仙年恋慕

鴨セイロ

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2章

49.魔女の屋敷 sideエドヴァルド

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 イオが姿を消して、既に八年の月日が経っていた。

 マーナムで共に過ごした倍の時間……。
 それは寿命の短い普通の人間ならば、姿かたちが変わっていても不思議ではない程の時の流れに相当する。

 俺がイオを傷つけてしまった次の日。
 どこからか俺が診療所に運び込まれたことを聞きつけたらしいイオは、俺の病室に一度だけ顔を出したのだと後から聞いた。
 昏睡状態からまだ目覚めていなかった俺の身に、何があったのかをエルフの医者クリストフェルから説明され、いつにない神妙な顔をして出て行ったそうだ。

 その後、俺が目覚めるより先にイオは街を出たらしい。
 でもそこはイオらしいと言うか……、メイリンの端末にしっかりと連絡メッセージを入れてから出て行ったのだ。

 ――ちょっと考え事をしたくて街を離れるけど、お土産は何が良い?――

 メイリンはその一文と、次の日、イオと携帯端末がつながらないと言う焦った俺からの連絡であらかたを把握したようで、事情を説明しようとした俺に『その話は多分、イオりんは第三者に聞かれたくないと思うから話さないで』と、静かに告げた。
 そして黙り込んだ俺に『イオりんが帰ってきたら、ちゃんと話し合いするんだよ』と、いつもの調子で付け足した。

 言われなくとも、もちろん俺はそのつもりであった。
 俺と二人きりは辛い思いをさせるだろうからメイリンかマイロを間に挟む気でいたし、イオが俺を訴えるのならば、それは当然のコトと思っていた。

 だから俺は、イオが戻る日を待った。

 五日経ち、十日経ち……。
 イオを待ちながら淡々と日々を繰り返しているうちに、S級のハンター資格を得たがそこに何の感慨も生まれなかった。

 そうこうしている間に季節はめぐり白い息が零れる冬が過ぎ、大地には春の穏やかな日差しが降り注ぐ。

 しかし、待てど暮らせどイオがマーナムに帰って来る気配はなく、流石に不審に思ったメイリンとマイロがイオの携帯端末に連絡を取ろうとしたが、二人の携帯端末からもイオの携帯端末に繋がる事は無かった。


 そこで俺たちはようやく思い至ったのだ。
 イオは帰らないのではなく、帰れない状態に陥ったのではと……。


 ***


 俺がうたた寝をしている間に、馬車は魔女様の屋敷に着いた。

 今回の依頼の経緯としては、この屋敷に住まう魔女様からの遺跡ダンジョン<忘れられた都アルハト>での不審な魔素値上昇の報告があり、バルファたちが調査に入った結果、飽和魔素解消現象が起きてもおかしくないほどの高濃度の魔素を検知したため、余計な問題が起こる前に浄化してしまえと言う事で、浄化系の最高位魔法を習得している俺と、有事の際に備えて結界魔法を得意とするコンラートが招集されたという訳だ。

 ちなみに魔女様というのは、女性の優秀な魔導士につけられるお決まりの二つ名の様なモノである。

「ようこそいらっしゃいました、ハンター様方」

 そう言って向かい入れてくれた魔女様は……なるほど、絶世の美女だった。

 艶やかな黒髪を結い上げ、知的な光を放つ黒曜石の瞳と緩く弧を描く赤い唇。
 そして、シンプルな黒いドレスに包まれたそのシルエットを見て、バルファとレオンが騒ぐのにも一応の理解はできた。

「初めまして、わたくしはエミリア・フロラと申します。この地にて魔導の研究をしている者でございます。以後お見知りおきを」

 魔女様――エミリアは、初顔合わせの俺とコンラートに優雅に礼をし、俺たちもそれに倣い自己紹介と礼を返す。

「今日はもう日も沈みますし、旅の疲れもありますでしょう? お仕事は明日からにしてごゆるりとお休みくださいな」

 見た目の印象よりずっと柔らかな声音で、エミリアは俺たちを室内へと促す。
 エミリアの言葉に、遠慮なくどかどかと進むバルファとレオンに続いて室内に足を踏み入れた瞬間、俺は妙な魔力の流れを感じ足を止めた。

「?」

「どうしました?」

「んー。いや、何でもない」

 意識を凝らして魔力の流れを追ってみたが、害意などは感じられなかったため俺はコンラートに首を振った。

 魔導研究者の屋敷なら、俺の知らない仕掛けの一つもあるだろうしな。

「はぁ~、疲れた~。馬車やら馬やらの乗り継ぎで地味にお尻が限界なんだよね~」

「同感だ」

 レオンたちは勝手知ったるとばかりに、前回世話になった際に割り当てられたのだろう部屋へ各々向かっていく。

「あの、エミリア女史以外の屋敷の者はどこに?」

「ふふ、よろしければエミリアと呼んでくださいな」

 コンラートがたずねると、エミリアは残された俺とコンラートを部屋に案内しながら微笑む。

 確かにこの広い屋敷で、使用人が先ほどから一人も見当たらないと言うのは不思議である。バルファとレオンの話では弟子が二名いると言う事だったが。

「ごめんなさい。出迎えがわたくし一人では寂しかったですわよね」

「いえ、そんな事は。ただ、この規模の屋敷で人の気配が無いのがちょっと気になりまして」

「あら、隊長バルファさんから伺っていなかったかしら? この屋敷は魔導カラクリで運営されていて、セキュリティーから空気の循環、その他の簡単なお掃除などの人の手は殆ど必要としないのです」

