仙年恋慕

鴨セイロ

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2章

71.エンカウント sideエドヴァルド

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 セスから事の次第を聞いた俺は、イリアを……いや、イオを追って屋敷を出た。

 屋敷の裏手から真っ直ぐに森を抜け、イオが向かったと言う魔猿の巣跡を目指すが、早々にイオが森を通っていないだろう事に気がついた。

「あ゛ぁぁぁしまった、そりゃ迂回するよな」

 止めかけた足に再び力を込め、俺は枝から枝へと駆ける。
 イオは今、あの姿なのだ。手入れのされていないこの鬱蒼とした森を突っ切れるわけがない。きっと幾つかある林道のどれかを使っているはずだ。

「何でこう毎度毎度、俺ってやつはイオが絡むと判断力が落ちるっ」

 いつだったか『エド先輩って、好意があらぬ方向に空回りしますよねぇ』と言ったマイロの言葉にはぐうの音も出なかった。イオを庇おうとして、普段ならしないような凡ミスで怪我をし、挙句に意識を飛ばした記憶が蘇る。しかし今は、反省している場合ではない。
 幸い散々俺たちが歩き回ったせいで、この辺の森に住んでいた獣や魔獣、魔物などのモンスターはそのほとんどが今は姿を消している。ならば、闇雲にイオを探すより、目的地に先回りして保護する方が確実であろう。

「まぁ……、イオには迷惑な話かもしれないがな」

 呟いて、自嘲する。

『イリアは自分のカバンを内緒で回収したいって言ってた』

 先程のセスの言葉に、痛める資格も無い胸がズキリと痛む。

 やっぱり俺には見つかりたくないよなぁ。

 アイツは甘い所があるから、俺の不摂生を見かねて食事に気を遣ってくれていたんだろうが、俺がイオにしてしまった仕打ちは決して無かったことには出来ない。
 イオだって、あんな目に合わせた俺に自分の痕跡すら見つけられたくないのだろう。

「だから、正体を明かさないんだろうな」

 だが、日の落ちた森に一人で入ったイオを放っておく事など俺にはできない。
 共にハンターとして活動していた頃だって散々に言ったのだ。夜の森には入るなと、危険なモンスターの脅威は勿論のこと、闇の中で底無し沼に足を取られる可能性だってあるし、密猟者の様な碌でもない輩に遭遇する事だってある。それどころか、今の弱体化しているイオでは転んだだけでも致命傷になりかねない。

 そんなことイオだって分かっているはずだ。それなのに飛び出すなんて……

 俺は森の中で人知れず魔力切れを起こし、動けなくなるイオを想像しかけたが、それを振り払うように足に力を込め森を駆ける。

 落ち着け、大丈夫だ。魔力に余裕はあるとイオはセスに言い残しているし、流石にそこまで考え無しなやつじゃない。

 俺は、セスの言葉を思い出す。

『エミリア師匠には内緒にって言うし、僕にもついて来るなってイリアが言うから』

 初日に敵愾心を向けてきた子供は、どこか憮然とした表情でエミリアには内緒にと言うイオとの約束を守りつつ、かつそれを反故にしない手段として俺に話したのだ。俺の事は気に入らないが、明らかにイオに好意を寄せるレオンや、イオに興味のないバルファよりも、先程のコンラートと俺のやり取りを見て俺が適任だと考えた結果なのだろう。セスにとっては打算なのだろうが、今はその選択に感謝しかない。

「あと、セスが俺に頼ると思い至らなかったイオの詰めの甘さにもな……って、この辺か」

 駆けていた木の上から下草が覆う地面に降り立ち、俺は辺りを見渡す。
 屋敷を出る前に確認した地図によると、近くに沢があるらしく確かに水の流れる音が聞こえた。あとは風が草木を揺らす葉擦れの音、そして暗い森が広がるだけだった。

