仙年恋慕

鴨セイロ

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2章

70.走れ!イリアちゃん

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 夕暮れに差し掛かると、森はあっという間に闇に沈んでしまう。おい茂る木々が地面に伸びた夕日を通さないからだ。

 俺は白い光が灯った魔導ランタンを手に、トコトコと暗い森の中の道を走っていた。
 気持ち的にはめちゃくちゃ頑張って激走しているのだが、いかんせんこの弱体化した女の子の体ではトコトコ走りが精々なのだ。

「はぁはぁ、夜の森なんかっハンターやってた時だって滅多に入らなかったのにぃ」

 夜の森は恐ろしい。
 日本で生きてた頃に読んだ漫画や小説では、物語の主人公が夜の森へと飛び出して冒険活劇をくり広げる話もあったけど、真っ暗な夜の森、しかもこの世界の危険生物が生息する夜の森を知った俺にいわせりゃあんなの正気の沙汰じゃない。
 明かりを灯し過ぎれば虫系のモンスターが寄ってくるし、かと言って暗く足元すらおぼつかない視界不良の中で鋭い爪や牙の生えた獰猛なのが襲って来てみろ、昼ならば十中八九勝てる相手でもその勝率は簡単に逆転してしまう。

 現に、ハンター時代の俺は危険な夜の依頼はほぼ受けなかった。
 猫獣人のメイリンは勿論、エルフの血を引くエドも人間の俺よりもずっと夜目が効くが、そんな二人ですら『大した利もなくリスクを冒してわざわざ夜の森に入るのは、ただの馬鹿』と言って憚らなかったし、俺が新米ハンターの頃なんか『夜の森には時折、何でこんな浅い森にこんなのが居るんだ!? って、訳が分からんくらい強いモンスターが出たりするからな、運悪く森で夜を迎える事があったら背の高い木に登って、息を潜ませ朝を待つんだぞ』と口酸っぱくエドに言われたものだ。

 まぁ今だから言えるが、八年前にセスを連れてダンジョンから脱出した後、狼に襲われたのは本当に危なかったんだよなぁ……。
 木の上でセスと震えながら朝を待ったあの夜を、俺は今でも時々夢に見てはうなされている。

「って言うか、何よりもまず夜の森じゃなくても真っ暗は普通に怖いんだよ! こんなトコでアンデット系に遭遇するのはホントダメ! ホラーゲームや映画は好きだったけど、現実は洒落にならない! 初めて参加したゾンビ退治は今でもトラウマですー!」

 恐怖心を紛らさんと一人で叫びながら、新米ハンターの頃よりもずっと弱くなった俺は全力でトコトコと走る。

 しかしお前、そんなビビリで八年前よくダンジョンに入ったな。と思われるかも知れないが、緊急事態じゃなきゃ俺だって入りたくなかったさ。あの時は我ながらとても頑張ったなと思っている。

 これは余談だが、国とかの管理下にあって一般開放されているダンジョンは大方の調査がされているので、地図もあるし、自分のレベルにあったダンジョンを選んで、出てくるモンスターの対策をちゃんとして行けば、そうそう死ぬことはない。しかも、ダンジョン入場の届けを出して予定帰還時刻までに戻らなければ捜索をしてくれる。勿論、その際にかかった費用は請求されるが。

 で、俺が八年前に入ったアルハトのダンジョンな、あそこはキチンと管理もされてない……と言うか、雑魚モンスターばかりで碌な素材も剥げないから、わざわざ管理する旨みもない。そんな初級ダンジョンだったのに、俺が入った時はとんでもない級の呪物が潜んでいた。
 稀にダンジョン内に今までなかった部屋や通路が突然現れたりするってのは聞いた事あったけど、おそらく、俺が呪いの仮面に襲われた部屋もそんな感じなんだろうな。

