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2章
74.してない……してない!?
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「って言うか、やっぱりセスかー!」
「セスを責めてやるなよ」
ベッド横の椅子で林檎と桃を足して割った様な果物の皮を剥きながら、エドが俺にやんわりと釘をさす。
「分かってるよ」
飛び出した俺を心配したセスは、俺が言ったエミリア師匠には内緒と言う約束は守りつつも反故にしない策として、エドを頼ったらしい。
聞く感じでは、セス的には俺をこっそり見守って欲しかったぽいが、その時点で俺の正体に気が付いていたエドには、こっそりする気とか無かったんじゃないかなと。
「まぁセスには俺の事情を詳しく話してないから、仕方なかったもんなぁ」
そう、俺はエドに正体を明かす気は無かった。だからセスに余計な気を使わせるのもなーと、エドと元の姿の俺が知り合いだと言うことは何も話していなかった。
だからセスにしてみれば、呪いで弱体化してるくせに屋敷から飛び出した無謀な俺を心配して、身近な大人に助けを求めただけなのだ。
エミリア師匠は先ほど顔を出して、意味深な満面笑顔で俺とエドを交互に見て出て行ったが、セスはまだ顔を見せてくれない。
おそらくエミリア師匠から何らかの説明を受け、聡いあの子は俺の事情を察し、成り行きとは言えエドに俺の行き先を教えてしまった事を気にしているのだろう。
絶っ対、気に病んでるよなぁ……早くセスに会いに行って、心配させて不安にさせてごめんって伝えないと、むしろ結果的にセスのおかげで丸く収まった感じだし。
本当なら直ぐにでもセスを安心させてやりたいのだが、魔力切れを一度起こすと、体の中で色々なバランスが崩れるらしく俺は今、立ち上がるだけでも酷い眩暈に襲われるためベッドの住民となっていた。
この状態があと数日は続くらしく正直、トイレに行くのもしんどい。
「……やはり、俺に見つかるのは嫌だったよな」
早く本調子にならないかなぁと思いながら、剥いてもらった果物をもぐもぐと頬張る俺にエドが小さく呟いた。
「へ?」
「俺は、お前に謝っても許されない事をした」
ゴクリっと甘い果実を飲み込んで、許されない事とは? と聞き返そうとし、すんでのところで思い至る。
「あ、あ、あー。それは、あの、別に、気にして無いってゆーか」
蘇る路地裏での記憶に、顔が一瞬で熱くなる。きっと俺の顔はいま、茹でたタコのごとく真っ赤になっている事だろう。
「気にして無かったら、俺に連絡してくれたはずだろ……俺が気が付かなかったら、イオは、こんなに近くに俺が居ても正体を明かすつもりは無かった」
「や、そこは、ちょっと、違う事情がですね」
ホレ、お前が結婚したとか、ヤレ、お前が結婚したとかの事情があったじゃん! と流石に直球で言えず口をモゴモゴさせていれば、エドは急にしおしおと項垂れ、床と見つめ合ってんのかって感じで俺を見ない。
「違わないだろ、あんな厄介な呪いを受けて俺に相談してくれない理由なんてそれくらいしか」
「だから、そうじゃなくて」
「俺のせいで」
「いや、だから」
「本当に、すまない」
「……うむむ」
自分の非ばかりを口にして頑ななエドに、俺はこれじゃ埒が明かないなと閉口した。
もしかして、エドはあの時の事を俺よりずっと気にしているのかも? うーん、確かにエドは基本的に善性の男だと思うし、俺も逆の立場なら申し訳なさでしおしおになるかも……まぁ俺がエドをどうこうするとか、天地がひっくり返っても無理だろうけど。
急に黙り込んだ俺の様子を伺うように、エドがゆっくりと顔を上げ——あれ? っと俺の目は釘付けになる。
え、なんかエドのエルフ耳へにょってない? お前の耳ってそんな垂れるの!?