 数ある種族の中でも、人間は夜目が特に利かない。ゆえに魔法が使えない今のイオは、魔導具のランタンを持って出たとセスは言った。
 俺はしばらくランタンの明かりを探して辺りを歩いてみたが、それらしい光は見当たらない。
 ここに来るまで相当に急いだ自覚もある、途中でイオを抜かしてしまったのだろう。俺は草を掻き分け水の流れる音のする方へと向かって歩く、少し進むと森がひらけて、立派な古木が細い月の微かな光を受けてそびえ立っていた。

「あれが……」

 古木の苔むした根の上には、古ぼけた革製の胸当て、錆び付いたナイフ、きっと元の持ち主のモノであろう骨つきのブーツなど、様々な品が転がっていた。一見、無造作に遺棄されたように見えるそれらは、この古木に住んでいたと言う魔猿のコレクションだ。

 古木はかなりの樹齢なのであろう、そのどっしりとした幹はちょっとした小屋ほどある。
 視線を上げると話に聞いていた大きな穴——うろがあった。地面を軽く蹴り、うろまで登って中を確認すればガラクタが散乱し獣臭が鼻につく。
 森よりも更に暗いうろの中は、流石にエルフの目でも覚束ない。俺は指の先に小さな魔法の光を灯して転がるガラクタに光を翳せば、それは古ぼけた誰かの手帳であり、壊れた髪留めであり、錆び付いたナイフであるのだと視認できた。
 小部屋ほどの空間に集められたそれらは、その殆どがすでに持ち主が亡く、この世に遺された品物だ。何故なら、魔猿は争いを好まず死肉を好む。だからここにあるコレクションの大半は死臭に誘われてやって来た先でついでに運ばれた物——すなわち遺留品なのだ。
 だから、魔猿の巣から行方不明者のゆかりの品が出てくると、家族たちは失踪届を取り下げ、葬式を執り行い遺留品を墓に入れる。

「……っ!」

 遺留品を端から一つ一つ確認していた俺の目に、見覚えのある革のカバンが飛び込んだ。
 慌てて屈んで手に取ると、それは所々に苔だかカビだかが生えてしまっていたが間違いなく——

「イオの物だ」

 これは、イオがマーナムに来て間もない頃に買ったものだ。
 お勧めの皮洋品店を教えるついでに、買い物に付き合った俺が見立てたのだから間違いない。

 俺がそっとカバンのふたを捲ると、中から見覚えのある皮財布と、画面が割れ潰れた携帯端末といくつかの私物が入っていた。
 財布を開くとブチブチと劣化した糸が切れ、中に入っていたカードの類が足元に落ちた。俺はそのうちの一枚を拾い上げる。それは偽造防止の為に、本人の生体情報を組み込んで発行されるこの世でただ一枚のハンター証明書だ。

「イオリ・ヒューガ」

 その表面には、持ち主の名がしっかりと共通語で刻まれていた。

 俺は汗ばむ手でそっとカードを財布に挟み、財布ごとカバンの中に戻す。
 このハンター証明書がここにある事で、イリアはイオリだと言う俺の推測は、物証をもって更に肯定された。
 けれど、これから来るであろう少女の姿をしたイオに、どんな顔を向ければ良いのだろうか……。
 そこまで思考して、俺はそっと息を吐く。

「…………などと、俺が殊勝な態度を取ると思うなよイオ。お前が正体を隠し切れなかった時点で、俺の介入から逃れられないんだよ」

 ドロリとした仄暗い気性が鎌首をもたげ、思わず溢れた地を這うような己の声に、俺はハッとして頭を振った。

「どうにしろ嫌われている身だ、嫌がられたって俺がイオの呪いを放っておく訳がない」

 大体、イオもイオだ。マーナムを出て早々に呪われてずっとあの屋敷に居たのだろうに、俺に連絡をしないのは分かるが、ずっと心配をしていたメイリンや、義弟のテオハルト……は別にいいか。兎にも角にもだ、呪われたまま呑気に女の子の姿で暮らしてる場合じゃ——

