仙年恋慕

鴨セイロ

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1章

43.冷たい雨の夜1

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 夜半を回った人通りの無い街を、ほろ酔い加減の俺は一人歩く。
 俺がルーイの部屋でゴタゴタしている間に外では雨が降っていたようで、濡れた通りの石畳が街灯の明かりをキラリと跳ね返していた。

「うぅ、寒い。明日の朝はこの道も凍結してるかもなぁ」

 俺のアパートがあるマーナムの南ハルア地区は、いかにも古き良きヨーロッパの下町と言った感じで、昼間はそこかしこの往来で住人たちの笑い声がする。
 しかし、ひとたび日が落ちるとあの賑わいは何処へやら、街灯もまばらな住宅街はしんと静まり返り路地裏の暗がりは少々不気味だ。

「……今頃エドは何してるんだろ、もう寝てるかな」

 ルーイからプロポーズをされた事が引き金となって、結果的に俺は自分の中にあるエドへの気持ちを自覚した。
 そんな俺に、ルーイの気持ちに応える事など到底出来るはずもなく、プロポーズは早々に断らねばと結論付け今夜のお断りに至った訳である。
 しかし、絶対に気まずい空気になること必至と思われたお断り後も、ルーイの人柄の賜物か終始和やかに酒が進み、その結果、自他ともに認めるザルの俺に付き合ったルーイは、そろそろお開きにしようかという時には泥酔状態になっていたのだ。

「あんなになるまで飲むなんて……。ルーイってば俺に気を遣ってくれてたんだろうなぁ」

 意識は割としっかりしているのだが、放っておくとジグザグに歩き出すルーイを一人で帰すのは危険と判断した俺は、ルーイに肩を貸し、彼が根城にしている宿の部屋までなんとか送り届けたところで悲劇は起こった。
 俺の頭より高い位置にあるルーイの口から「もう限、界」っと言う意思表明と共に、生暖かくて鼻をつく臭いがする液体が頭頂部に降り注ぎ、俺は心を無にした。

「まさか脳天からゲロまみれを、もう一度経験する羽目になるとは思わなかったわ」

 ちなみに、俺の一度目のゲロまみれのゲロ主はメイリンである。
 初めて会ったその日に、泥酔したメイリンを家に送った時にやられた。まぁ、これは余談だ。

 そんな訳で、吐いて多少スッキリしたルーイは謝罪しながら俺をシャワールームに押し込み、着ていたいつもの赤いジャケットはクリーニングに出すからと回収されて、現在俺はルーイのジャケットを借りて帰宅の途についてるという訳だった。
 夜も遅かったためルーイは泊まって行くように言ってくれたが、振ったばかりの相手の部屋に泊まるのは流石に体裁がよろしくないと、俺は謹んでルーイの部屋を後にした。

「にしてもルーイのジャケット、いつもの俺のジャケットより大きいな」

 いつも着ている赤いジャケットは、俺が十七、八歳の頃に父上が火竜の皮と防御系宝貝パオペイから作ってくれた一点モノで、まだ大きくなるだろうと父上は当時の俺にはややオーバーサイズに作ってくれたのだが……。

「はは、残念ながら俺の成長は二十歳で殆ど止まってしまったんだなー」

 俺は不本意にも萌袖になった両手を合わせ、ほんの少しだけ出た指先に白い息を吹きかけ温める。
 獣人や古代種は基本的に人間より体格が良い上に、その中でも強靭な肉体に恵まれ、それを生かしてハンターと言う職に就いている者たちと肩を並べると、人間の中では決して小さくない俺もやや小柄の扱いだ。

「……そう言えば、エドにもジャケット借りた事あったっけ」

 まだ駆け出しハンターの頃、俺が依頼の完了期限になっても街に戻らず、心配したエドがわざわざ雪山まで迎えに来てくれたことがあったのだ。あの時は結構、嬉しかったな……。

 ――ドン。

「わっぷ。すっ、すみません」

 よそ事をしながら歩いていたら、路地裏から出て来た人物とぶつかってしまった。
 こんな時間に人が出歩いているなんてと、自分の事を棚に上げながら謝罪を入れつつ、俺は立派な体格の目の前の人物を見上げ、その良く知った顔に思わず目を見開いた。

「エド! 何でここに!? ってか、ずぶ濡れじゃん!」

 濡れたアッシュブロンドの髪から雫を落とすエドは、俺の言葉に曖昧な表情を浮かべるが何も返さない。
 その今まで見た事もない、心ここにあらずな様子に俺は一瞬困惑したが、すぐにエドから強い酒の臭いを嗅ぎ取り、飲み過ぎて酷く酔っているのだろうと当たりを付けた。

「んー、エドがそんなぽわぽわになるくらい酔うなんて珍しいし、めっちゃ揶揄いたいトコだけど、こーんな寒い夜にずぶ濡れのまま外にいるなんて流石にどうかと思うぞ!」

 その逞しい胸板を人差し指でドスドスと突きながら、俺はエドの顔を覗き込む。しかし、当のエドはほんの少し微笑むだけで反応がない。
 いよいよ心配になった俺はエドの腕を掴んだ。

「とりあえず俺ん家行こう。すぐそこだから」

 こんなぽわぽわな状態のエドを放置したら、追い剥ぎ……はこいつなら平気そうだけど、あのサティーリアとか言う兎獣人やその類にどうにかされてしまうかもしれない。いや、その辺はエドの交友関係だし、俺が口を挟む事じゃないのかもしれないが……。

「けど、今くらいは俺が一緒に居ても良い……よな」

 俺は一人頷きエドの腕を引っ張って歩き出そうとしたが、肝心のエドが立ち止まったまま動いてくれない。
 俺は後ろを振り返り、相変わらずどこかぼんやりしたエドの顔を見上げた。