「イオ、俺はどうしたら償えるだろうか」
「何それ! 可愛いっ!!」
「か、かわ?」
「っじゃなかった! えっとその、エドは謝んなくていいよ。原因つか、犯人? 知ってるし、それよかそのお耳ってゆーか、えっと、俺が正体言わなかった理由だろ? そんなの、結婚してるからと言いますか、あの、そちらのお耳を、ちょっと触っても良いですかねっ!?」
長い耳をへにょらせたレアでなんか可愛いエドに、心臓を鷲掴みにされてしまった俺は、両手をワキワキさせながらベッドの上を膝で移動しエドににじり寄る。
「けっこん?」
俺の接近にも無防備で、どこかポカンとしたエドのこぼした言葉に、俺はうっかり口を滑らせて本音をポロッとしてしまった事に気がついた。
「はっ!!」
今まさにエドのお耳をグワシッと掴もうとした両手で己の口を塞ぐも、一度出した言葉は戻らない。俺は「えっとえっと」と、しどろもどろになりながら咄嗟に弁解を試みる。
「だ、だってさ、他の人と結婚してんのにエドを頼るとか出来ないっていうか、癪っていうか、あっ今のは無しで! とにかく、エドが気にしてる事は全然関係ないから! エドも言った通り、俺も厄介な呪いだって分かってたから余計な心配かけたく無かったの! 同じ理由でエド以外にも連絡してなかったし!」
「…………つまり、イオは結婚したから連絡しなかったし正体も言わなかった?」
「そう!」
一方的な謝罪からやっと会話になったと、前のめりに頷いた俺にエドは続ける。
「あいては?」
「は?」
そんなの俺が知る訳ないし、逆にこっちが聞きたいくらいなんだけども?
「どこの、どいつだ?」
こいつ何言ってんだと訝しんでいれば、いつの間にか何故だか虚な目をしたエドが抑揚のない声で問うてくる。心なしか不穏な気配を醸している気もするし、さっきまで可愛いへにょだったエルフ耳はピンとして、微妙に耳先が下がっている。イカ耳の猫ちゃんみたいで、これまた可愛い。しかし——
「え、何その反応?? てか、そんなの俺が知る訳ないじゃん」
「やしきに、いるのか? まさか、エミリアかセスか?」
「ちょっ! 待て、待て!」
様子のおかしくなったエドが、ゆらりと椅子から立ち上がりドアに向かおうとするのを、俺はベッドから身を乗り出しその腰にしがみついて引き留める。
「はなしてくれイオ、おれは、はなしを——」
「待てって言ってんだろ! てか、俺たちさっきから話が噛み合ってなくないか? 合ってないよな!?」
「いやまてよ、このはちねんイオのせきに、へんこうはなかった。つまり、ほうてきな、こうそくりょくはない」
「っだから、お前は人の話を聞けー!」
腰に引っ付いた俺をそのままに、エドは顎に手を当て何やらぶつぶつ独り言を始める。
しかしエドがぶつぶつ言い出した内容で、俺はそのお門違いな勘違いに気がついた。
せき? せき……あ! 籍か? え、俺の籍!? あ゛ー、そっちかよ!!
「もぉ~違う! 俺じゃなくて、エドが結婚したからだよ! お前の家庭に水をさしたく無いって思ったの! あと、お前はちゃんと奥さんのいる家に帰って、ご飯食べて寝て、健康的な生活をし——」
ぽすんっ
俺はエドの勘違いを訂正し、ついでに乱れてる様子の生活についてもここぞとばかりに小言を続けた。が、『貴方いま無理をしましたね!』とばかりにやってきた酷い目眩に襲われ、そのまま布団の海に撃沈する。
「あ゛ぁ、もう、ホント、何なんだよぉ~あ゛ぁ、馬鹿みたいに目が回る~」
俺が目をぐるぐる回していると、ヒンヤリと冷たい手が額に置かれた。魔法で冷気を纏わせたエドの手だ。
冷えた手の気持ちよさに息をつく俺と、椅子に座って無言のエド、窓の外からは小鳥のさえずりがかすかに聞こえる。
「……イオは、結婚してないんだな?」
短い沈黙の後に、エドが俺に問う。
「する訳ないだろ! こちとら呪われてんだぞ! 婚活しとる場合か!?」
俺は布団にめり込んだまま声を上げるが、再び眩暈がぶり返し ぐふぅ と、さらに布団にめり込む。
「それは、確かに」
ウンウンと唸って眩暈をやり過ごす俺の背中を、エドの大きな手がさすってくれる。パジャマの布地が擦れる乾いた音がやけに耳についた。
そう言えば俺、エドに結婚おめでとうって言えてないんだよな……それに、エミリア師匠と既婚者のエドを落とせとか何とか滅茶苦茶に駄目な会話もしてたわ。あれは普通に人として駄目すぎる。
いつまでも片想いを拗らせてる場合じゃ無いし、ここでおめでとうって言えなきゃ友だち失格だよな。
覚悟を決めると、眩暈の落ち着いたタイミングで俺はのそりとシーツから起き上がり、ベットの上で正座をする。そして、膝の上で握った拳にぐっと力を入れた。
「エド、あの、今更なんだけど、その、け、け、結婚……おめでとう」
喉に声が絡まってしまい、俺は我ながら情けないぼそぼそ声の祝辞を捻り出した。
自身の言葉に、じわりと胸が痛みを訴える。
「言うの、遅くなってごめん」
八年前の俺は、当たって砕けろ覚悟でエドに自分の気持ちを伝えたいと思ってた。
今となってはそれも出来ない。流石に既婚者に告白するほど、常識とか倫理観の無いお馬鹿さんじゃない。
「……」
「エド?」
何も返してこないエドに不安になって視線を上げれば、エドはどこか困ったように眉をハの字にして口を開いた。
「イオ、俺は……」
はっ! どうしよう、奥さんとの惚気とか馴れ初めとか語られたら、絶対に顔が引き攣る!
