仙年恋慕

鴨セイロ

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1章

45.夜道を一人歩く sideエドヴァルド

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 グラスに注がれた酒を半ばやけくその様に流し込む。
 味なんかさっぱり分からなかった。

 俺に酒を注いではサティ―リアが何事か話しかけていた気がしたが、頭の中では先ほどのイオの言葉と涙が何度も頭の中で繰り返されて、サティ―リアの出す音は意味を持つことなく通り過ぎて行く。

「……イオの、あんな泣き顔は初めて見たなぁ」

 酒に強い自覚はあったが流石に飲み過ぎたのだろう、酩酊感で頭がしびれて来た頃、心の声が思わず口をついて出た。
 すると、それまで俺の横に張り付いていたサティーリアが、何事か癇癪を起しながら席を勢いよく立った。
 彼女が去った方向とは反対にぼんやりと視線を巡らすと、店を出るところだったらしいイオとルーイがウェイターから外套を受け取っている姿が目に入る。
 どうやら酒にめっぽう強いイオに酒量を乱されたのだろう、したたかに酔った様子のルーイにイオが苦笑まじりに肩を貸している。その仲睦まじい姿にじわじわと胸に苦いものが広がった。

 俺は居てもたっても居られず、ウェイターを呼び会計を済ませイオとルーイを追うように店を出た。
 出遅れた事もあり二人を見失うかもしれないと焦ったが、何事か笑い合いながら賑やかな通りをゆっくり歩く二つの背中は、まだ店からさほど離れてはいなかった。
 しかし、二人を照らす街路灯がいやけに目に眩しく、俺は踵を返して人通りの少ない小道を曲がった。

 重い足取りで夜道を歩きながら考える。
 何故あんなにもイオの好意が己に向いてるなどと確信していたのか、今となってはあの加護を貸した時の、己の有頂天さがどうしようもなく滑稽で笑えた。

「……はぁ。イオがあいつと付き合ったら、俺とは付き合ってくれねぇよなぁ」

 以前メイリンから聞いた話しから、イオの恋愛観では一度に付き合う恋人は一人。相当に身持ちが硬いタイプとみて間違いないだろう。
 つまり、もし仮にイオに特定の相手が出来たなら、今まで異文化コミュニケーションのノリで許容して居た俺とのじゃれ合いも……。

「イオ……恋人に対して誠実そうだもんなぁ、きっと丁重にお断りされるだろうな」

 俺のつぶやきに合わせるように、ポツリと冷たい雫が頬に落ちた。

『っい、いきなりキスとか! するか普通!!』

 聞き覚えのある台詞が頭に響く。

 あぁ、これは初めて会った日のイオだ。
 あの日は俺がイオにキスをして、悲喜こもごもの声が上がる店内からそそくさと二人で脱出し……そう、ちょうどこの小道を並んで歩いたのだ。

「それでここで真っ赤になって、俺に抗議してきたんだっけ? 」

 その反応が愉快でこんなの挨拶のうちだろって言ったら、悔しそうにジト目で見上げて来て……改めて思い出すとあの時のイオは可愛い過ぎたな。

『えっ!? エドがどうしてココに?』

 過去を思い出して頬を緩めていると、また別のイオの声がした。

 この時は、雪山での依頼からイオが帰って来ないのを心配し迎えに行ったのだ。
 しかし、イオは俺が迎えに来た事に何故どうしてと不思議そうに首をかしげた。確かにあの頃はまだ出会ったばかりで俺たちの仲はさほど親密では無かったが、あからさまに一つも期待していなかった顔をされて当時の俺は凹んだ。ものすごーく、凹んだ。
 そんな自分に驚きながらも、次こんな事があったら絶対に俺の名をいの一番に思い出す様に、今後はもっと構い倒してやろうと密かに誓った。

「多分、あの時点で俺は自分が思っている以上に、イオに惹かれていたんだな」

『……俺も、植物とか育てるの出来るんだ』

 これは火竜退治を失敗した未熟なハンター達が、北の森を燃やしてしまった時だな。
 火竜は取り逃がしてしまったが幸い死者はなく、俺は怪我をしたハンター達の救援に駆り出されたのだが……、あまりに酷い森の様子に言葉を失っていた。

『エドの精霊魔術には及ばないけど、少しは役に立てるかもしれないから』

 イオは俺の足元近くにしゃがみ込んで、”氣”と呼ばれる”原初の力”を魔力とは違う形に練り上げたモノを両の手に纏わせ、ほとんど焼け焦げた植物に手を翳す。
 時折、イオが自身の怪我の治療に行使しているのを見る仙術と言うやつだ。

『これ、普通は怪我を治す治癒術なんだけど、傷を塞ぐ以外に植物の成長を促す事も出来るんだ』

 そう言って殆ど再起不能にみえた植物にイオが翳していた両手を引けば、その下から瑞々しさを取り戻した花が誇らしげに揺れていた。

 焼かれた森に沢山の精霊の消滅を見て、立ち尽くしたまま言葉の出ない俺を、イオはおずおずと見上げる。

 イオは知らないだろうが、エルフが自国から殆ど出てこない大きな理由の一つは、精霊が見えない他種族に理解されない、森への心の在り方が大きい。
 気を遣ってくれるイオには申し訳ないが、今は一人にして欲しくて心配そうに見上げて来る視線から目を逸らすと、不意に鼻っ柱をペシっと軽い何かに叩かれた。
 それは、先ほどイオが甦らせた花に宿っていたらしい、小さな花の精だった。

『どうした?』

 精霊が見えないイオはその肩に花の精を乗せ、気遣わしげに俺を見ていて……、その姿に俺は堪らなくなりイオを抱きしめた。
 ぎゅうぎゅうと無言で自分を抱きしめる俺の背を、イオは何も言わず何度も撫でてくれた。

 あの手の感触を今も覚えている。
 覚えているが……

「あ゛~、こりゃ妙なもん盛られたかな」

 ここに来て俺はようやっと己の身に起きている異変に気が付く。
 先程から聞こえるこのイオの幻聴は、さすがに酒のせいだけでは説明がつかない。

「まっ、この程度どうとでもなるだろ」

 そう呟いて、雨の降り始めた夜道を一人歩き始めた俺の記憶はそこで途切れた。

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