「 ッ」

 耳が微かな音を拾った。
 俺は慌てて木のうろから顔を出し、辺りを見渡す。

 パキッ

 今度ははっきりと小枝を踏んだような乾いた音が聞こえた。耳がピクリと反射的に動き、古木のうろがある側の反対側に気配を拾う。
 俺は魔法の光を消しうろを出て、古木の幹を伝って気配の元へと静かに近づく。

「……」

 三日月が作る微かな光に、人影があった。
 纏ったローブのフードを深くかぶっているせいで顔は見えないが、その人影は何かを探す様に、ランタンを地面に置いてしゃがみこんでいる。
 俺は古木の影から出て行くタイミングを見計らった。もしかしたら、俺の姿を見て逃げ出すかも知れない。しかしそっと近付いて驚かすのは何だか可哀想で、俺はわざと足元の枝を踏んで音を立てた。すると、人影はこちらを振り返り——次の瞬間には森へ向かって走りだした。

「イオッ!」

 思わず叫んだが、人影は止まる気配が無かったため俺は多少強引な手段をとらせてもらう。

「風よ、駆ける者の行く手を阻め!」

 魔法で生み出した巻いた風が、逃げ出すローブの人影を浮かせて古木の前の開けた地面に運ぶ。
 俺はすかさずその人影を受け止めようと飛び出……ん、いや、ちょっと待て。
 ソレに気が付いた俺は足を止めた。

「ヴギャッ!!」

 足を止めた代りに再び風を操り、ローブのそいつが地面に落ちる衝撃を和らげようとするが、そいつは何をどうして着地の寸前で風に逆らい、汚い悲鳴を上げたかと思えば——

 ゴッ! ベシャッ

 ジタバタと手足をバタつかせ、如何にも素人な受け身を取ろうとして失敗し派手にスッ転んだ。

「え(困惑)、えぇー(引き)…………コホン、すまん。人違いをしたみたいだ」

 スッ転んだ拍子にフードが脱げ露わになった、待ち人とは似ても似つかないその顔に俺は謝罪を入れながら歩み寄る。
 地面に転がったまま沈黙しているのは、長過ぎる前髪が野暮ったい人間の若い男だった。

「どこか痛むところがあれば治療するが」

 じっとしていれば擦り傷ひとつ付けさせる事は無かったのだが、急いて確認を怠った俺に非がある事だしなと反省しつつ尋ねれば、男は閉じていた目を見開き俺を凝視した。いきなり襲撃紛いの事をされたのだ、その表情も分からなくない。

 しかしまぁ、俺も人の事は言えないが、日没後にこんな場所にいるような奴だし、念の為に拘束すべきかもしれないな。

 と思いつつも、今このタイミングではひたすら面倒だった。出来ればこのままお帰り願いたいところである。

「大丈夫か?」

 応えない男に、俺は重ねて問う。

「…………………………………………エルフだ」

 しばしの沈黙の後、呟かれたのは種族名。

「確かに俺はエルフだが、何か問題か?」

「……最近、ここから北へ半日ほど行った村を襲ったゾンビの軍団を倒したエルフってアンタか」

「だとしたら?」

「ヒ、ヒヒ、ハッハハ、魔猿よりずっと良いっ!」

 男が声を上げたその瞬間——

パンッ

 ギィンッ!

 耳に不快な音が響く。何かの破裂音と共に男から飛ばされた小さな礫を、俺の金属製の籠手が弾いたのだ。

「その引き笑い何と言うか、品がないから気をつけた方が良いぞ」

 俺は依然として横たわったまま肩を震わせ悦っている様子の男を観察する。

 この男、腕を振る動作もなく礫を飛ばした。おそらく身体と地面の間になっている側の手で、隠し持った何かで礫を飛ばしたわけか。

「……にしても」

 弾いて落とした礫を横目で確認すれば、ここ数日ですっかり見飽きた灰色の屑水晶が地面に砕け散っていた。
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