 それまで黙って二人の会話を聞いていたが、その説明を聞いて先程から感じていた違和感に俺はピンとくる。

「なるほど、屋敷に入ってから妙な魔力の流れが気になっていたんだが、この屋敷は“生きた屋敷”なのか、まさか本物にお目にかかる機会に恵まれるとは」

 俺が口を挟むと、エミリアは黒曜石の瞳を見開いた。

「あら、驚いたわ! よくご存じですのね。“生きた屋敷”は大昔に私が勤めていた研究所での発明なのだけど、維持する魔力コストが膨大で、この地の様に龍脈からの魔力を思う存分引ける環境にないと安定した可動が難しくて一般に普及されなかったの。これ、本当に便利だからとっても残念」

 そう言って、はふっとため息をつくエミリアの姿は、どこか無邪気な少女のようで親しみがわく。

 つーか、この魔女様サラッと言ったけど物凄い発明だからな。
 俺の故郷でも屋敷管理の魔導カラクリの導入が一時期検討されていたらしいが、再現が上手くいかず暗礁に乗り上げたままだという話を聞いた事がある。それも、魔力は潤沢にあったのにだ。

 俺は改めて屋敷を見渡す。
 派手さはないが温かみのあるクリームの壁紙とローズウッドで統一された室内、優美なカーブを描く階段、品よく配置されたアンティークな調度品には埃一つ落ちていない。
 まだ俺が幼い頃『広い博物館や図書館で“生きた屋敷”が実用出来たら便利なんだけどなぁー』と、兄貴がぼやいていたのをつい思い出してしまった。

「うふふ、話が逸れましたね。先ほどはお出迎えに出られませんでしたが、この屋敷には弟子たちが二人ほどおります。一人はダンジョンの様子を見にやっていて、もう一人はお夕食を作ってくれています。そんな訳でして、暇なわたくし一人でお出向と相成ったのです」

「はは、なるほど」

 ぱちんと手を叩いて話をまとめたエミリアに、コンラートが苦笑を浮かべて頷いている間に、俺たちの目の前には二つのドアが並んでいた。

「はい、こちらと奥がお二人のお部屋になります。お夕飯をご用意しておりますので、一息つかれましたら一階奥の食堂へいらして下さいね」

 エミリアはそう言ってにっこり微笑むと、黒いドレスの裾を翻し去っていった。


 ***


 旅装束を脱ぎ、部屋に備え付けられた洗面所で顔を洗う。
 どうやらこの屋敷、各部屋にバスルームが備え付けられているようで、王都でもそれなりの宿と同レベルの客室であった。

 部屋の設備にひとしきり感心して部屋を出ると、食堂には俺以外のメンバーが既にそろっていた。

「やぁ、先に頂いていますよ」

 コンラートがスープを掬う手を止めて、俺に声をかける。

「あぁ別に構わん。どーせあいつらに待ては無理だからな」

 視線の先では、バルファとレオンがものすごい勢いで飯をかき込んでいた。

 俺はコンラートの隣に座り、長テーブルの対面でガツガツと食事をする二人を見やる。
 ギルドの飯屋で見れば良い食いっぷりで済むが、こういった出先では家主に申し訳ない粗野さであった。

「まぁそこは種族とか、育った環境の違いだから流してあげて」

 ジト目で二人を見やる俺にコンラートがフォローを入れる。

「いや、あいつ等それなりに振る舞おうと思えば出来るからな? ……まぁ、確かにアレだけの食いっぷりなら、料理を作った者も悪い気はしないかもしれんが」

「はは、そうですね」


「ハンター様、失礼いたします」


 コンラートと話しながらナプキンを二つに畳んでいると、背後から鈴の音の様な可愛らしい声がかけられた。

「スープを温め直してまいりました。他のお料理もただ今お運びいたしますので少々お待ちください」

 言葉と共にそっと俺の前に置かれた皿からは、食欲をそそるビスクスープの香りが立ち込める。

「あぁ、ありが……」

 給仕をしてくれているらしい少女に礼を述べようと振り返ったその瞬間、俺は目を奪われた。



 ――ペリドット。



 あのペリドットの瞳が、そこにあった。

「い、いかがいたしましたか?」

 少女は俺の視線に驚いたように一歩下がる。
 その拍子にふわりと額にかかる栗毛の髪色まで完璧にあの面影と同じで、心臓がドクンと脈を打つのが分かった。


「――あっ、いや。えーっと、君の名を聞いてもいいか?」


 内心の動揺を隠し切れない俺を、コンラートが不審げに見ていることは気付いたが誤魔化す事も出来ない。

「わ、私はイリアと申します。エミリア様より皆様の身の回りのお世話を仰せつかっております。何かございましたらなんなりとお申し付けください」

 少女はスープを運んで来たトレイを両手で抱え、俯きがちにそれだけ言うと、そそくさと食堂から出て行ってしまった。

「も~、イリアちゃんは俺のお気に入りって言ったのに、エドがそんなにじっと見つめたら、人間の女の子はコロッと落ちちゃうからやめて~!」

「あはは。人間の女の子ってエルフに夢見がちですからね。でも、エドもどうしたんです? 彼女を見て何か……動揺があったように見えましたが」

 粗方食事が終わったらしいレオンが、行儀悪くテーブルに肘をつきながら俺に苦情を訴えるが、それを適当にあしらうことも出来ずに固まっていると、コンラートに挙動不審を指摘されてしまう。

「……いや、ちょっと、知り合いを思い出して」

 何とかそれだけを絞り出し、俺は椅子に深く腰掛け目を瞑る。
 ドクドクと脈打つ鼓動がうるさかった。
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