 本当にどんな時もイレギュラーはあるものだと、俺はエドが過去に言っていた言葉の意味を身をもって理解したのであった。

 後にわかった事だが、あの部屋はダンジョンの地図にその存在が載っていなかった。俺はこの通りか弱い女の子になってしまった為に、ダンジョンへ確かめに行くことは出来なかったが、五年前だったかに行われたダンジョン定期調査でも、あの部屋が見つかる事は無かったらしいとエミリア師匠が言っていた。以上、ダンジョン余談終わり。

 しっかし、暗いし怖いし、初夏と言えど森の夜は冷えるしで、常ならば絶対に入ろうとは思わない。
 それなのに俺は今、必死にその夜の森を走っていた。

「ホントにさー、なんでこのタイミングで出てきちゃうのかなぁぁぁ!!」

 そう、俺が危険な夜の森を走っている理由は、半刻ほど前のセスとのやり取りにあった……。


 ***


「え? は!? ちょっ! これ何処にあった!?」

 セスから受け取り、久しぶりに手にする己の得物に、喉から素っ頓狂な声が飛び出す。
 間違いない、これは八年前に狼に刺して、そのまま失くした俺の打神鞭だ。

「だからー、魔獣の巣跡だよ。森を屋敷から見て東の方に行くと大きな木が生えてるだろ、その木の穴の……えーっと”うろ”っていうんだっけ? そのうろの中や木の周りにバラバラ落ちてた落とし物や遺留品の中にあったんだよ。バルファ隊長が言うには、狼の骨もあったから、狼を捕食する様な大型の魔猿かなんかの巣だったんじゃないかーって」

「魔猿……あぁデッカい猿のモンスターか」

「魔猿って、好奇心旺盛で人族の持ち物とか自然にない物とかが大好きで、それで森で遭難して亡くなった人とかの遺品とか巣に持って帰っちゃうんだって」

 どうやら俺が打神鞭を刺した狼は、その魔猿とやらに喰われたのか。うーん、弱肉強食。

「カラスが光りモノ集めるみたいな感じ?」

「うん、そんな感じ。魔猿は戦闘になると頭良くて魔法も使うから結構厄介らしいけど、基本的には森ののんびり屋って言われるくらい穏やかな性格な上に、夜行性で、昼間に見かける事はまず無いんだって、しかもバルファ隊長とかが森で派手に調査してたから巣から逃げちゃってるみたいで、だから今は巣跡ってわけ」

「あー、なるほど。S級ハンターが四人も連日うろついてたらそりゃドラゴンだって逃げ出すわな」

 セスと話しながら、俺は打神鞭を手の中でくるりと回し握ってみる。
 打神鞭は、氣を込めねば棒状の柄の部分しかない。氣を使える仙人以外にはただのガラクタだ。しかし見る人が見れば、何某の魔導具のようだな? とは分かるらしいので弄られたり、売り払われる危険がある。なので、魔猿の所にあったのは不幸中の幸いだったかもしれない。お陰様で、打神鞭には欠けの一つもなく、どこにも壊れた様子はなかった。が、念のため寝る前に氣を込めて動作チェックしてみるかと思いながら、俺は打神鞭をスカートのポケットにしまった。
 寝る直前なら、今日の分の魔力を氣に変換して使い切ってもそのままベッドで寝ちゃえば魔力を即充電モードに入れるからな。

 しっかし、打神鞭が俺のところに戻って来るなんてなぁ……。
 正直なところ、俺が実家に連絡をとらなかった理由には、打神鞭を無くした事も含まれていた。義父であり仙人としても師匠である敬愛するジローさんからもらった、貴重なアイテムを無くしてしまったのは流石に俺だって言い出しづらかったのだ。

「いやー、これで一つ憂いが消えた! 打神鞭を持って帰って来てくれてありがとな、セス!」

「へへ、こっそり持って来たからバルファ隊長には内緒だよ」

「当然!」

 礼を言いながら、セスの頭を両手でぐりぐりと撫でれば「えへへ」と得意そうにニコニコするセスはたいそう可愛らしい。最近はちょっとお年頃で生意気を言うこともあるが、本当に良い子に育ってくれたものだ。