瞬間的に、一番辛いエドからの返しの想像をした俺は、衝撃に備えるように、続く言葉を目をギュッと閉じて待つ。
……、……待った。
ぼちぼち待った。
しかし、待てど暮らせど……と言うほどではないが、一分、二分、三分と経っただろうに惚気の沙汰はなく。意を決して目を薄くあけた瞬間、ふふっと息を吹き出す気配で、俺はエドが笑った事に気がついフガッ
「にゃ、にゃにするんだよ!」
「あははは!」
俺は自分の鼻を摘んだエドの手を、ペチリと叩き落とした。何を思ったのか、エドは俺の鼻を突然むぎゅっと摘んだのだ。痛くはないけど、いきなり訳が分からない。
「こっちは真面目に——」
「ふ、ふはっあははっ」
「あーもー! はいはい、おめでとさん!」
唐突に笑い出したエドに、俺は鼻をさすりながら、おざなりに返す。
確かに未練が隠しきれなくて、心はあまり篭ってないかもしれないが、祝いの言葉を混ぜっ返さなくても良いじゃないかと膨れていれば、エドの両手が俺の顔を掬うみたいに捕まえた。
「っな、何なんだよ。さっきから」
俺の膨れっ面を覗き込んだエドは、目を細めてふはっとまだ笑う。その顔がまたカッコ良くて何だか狡い。
「イオ」
「なんだよ」
俺はエドの様子にちょっとムッとして、ぶっきらぼうに返す。声が可愛いソプラノなので迫力はイマイチだ。
「俺は結婚なんぞしていない」
「はいはい、してない、してない」
俺はエドから目を逸らしながら、もう少しドスの効いた声を出せないものかと思案しつつ、エドの言葉を反芻する。
はいはい、してない、してない、してないってのは何だっけ、何をしてな——あれ?
「してない?」
思わず声が出て、今度は俺がエドの顔を覗き込む。
「そうだ。俺は結婚していない」
「……エドは、結婚してない?」
「そう」
繰り返した俺に、エドは満足そうに頷く。
「まぁ俺にめでたい事があったと言えば、ついにイオを見つけた事だが、探していた本人からおめでとうと言われるのは何だか違う気がするしな」
言いながらエドは俺の頬から手を離した。
「兎にも角にも、俺は独身のままだし、帰りを待つ妻など居ない。故に、イオが気にしていた俺を頼るに憂う理由は無いと判断して良いんだよな?」
「……え、えーと、まぁそうなるのか? てか、エド、本当に結婚してないの?」
えっ、でも、だって、と混乱した頭で、俺はもう一度エドに確認をする。
「あぁ、してない。大体、イオはどうしてそんな勘違いをしているんだ?」
苦笑しながら首を傾げるエドを、俺はまじまじと見つめる。色んな感情が駆け巡り、心臓がバクバクとうるさい。と言うか……さ
「か、勘違い」
……ぱたり
「イオ!?」
感情の許容量を超えた俺は、自らベッドに沈むみこんだ。
俺は、なんかもう色々と疲れたよ。
グッタリとした俺の目に映るエドのエルフ耳が、ご機嫌そうにピコピコと跳ねていた。
「セスを責めてやるなよ」
ベッド横の椅子で林檎と桃を足して割った様な果物の皮を剥きながら、エドが俺にやんわりと釘をさす。
「分かってるよ」
飛び出した俺を心配したセスは、俺が言ったエミリア師匠には内緒と言う約束は守りつつも反故にしない策として、エドを頼ったらしい。
聞く感じでは、セス的には俺をこっそり見守って欲しかったぽいが、その時点で俺の正体に気が付いていたエドには、こっそりする気とか無かったんじゃないかなと。
「まぁセスには俺の事情を詳しく話してないから、仕方なかったもんなぁ」
そう、俺はエドに正体を明かす気は無かった。だからセスに余計な気を使わせるのもなーと、エドと元の姿の俺が知り合いだと言うことは何も話していなかった。
だからセスにしてみれば、呪いで弱体化してるくせに屋敷から飛び出した無謀な俺を心配して、身近な大人に助けを求めただけなのだ。
