仙年恋慕

鴨セイロ

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1章

14.四年前、マーナムの酒場にて sideエドヴァルド

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 俺は入り口付近の立ちテーブルの席に肘をかけ、ウェイターに麦種エールを注文した。

 この店は、ひと昔前の酒場をイメージしたコンセプトバーと言うやつで、内装をレンガと温かみのある木材でまとめられた店内は、オレンジがかった間接照明で照らされていた。

 今夜はハンター連中で貸切にされており、同業者同士の出会いの場という名目の、まぁ有り体に言えばヨロシクできる相手が欲しい奴らが集まる飲み会だな。
 俺は相手に困ってはいなかったのだが、幹事が知り合いだったため、枯れ木も山の賑わいのていで呼ばれている。

「いいですか? エド先輩は入り口付近でお酒を飲んでるだけで良いですからね、ついでにちょ~っとニコニコしてて下さいね、先輩がニコニコしてると女の子の参加率が上がるという調査報告が上がっていますからね!」

 大の男に一人でニコニコしろって無茶ぶりだな! とか、そいつはどんな調査報告だよ! とか色々ツッコミたかったのだが、小声で俺にそう言った幹事の鳥獣人の男は入り口で待っていた女性陣をそそくさと奥の席へとご案内していってしまった。

 タダ酒が飲めるってんで来たのだが、どうやらこの界隈では多少顔の売れてる俺に客寄せ猫熊パンダをやらせるつもりだったらしい。
 とは言えタダ酒の分くらいは働くかと、やって来る女の子達に笑顔の安売りをしてしばらくすると、店内はそれなりに賑わって来た。

 俺の役目はこんなもんで良かろう。
 後は飯でも食って帰るかと、壁に掛けられた本日のお勧めとやらを眺めつつ麦酒をちびちびやっていると、入り口のドアが開きドアベルをカランカランと鳴らして、そいつが現れた。

「あれ? これって……」

 そいつはドアの前で困惑した様に、立ち止まった。

「よぉ! 今夜はハンター連中で貸切だぜ?」

 助け舟のつもりで栗毛の頭に向かって声をかけると、店内を眺めていたその印象的な若草色のペリドットような瞳がこちらに向いた。
 そいつはそこそこ若い人間の男だったが、こんな時間に一人でバーに来たのだから、成人ではあるのは確かだろう。

 よく見れば、武術を嗜んでいる者特有の実用的な筋肉のついた体躯をしているのが分かる。

 おや、こいつは確か……。

「えっ? いや、あの俺、メイリンって友達に行ってこいって言われて来たんだけど……なーんか場違いっぽいですね。あはは……ったくメイのやつめどう見てもこんなん合コンか婚活パーティーじゃねーか、友達作ってこいじゃねーよ! ったく」

 慌てて俺に応えるそいつ。
 後半は小声になったので、独り言のようだったがハーフエルフ俺のの聴力をもってすれば丸聞こえなんだよな。
 単語の意味はよく分からなかったが、ニュアンスでこの会の概要も知らされずに、ここに送り出されたらしいことは知れた。

「お前ハンターだろ? 今日はハンター同士の飲み会みたいなもんだから場違いってことは無いぜ?」

 独り言の部分は聞こえなかったていで、俺は続ける。

「あぁいや、そうなんですが、俺にお構いなく! 思ってたのと違うんで帰ります。親切にどうも」

「いっいやいやいや、折角来たんだし一杯くらい飲んでけよ! な?」

 サクッと帰ろうとするそいつを、俺は慌てて引き止める。

 何故って? だってよ、いつの間にか店の奥から男女問わずこいつに視線が集まっていて、どの視線も一様にそいつを帰すなよと俺に訴えているからだ。そんなに気になるならお前ら自分でどうにかしろっつーの! っという内心はおくびにも出さず、俺は得意の人好きする笑顔を作る。

「でも……」

「俺はエド! エドヴァルド・オリヴィエっていうんだが、見ての通りハーフエルフだ」

「……はーふえるふ」

「そっ、半分だけエルフ。っで、お前は?」

 尚も帰ろうとするそいつを引きとめようと、俺はちょいと強引に名を名乗った。
 なぜ俺がこんな必死にならにゃいかんのかと思いつつもニコニコしていると、流石にこの空気で無理に帰るのも悪いかなって顔になったそいつが、ドアから俺の居るテーブルへやってきた。