 にしても、ハンター達に回収される前にセスが打神鞭を見つけてくれて本当に助かった。エドが見たら一発で俺の物だってバレてたからな。危ない危ない。

「あ、そう言えば」

「ん?」

 俺がセスの頭を撫でくりまわしていると、なすがままだったセスが思い出したように携帯端末を取り出した。それはエミリア師匠がセスに渡している何の変哲もない、通話とメール、あと写真と動画が撮れる程度のお子様ケータイの様なモノなだ。その端末を操作して画面に映し出した写真をセスが俺に見せる。

「これ、ほかにも色々落ちてたの撮影して記録してたんだけど」

「うん? わー、ホントにいっぱいあるんだな」

 セスが見せてくれたのは、例の魔猿の巣跡の中の様子だった。薄暗い穴の中に様々なものが所狭しと詰め込まれていて、ここの家主のコレクター魂が伝わってくる。

「そうじゃなくて! ここ見て、この……これ」

 俺がぼんやりと画像を見ていると、セスは写真の一部をぐいーんと拡大して、薄汚れたこげ茶の――

「ん? あれ、このカバン……」

「あ、やっぱりコレもだったのかー、確認する前にレオンさんとコンラートさんのケンカの音がして、バルファ隊長にいったん戻るぞって言われちゃったんだよねぇ」

 俺の反応を見て、セスは眉をさげる。

「隊長さん達にカバン回収されちゃうと、イリア困る感じなんだろ?」

 セスの言葉に俺は頭を抱えた。
 セスが俺に見せたソレは、八年前に打神鞭と共に無くした俺のカバンだったのだ。


 ***

 っという訳で、俺は暗い森をトコトコ駆け抜けているのだ!

「そうだよな、打神鞭があったて事はあの時に落としたカバンだって魔猿氏に回収されてても不思議じゃないんだよぉぉぉ!!」

 カバンの中には財布や身分証が入っていた。もし、中身がそのままだとかなりまずい。明日の遺留品回収で、確実にエドに俺の私物が渡ってしまう。

 それだけは絶対に阻止したい、何としてもカバンを回収しなければ!

「そうしないと、俺がここら辺に来たことが割れて何やかんやで、芋蔓式にイリアちゃんが俺だとバレる気がする! あいつは何だかんだ頭が良いんだ!」

 と、言う焦りに突き動かされ、俺は屋敷を飛び出したのだ。

「はぁはぁ、それにしても、あんなに小さな頃に見た打神鞭やカバンを覚えているなんて、セスの記憶力に感謝だ」

 幸い、連日のS級ハンター達の調査でこの辺にいた獣や魔獣、魔物などと言ったモンスターたちは姿を消している様で、そちらの危機はそこまで心配ないようなのが救いだ。まぁ、その辺は読み通りだったのだが……

 うん、めちゃ苦しい。

 呪いのせいで体力の落ちた身体だと分かっていたが、走り回る事のない日常生活ではさほど不便を感じる事は無かった。だから俺は、まさか自分がここまで走れないなんて思っていなかったのだ。

「ヒー ヒー ヒー ヒー」

 もはや走っていると言うより、ふらふらと盆踊りを踊る酔っ払いみたいな足取りになっていた。それでも無理に上げようとした足がもつれて、あっと思った次の瞬間に俺は顔面から地面にベショっと突っ込んでしまった。

「い、痛い。顔から転ぶなんて」

 己の体力を過信していたつもりは無かったが、想像以上の体たらくぶりに割と真面目に凹みながら、地面にのびたままの体勢で俺は息を整える。
 のんびりしている暇は無い。

「よっこいしょ」

 身体を起こす手のひらも、膝もドロドロに擦りむけてジンジンと痛んだ。
 ハンターの頃の戦闘時は臨機応変に強化を自身にかけていたものだが、何もしていない体は転んだ程度で皮が剥け血が滲む。ただの生身はこんなにも脆いんだよなぁと、今更なことを思いながら俺は疲労で重たくなった足に力を込めた。

