ここで? え? お前、もう良い大人だよね?
 あぁぁぁ、これはまずい! まずいぞぉぉぉ! 俺はテオの涙に弱いんだぁぁぁ!!
 くっ、この手はあまり使いたくなかったけど、仕方あるまい。

 俺は内心覚悟を決めて続ける。

「テオハルト、お兄ちゃんはお前をそんな泣き虫な子に育てた覚えはありません!」

 俺の言葉に、テオはハッとした顔になった。

「ほえ?」

 そして、俺の隣に立ったエドからはちょっと間抜けな声が出た。

 うん、エドのその気持ち何となく分かるけどこっちをガン見しないでくれないかな。

「テオ、どうして俺が怒ったかわかるよな」

 俺が両手を開いて待てばーー

「はい、兄さんっ」

 ぎゅうぅぅぅ!

 間髪入れずテオは俺に抱きついて、俺は抱きついてきたテオ頭部をヨシヨシと撫でる。
 騎士団のカッコイイ装飾の付いた鎧が、グリグリと俺の胸部を圧迫するので結構痛いのだが我慢だ、我慢。
 テオは俺の首筋に、そのすっきりとした鼻梁をグリグリと押し付けくぐもった声で喋る。

「兄さんが家を出からの十年と百二十八日、テオはずっと、ずっと兄さんにお会いしたかったのです」

 お兄ちゃんはテオが所帯でも持って、色々と落ち着いてくれるまで、距離を空けておきたかったよ。と言う心の声に、俺はそっと蓋をする。

「うんうん。俺も叩いちゃってごめんな。でも、テオがまた良くない振る舞いをしたら、俺はそんなテオは嫌だから、その度に怒るぞ。今はまず、何をすれば良いか分かるな?」

 抱きついていた昔より随分とデカくなった体を俺から一度離し、濡れたブルーグレーの瞳を見つめて問えば、テオは小さく頷いてエドに向き直る。

「兄を救って下さった方に無礼を申しました。誠に申し訳ありません」

 テオのこう言う素直なとこ、昔と全然変わってないなぁと、俺はちょっぴり感動を覚える。しかし、テオ初体験のエドはーー

「えっ、あぁいや気にしてないから俺は大丈夫だ。うん、大丈夫です。ので」

 うん、まぁ、そうなるよな。

 俺とテオのやり取りに巻き込まれ、この状況についていけず目を白黒させているエドを生ぬるく眺めながら、俺は今後起こりえる様々な面倒を想像して頭痛を覚えるのであった。

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