「えっと、俺はイオリ・ヒューガ。見ての通り人間です」

「ふはっそれは流石に分かるよ。お前、結構面白い奴だな、あっイオリだったな。宜しくなイオリ。えーっと、イオって呼んでいいか?」

「え、えぇ」

 手っ取り早く距離を詰めようと勝手に愛称をつけた俺に、若干及び腰になりながらもニコリと微笑むそいつーーイオと、社交辞令の握手をする。
 俺たちが喋っている間に、気を利かせた誰かがオーダーしたらしい酒が俺達のいる立ちテーブルの席に届いたので、俺はイオにそれを勧めた。
 入り口のカウンター付近の席は一杯引っ掛けてすぐ出るような客向けに、椅子はあえて置いてないのだ。

「何か食うか?」

「いえ、長居する気はないので」

 そっけない返事に、これは早急に話題を振らねば一杯飲んだら速攻帰るなと察した俺は、最初から気になっていた話を振る。

「お前さん、最近このマーナムに来たハンターだよな?」

 そう、俺はこいつーーイオに見覚えがあったのだ。

「へ? そうですけど。俺、エドさんとどっかで会ったコトありましたっけ?」

 ぐいーっと、見かけによらずいい飲みっぷりで既にジョッキを半分開けたイオがキョトンとした。

「いや、俺がギルドで一方的に見かけただけ。ホラ、お前がギルドで一緒にいる猫獣人がさ、絶対に落とせない女で有名だったんだよ。だけど、ある日よそから来た奴とくっ付いたって噂になっててさ、そしたらその猫獣人と一緒にいる奴がいたからあいつかー! って感じで見かけたのがイオだったのさ」

「はぁ!? 俺とメイリンがぁ? ナイナイそれはナイ! ただの友達です! それにあいつは落とせない女というより、趣味に生き過ぎてる女です!」

 俺の目撃情報を、イオは赤くなるでも照れるでもなく眉間にしわを寄せ勢いよく否定した。

「おっおう? そうなんだ」

「そうなんです!」

 その勢いに俺は面食らう。
 美人と噂になるなら普通の男は嫌な気はしないと思うんだがな。
 まぁ、こんな所に顔を出しているって時点で件の女とはそういった関係にないのだろうなとは思ったが、本当に付き合ってなかったのか……ふむ。

「なるほどな。いや、お前ら親密と言うか何度も耳打ちとかしてたし、あの噂マジだったのかーって」

「耳打ち? あー、あれは推しの話で人様にあまりお聞かせできないというか……て、はっ! もしかしてエドさんメイリンに気があったんですか!? すみません察し悪くて! あいつアクは強いけど黙ってれば美人だし、気の良いやつなんで紹介しますよ。趣味さえ認めてやれば上手く行くんじゃないかな?」

「あ。いや、彼女のことは特にーー」

「ホー! するって~と今、君はフリーってことだね!」

 なにやら俺が猫獣人に興味があると勘違いをしたらしいイオに訂正をしようとした所で、ひょこっと効果音が聞こえそうなノリで幹事の男がテーブルの下から現れた。

「うわっ誰!?」

「変なとこから出てくるなよマイロ」

 スラックスの埃をはらいつつ立ち上がる男に、俺はジト目を向ける。

「先輩、何事も演出は大事なのです。ところでイオリ君、だよね。テーブルの下で聞いてたよ。僕はマイロよろしくね! こんなところで立ち話もなんだしちょっと奥に行かないかい?」

 マイロはニコッと笑いながら両手でガシィっとイオの肩を掴む。
「行かないかい?」と言いつつ誘いではない、これは連行が決まってるヤツだ。

「いや、あの俺はっ」

「ホラ~遠慮しないで~、マーナムに来てまだ日も浅いんだろ? 友達でも作る感じで気楽にしてよ。みんなも君と話したがってるんだよ~」

「えっちょっちょっ! 俺にお構いなく!!」

「ホラホラこっち~」

 俺は麦酒を飲みながら、マイロによって強引に連行されて行くイオを見送る。

「……あいつ、大丈夫かな」


 ***


「イオリ君ね、人間なのに凄い人気だよ! 男性陣からも女性陣からも」

「ははっ、確かにどっちにもウケの良さそうなツラだもんなあいつ」

 軽い食事を終え、そろそろお暇しようかねと食後のワインを頼んでいると、幹事のマイロだけが俺のいる立ちテーブルに戻って来た。

「うん、ホント可愛いよね~。僕としてはもう少し身長低めで筋肉抑え気味で、幼さがあっても良いんだけど。彼、意外とタッパがあるよね~」

「黙れ変態」

「うーん、実に惜しい~」などと、割と本気でぶちぶち言ってるマイロを冷たくあしらっていれば、今度はこちらに話を振って来る。
 どうやらイオは、ハンター連中相手に中々の高評価を得たようだな。