「エド、いくぞ?」

「……イオ」

「なっ!?」

 突然、俺の体がエドの方へグイッと引っ張られる。
 エドは自分の腕を掴んでいた俺の手を掴み引き寄せ、俺を抱きすくめた。

「なっなに!?」

「髪、湿ってる」

 ぎゅうぎゅうと俺を抱きしめながら、額にひんやりとした唇を寄せたエドが囁く。

「っ!?」

 酒臭いし、濡れネズミだしでいつもより全然きまってないエドなのに、その少し掠れた低い声に俺の心臓は露骨にドキッと高鳴って、ドッドッと血液が体中にポンプされる音が頭に響く。

「あっ、アレだよ! 俺のはエドみたいに雨に打たれたんじゃなくて、湯上りで、髪は適当に拭いて出て来たから!」

 こんな程度の戯れ今までだってあったのに、エドへの好意を自覚した今の俺は必要以上に動揺してしまい、声は裏返るし、頬はやたら熱くなる。

「イオ、その服どうした?」

 挙動不審な俺の様子に不思議そうな顔をしながら、ぽわぽわモードでもエドはエドと言うべきか、俺の服がいつもと違う事に目ざとく気が付いた。

「これはルーイから借りたんだよ。それよりエド、お前の体冷えすぎ! これじゃあいくら丈夫でも風邪ひくぞ!」

 抱きしめられたことでエドの体が冷え切っている事に気が付いた俺は、一刻も早くエドを自分の家に連れて帰らねばと、俺を抱きしめたまま動こうとしないエドから体を離そうと両腕を突っ張った。しかし、その両腕を明らかに必要以上の強い力でエドに掴まれてしまう。

「エド、痛いんだけど?」

 ギリギリと掴まれた両腕に戸惑いつつ、俺はまだ冷めてくれない熱い頬を意識しながら、おずおずとエドを見上げた。

「ルーイと何があった?」

 見上げた先に、さっきまでのぽわぽわのぽの字も無い、無表情なエドの顔があって俺は少し驚く。

「あれ? エドってルーイがこっち来てから会った事あるのか?」

「何があった?」

 俺の問いは丸っと無視しで、同じ質問を重ねるエドの声が妙に硬い。
 締め上げられた両の腕も結構痛かったが、酔っ払いのする事と腕を離してもらうのはひとまず諦めて、俺はエドの質問に答えることにした。

「何も無いよ。一緒にご飯食べてお酒飲んで話して、酔っぱらったルーイを家に送って――」

 俺は途中まで言いかけて考え込んだ。悪酔いして人に吐しゃ物ぶっかけた事など、あまり言いふらされたくない話題だろう。相手がマイロさんならそこら辺の人権は無いから言っちゃうけど、ルーイは落ち込んじゃいそうだからダメだ。

「そ、そんな事よりですね! 俺が個人的にエドに聞いて欲しい話あるんだけど」

 話題を逸らすついでに俺はひとつ思いつく。

「それは、ルーイと、関係がある話か?」

「へ? あー、まぁうん。確かにルーイと話してて気づいたと言いうか、心が決まったと言うか――なっ」

 俺が言葉を選んで逡巡していると、掴まれたままの腕ごと体を引き寄せられ、その勢いで一瞬、エドの高い鼻が俺の鼻先に触れそうなくらいお互いの顔が寄る。
 ゼロ距離で見る表情の抜け落ちたエドはハッとするほど綺麗な顔をしていて、いつもの快活なイメージともまた違い、俺は思わずギャップ萌えと言う奴をしてしまって顔をそむけた。

「ぐぬぅ……酒臭い濡れネズミの癖にこんなの反則だっつーの」

 しかし、ここまで酔っているエドになら変に緊張をしなくて都合が良いと俺は考える。
 もしかしたら明日、目が覚めた時に俺がこれから言う言葉を、エドは何も覚えていないかもしれない。でも、それならそれで良い、これはただの自己満足なのだから。
 だから俺は、今ココで自分の気持ちをエドに伝えようと決めた。

「あの、あのさ。もう相手を決めてるエドには迷惑な話かもしれないんだけど」

「聞きたくない」

 意を決した俺の告白は、エドによってぴしゃりとぶった切られる。
 そのあまりのつっけんどんな物言いに、俺は思わず呆けてしまった。

「……なっ、何だよ! お前なぁ、酔ってるにしてもさっきから俺様が過ぎるぞ! 俺だって必死なんだ、ちょっとくらい聞けよ! 良いかよく聞け、俺はおま――」 



「――黙れっ!!」



 路地に響く突然の怒声に、俺の体がビクッと跳ねる。

「へ? え。……あの、エド、どうした?」

 エドにこんな風に怒鳴られるなど出会ってから初めての事で、俺は情けないくらい狼狽える。
 そして「黙れ」と叫んだきり俯いて身じろぎもしないエドの様子に、俺の背を言い知れぬ不安が這い上がった。
 兎にも角にも掴まれたままの両腕を離してもらおうと、俺が体に力を入れたその時だった。



 ――ぱキッ



 顔の近くで妙に軽い音がして、俺は反射的に音の出所へ視線を向けた。

「……はっ、はっ」

 目に入ったその光景に、俺の口からは声にならなかった息が漏れる。
 どうして? と瞳を動かせば、視覚情報よりもワンテンポ遅れてやってきた痛みでゆがむ視界に、無表情のエドが映った。

「いたい、痛いよ。エド」

 喉から声を絞り出す俺に、エドはゆっくりとその手を開いて俺の右腕を離す。
 エドから解放された俺の右の腕は、肘と手首の真ん中辺りからひしゃげて、腕の先に付いた手首をぷらんとぶら下げていた。
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