「まだ数時間は余裕あると思うけど、魔力切れおこしたらアウトだからな」

 そう、俺には魔力切れと言うタイムリミットがある。
 これこそが八年間、エミリア師匠の屋敷を離れられない理由でもあるのだ。

 さっきのエドとエミリア師匠の会話では二人とも導魔術的な造詣が深いので、阿吽の呼吸でかいつまんで話していたが、もう少しかみ砕くと、現状の俺は呪いのせいで生命力が弱くなり弱体化していて、そのままだと身体が呼吸すら出来なくなり命に関わる。と言うか、死んでしまう。
 そこで魔力だ。この世に生きる生き物の魔力は、心臓あたりにある核と言う器官から湧く原初の力という生命力から生まれるものなので、逆に魔力を外部から流し込んでそれを生命力に変換することで、呪いで失われる生命力を補って俺はこの八年を生きながらえている。

 要するに、俺は夜の寝ている間に魔力を外部から補充して生きている訳だな。何で寝ている間かと言えば、補充してる間はその場から動けないので、寝てる時にやっちゃえば効率が良いよね! ってだけである。
 ちなみに、屋敷を離れてもすぐパタリと倒れるわけではなく、現状の様に身体に溜め込んだ魔力が切れるまでは動き回れる。

「今日は後四時間は魔力残量が余裕だから、カバンを回収して、ダッシュで戻れば問題ない!」

 しかし油断は禁物だ。
 体力を結構使っているし、体力を補うために魔力もそれに応じて消費されているだろうから、さっさと戻るのに越した事は無い。

 目的地までは屋敷から森を抜けて真っ直ぐ進めば大したことない距離だったが、今の弱体化した俺の身体では道なき森の中を走る事は容易では無い。だから遠回りを承知で、この辺りに住む人間たちが作った林道を走っていたが、道の脇に小さな沢が見えたところで俺は森の奥へと入った。この沢に沿って進めばあと三十分程度で巣跡のある木にたどり着くはずだ。

 ランタンの小さな明かりを頼りに、笹のような大きな葉を茂らせた草をガサガサとかき分けて進む。
 やはりと言うか、S級ハンターたちが散々闊歩してくれたおかげで森には獣や魔獣の気配はない。ただただ風が木々を揺らす葉擦れの音だけが、引いては寄せてる波ように満ち、夜の静寂を際立たせていた。

「ゼェハァゼェ」

 俺は再び二度ほど転んでから、水辺のぬかるんだ地面を歩く事を諦め、ふくらはぎほどの深さの沢の中をザバザバと進む。ずいぶん暖かい季節になって来たとはいえ、山から森へと流れ出る沢の水は酷く冷たい。今はもう完全に日も落ちているので尚更だ。

 今更だが、俺が着ていたエミリア師匠が選んで買ってくれた清楚かつ可愛らしいワンピースは、もはや見る影もないほどにドロドロのぐちゃぐちゃになってしまっている。それを申し訳ないと思いながらも、俺は足を止めない。

「ハァハァ、頑張れ俺」

 足にまとわりつく濡れたスカートをたくし上げて結び、沢をさらに進めば、今の俺の身長の二倍ほどの小さな滝が現れた。

「この滝を登れば、目的の巣跡は目と鼻の先のはず」

 俺は沢からあがって、少し迂回し滝の分の高低差のある斜面を登る事にした。たとえ小さな滝といえど勢いよく水の落ちてくる垂直の岩壁を、今の姿で登るのは無理だからだ。

「よっと」

 俺は顔の高さに生えた雑草を、沢の水の冷たさでかじかんだ手でつかみ、張り出した木の根に冷え切った足を掛けて体を上げようとした。その時だった――

「イオッ!」

「へ?」

 突然、名を呼ばれた俺の足は驚きにビクンと痙攣し重心が後ろに傾いた。
 咄嗟に 受け身をとらねば! と、気持ちは反応したが疲労し冷え切った手足はもたついて――

 ゴンッ!

 地面に張った太い木の根でしたたかに頭を打った俺は、あっさり意識を手放した。 
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