「エド先輩はイオリ君にあんまり興味ない感じ? エルフって同性NGでしたっけ?」

「NGって事はないが、俺は異性愛者と言うか……、それ以前にあいつ人間だろ? 命の時間が違い過ぎるから対象にならないというか」

「はーん、そっちね~。そんなのさ付き合ったからって絶対に生涯を共にするわけでもないし、極端言えば一晩の相手だって良いと思うんですけどね、僕は」

「あーいや、実は、そう言うのはもういいかなぁ~って最近、思ってんだわ」

 ウェイターからワインを受け取りながらボソボソと言えば、マイロはその目を丸くする。

「ホー!? 遊び人のエド先輩もそろそろ本命の伴侶をみつけたいなーって、ところですか?」

 非常に外聞が悪い言い様であるが、マイロの言葉を否定しきれない俺は、前半への反論を飲み込む代わりに、後半について言及した。

「お前なぁそれが一番難しいんだぜ? これだ! ってやつなんか百年、二百年探してもみつからねぇって俺の爺さんも言ってたし、獣人のお前ならそりゃ人間よりは寿命あるだろうけど、あんま遊びまくってると運命ってやつに気づけないで長い生を一人寂しく生きることになるぞ」

「はいはい、ご忠告ありがとうございますよ~だ。まぁそんな純愛を求めるエド先輩に朗報です!」

 言いながらマイロは、伊達メガネをクイっと上げる。

「馬鹿にしてんのかお前は」

「ちゃいますって、僕の話しきいて。話し戻してイオリ君ね、どうも彼、話してると見ため通りの年齢じゃないらしくてね、それとなく聞いてみたんですわ。歳いくつ? って」

「お前それ、種族や性別によっては無礼に当たるから気をつけろよ」

 思わず渋面になる俺を、まぁまぁと制してマイロは続ける。

「分かってますって、今はちょっとその辺は置いといてね。で、彼に歳いくつって聞いたの。そしたらなんて答えたと思います? はい、さんにーいち!」

「あーもー、勿体ぶるなよ! うーむ、十八、九くらいか?」

「ぶっぶー! 正解は二十九歳とのことでしたー!」

 にっ二十九!? 俺は口に含んだワインを噴きそうになる。

「いやいやいや~流石にそれは盛ってるだろ~? 人間だってエルフだって成体になるまでは成長速度同じようなもんだぜ? アレはやっと成体になったかなーくらいのもんだったぞ?」

「僕もね、いやいやないわ~背伸びしたいお年頃なのかな~って思ったんだけど、その感想がモロ顔に出ちゃったみたいでね、本人が誠に遺憾ですって可愛い顔しながら教えてくれたんですけど」

 マイロはそこで一度言葉を切り、ウェイターから俺と同じワインをもらい喉を潤してから、声のトーンを下げて続けた。

「なんでも彼、東方の出で特殊な修行を幼い頃からした不老長寿の仙人って呼ばれる人間だそうで、ホラ、西方の人間の魔術士が魔導を極めて寿命を延ばすアレみたいな感じなんですって!」

「……いつも思うんだけど、人間って俺たち並の体を作るだけですげー労力だよな」

「そうだけど、今はそーじゃなーい! つまりだよ、エド先輩が気にする命の時間ってやつイオリ君には当てはまらないから、気になるんなら先に唾つけといた方が良いですよって話しです!」

 俺の冷めた感想が気に入らなかったらしく、マイロはそれまでのまどろっこしさを捨て俺にーーん?

「おいおいおい! 話です! ってお前、それは俺がイオに気があるって言いたいのか? 話したのだってさっきが初めてなのに?」

「はぁ~、エド先輩って案外、見てて分かりやすいんですよね。自覚無いなら教えてあげますが、イオリ君を見てる時、目の中の星が三割増しになってましたよ☆ っと」

 マイロはその猛禽類の瞳でキラッ☆ とウィンクを決める。

「はぁぁぁ!?」

「気が使えるマイロ後輩は、エド先輩がご自分の運命に気づけないで長い生を一人寂しく生きる事にならない様に祈っておりますね! はい、退散退散。僕はあっちに戻りまーす!」

 言いたい事を好きなだけ言って、マイロは長い尾羽を翻しシュタタタターっと奥の席に帰っていった。

「……俺が、知り合ったばっかりの人間の男を気にかけてるってあいつ言ったのか?」

 目に星ってなんだよ、わけ分からん。

 一人残された俺が首をひねっていると、今度はたった小一時の間に大分くたびれたイオが戻って来る。

「酷い目にあいました」

「なんかヨレてっけど大丈夫か?」

「一応、大丈夫。だけどハンターの人達ってスキンシップ過剰なのかな、男グループで飲んでたらめっちゃ胸とか尻とか鷲掴みされました」

「いや、それは」

 尻狙われてるぞ、お前。って伝えるべきか迷っていると、イオはトボトボと俺に近づいてきた。が、近い近い!
 店の奥から死角になるように俺の陰に隠れるのは良いが、イオの髪が俺の肩にかすかに触れるほど近い! わざとやってるとしたら、かなりの手練れだ。

「なぁお前、人との距離感って分かってる?」

「へ? 距離感?」

 基本的に女専門を自負する俺でも少しばかりドキッとしてしまい、そんな自分に驚きながらもイオの振る舞いを言外に嗜めれば、当のイオはポカーンと俺を見返した。
 その様子に違和感を感じた俺は一つ確認をする。

「もしかして、お前の故郷って異性婚が主流なのか?」

「異性婚って男女が結婚するって意味ですよね? うーん、今の故郷は山の中だから何ともだけど、前の故郷はそんな感じでした」

 なるほど、故郷が二つあるのは訳あり何だろうが、どちらにしろ倫理観だか、恋愛観がこことは違う地方から来たのだろう。
 それならばこの油断しきった距離感も仕方ないかもしれない。だが。

「んー、エドヴァルドお兄さんが一つ忠告しておこう」

「はぁ」

「とりあえずこの国を含む大多数の国々では恋愛の相手に男も女も無い。ってのは知ってるな?」

 コクリと頷くイオを確認して続ける。

「ゆえに、こう言った場では男同士でも節度ある距離感を持たないと「おっこいつ俺に気があるな」って期待される。そして……」

「尻が、鷲掴みに?」

「そう」

 真顔になったその顔に、俺はひとつ頷いた。

「おっふ。嘘だろ……女の子たちの質問攻めが怖くて男グループに逃げたのに、皆さん俺をそんな目で……あの優しさは偽りだったのか……」

 そう言って、テーブルに沈みゴツンと額をぶつけるイオ。

 テーブルに突っ伏してるとこ悪いけど、お前みたいな隙だらけの可愛いのにすり寄られたら野郎共だってそりゃその気になるわな。っと思ったが、追い打ちをかけそうなので言わないでおく。
 そこまで考え、俺は自分の中の認識に気づいてしまった。まぁ、そこは素直に認めようか。

 確かにこいつは……ちょっと可愛い。

「わっ めっちゃメッセ届く。怖い怖い怖い」

 俺が内なる感情と折り合いをつけている間に、店の奥の奴らとアドレスを交換したらしいイオの携帯端末が鬼のように通知を知らせていた。チラッと覗いてみればその殆どが野郎共の様だ。

「あーあ、こりゃ完全にロックオンされてんな」

「なっ何で俺なんかに、いや、嫌われるよりは良いんだろうけど、俺は女の子の方が良い! くそっどうしたら!? 片っ端からブロック……は感じ悪いか?」

「ははっ モテモテじゃねーか頑張れ、頑張れ!」

 涙目で焦っている姿にテーブルに肘をついて笑っていると、心底困ったという顔でイオがため息をついた。

「はぁー。 エドさんってば他人事だと思って」

「だって、お前があんまりにも情けない顔をするもんだからさ~」

 笑う俺にイオは更に悲壮な表情になってしまい、流石に可哀想になった。

「ったく、しょうがねーな。イオ、お前しばらく俺にくっ付いとけ」

「くっつく?」

「そう。俺はこの街のハンターには割と知られてる。そんな俺がイオのことを気にかけてるって周知されれば、無闇矢鱈と関わってくる奴は減ると思うぜ?」

「えっ 何それ、めっちゃありがたい! けど迷惑じゃないですか?」

「いやほら、俺が引き止めたせいでもあるからな」

「っ確かに! エドさんの人の良さそうな笑顔に油断したので責任を取って下さい!」

 ハッとした顔になった後、眉をちょっとつり上げて俺を見上げてくるイオ。

 こいつ気が付いて無かったのか。
 鈍臭さいと言うか、可愛いと言うか、まぁ今はそれよりも……

「責任ってなぁ、お前ホントそういう迂闊な発言は気をつけろよ? 言質とられるぞ」

「へ?」

 何を言ってるんだ? という相変わらず何も分かってなさそうな顔に、俺は軽い頭痛を覚えるが、すんでのとこで頭をかかえるのを耐えた。

「まぁ良い、そこら辺は追々注意するとして、とりあえず敬語は使わなくて良い。よそよそしいとくっ付いてても振りだってバレるからな」

「わかった! それとさ、エドさえ良ければなんだけど、その、ほとぼりが冷めても俺、エドにくっ付いててもいいか?」

 と、コテンと首をかしげ俺を見上げるイオ。

「お前、それわざとじゃないんだよな?」

 敬語から速攻でタメ口になったイオに、順応はえーな! ってツッコミを入れようとしたのだが“コテン”のせいで別件にツッコむ事になったし、今度こそ俺は頭を抱えた。

 天然もここまで来ると、演じてんじゃないかって疑いたくなるぞ。

「だ、ダメか?」

「ションボリすんな、外野の視線が痛い! あーはいはい、分かってるよお前の天然さを考慮すれば、ほとぼりが冷めた後も友人としてコンゴトモヨロシクってことだろ?」

「そう! エドって話し早くて助かる。俺、マーナムに友達メイリンしかいなくてさー」

 そう言って、それはそれは良い笑顔を見せたイオに店の奥から視線が集まるのを感じつつ、さっきのマイロの唾をどうたらって台詞が俺の脳裏をかすめる。

「はぁ。とりあえず、お前のための厄払い第一回を開催するから目ぇつぶれ」

 こいつを最初に引き止めたのは俺だし、これくらい良いだろうと自分を納得させる。

「おっおう」

 イオは、俺の言葉に従い何の疑いもせず素直に目を閉じた。
 その警戒心のなさに、危機管理能力の重要性について一、二時間は説きたい気持ちをぐっとこらえ、俺はこちらを伺ってる店中の奴等にしっかり見えるように、その無防備な顔に手を添えてキスを落とした。


 ***


 あれから四年経った現在。

 俺と、黙っていれば美人のメイリンに挟まれているイオに、マーナムで下心をもって声をかける奴はほぼ居ない。
 最初からゼロ距離だった俺とイオのやたら近いスキンシップは現在もそのままで、もはや日常だ。基本的にお互い異性愛者同士なのでそこには何も無い。

 無いということになっている。

 今回、久しぶりの遠征で王都のハンターと馬車内で隣り合ったのだが、うっかりイオをメイリンと俺で挟むのを忘れ座れば案の定と言うべきか、手の早い奴に目をつけられた。
 キスでもされそうな所をギリッギリで抱き寄せてガードしたが、イオのあまりの危機感の無さに俺が焦った。

 俺の腕の中で、仮眠についたイオのまつげを眺めながらホッとしたのもつかの間、今度はやたら美形の義弟にディープキスをかまされているのを目撃してしまい、反射的に沸き立った怒りにも似た苛立ちを笑顔の裏に押し込めるのに苦労をした。

 あの時の感情を思い出しては、ため息が出る。

 そりゃ俺だって、見目の良いイオに全く下心がなかったとは言い切れない。
 でもそこには、他の奴等ほど即物的な気持ちは無かった。ただちょっと面倒を見てやりたくなるような……庇護欲のようなモノがあったのだと思う。なんせ俺は異性愛者だったからさ。

 しかし、出会ってから今までいくつかの依頼を共にこなし、笑い合い、イオリ・ヒューガと言う一人の人間を知れば知るほど、彼を好ましいと思ってゆく自分がいる。
 この、好ましいがどういった感情から来るモノなのかなど、とっくの昔に理解していた。だが、イオとの愉快でいて穏やかな関係を壊したくなかった俺はその感情に蓋をして、イオに隠し続けてきた。しかし――

「もう、そんな呑気な事は言ってられない」

 俺に運命の相手ーーいや、に愛せる者が居るのなら、それはきっとイオリ・ヒューガだけなのだから。
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