エミリア師匠は先ほど顔を出して、意味深な満面笑顔で俺とエドを交互に見て出て行ったが、セスはまだ顔を見せてくれない。
おそらくエミリア師匠から何らかの説明を受け、聡いあの子は俺の事情を察し、成り行きとは言えエドに俺の行き先を教えてしまった事を気にしているのだろう。
絶っ対、気に病んでるよなぁ……早くセスに会いに行って、心配させて不安にさせてごめんって伝えないと、むしろ結果的にセスのおかげで丸く収まった感じだし。
本当なら直ぐにでもセスを安心させてやりたいのだが、魔力切れを一度起こすと、体の中で色々なバランスが崩れるらしく俺は今、立ち上がるだけでも酷い眩暈に襲われるためベッドの住民となっていた。
この状態があと数日は続くらしく正直、トイレに行くのもしんどい。
「……やはり、俺に見つかるのは嫌だったよな」
早く本調子にならないかなぁと思いながら、剥いてもらった果物をもぐもぐと頬張る俺にエドが小さく呟いた。
「へ?」
「俺は、お前に謝っても許されない事をした」
ゴクリっと甘い果実を飲み込んで、許されない事とは? と聞き返そうとし、すんでのところで思い至る。
「あ、あ、あー。それは、あの、別に、気にして無いってゆーか」
蘇る路地裏での記憶に、顔が一瞬で熱くなる。きっと俺の顔はいま、茹でたタコのごとく真っ赤になっている事だろう。
「気にして無かったら、俺に連絡してくれたはずだろ……俺が気が付かなかったら、イオは、こんなに近くに俺が居ても正体を明かすつもりは無かった」
「や、そこは、ちょっと、違う事情がですね」
ホレ、お前が結婚したとか、ヤレ、お前が結婚したとかの事情があったじゃん! と流石に直球で言えず口をモゴモゴさせていれば、エドは急にしおしおと項垂れ、床と見つめ合ってんのかって感じで俺を見ない。
「違わないだろ、あんな厄介な呪いを受けて俺に相談してくれない理由なんてそれくらいしか」
「だから、そうじゃなくて」
「俺のせいで」
「いや、だから」
「本当に、すまない」
「……うむむ」
自分の非ばかりを口にして頑ななエドに、俺はこれじゃ埒が明かないなと閉口した。
もしかして、エドはあの時の事を俺よりずっと気にしているのかも? うーん、確かにエドは基本的に善性の男だと思うし、俺も逆の立場なら申し訳なさでしおしおになるかも……まぁ俺がエドをどうこうするとか、天地がひっくり返っても無理だろうけど。
急に黙り込んだ俺の様子を伺うように、エドがゆっくりと顔を上げ——あれ? っと俺の目は釘付けになる。
え、なんかエドのエルフ耳へにょってない? お前の耳ってそんな垂れるの!?
「イオ、俺はどうしたら償えるだろうか」
「何それ! 可愛いっ!!」
「か、かわ?」
「っじゃなかった! えっとその、エドは謝んなくていいよ。原因つか、犯人? 知ってるし、それよかそのお耳ってゆーか、えっと、俺が正体言わなかった理由だろ? そんなの、結婚してるからと言いますか、あの、そちらのお耳を、ちょっと触っても良いですかねっ!?」
長い耳をへにょらせたレアでなんか可愛いエドに、心臓を鷲掴みにされてしまった俺は、両手をワキワキさせながらベッドの上を膝で移動しエドににじり寄る。
「けっこん?」
俺の接近にも無防備で、どこかポカンとしたエドのこぼした言葉に、俺はうっかり口を滑らせて本音をポロッとしてしまった事に気がついた。
「はっ!!」
今まさにエドのお耳をグワシッと掴もうとした両手で己の口を塞ぐも、一度出した言葉は戻らない。俺は「えっとえっと」と、しどろもどろになりながら咄嗟に弁解を試みる。
「だ、だってさ、他の人と結婚してんのにエドを頼るとか出来ないっていうか、癪っていうか、あっ今のは無しで! とにかく、エドが気にしてる事は全然関係ないから! エドも言った通り、俺も厄介な呪いだって分かってたから余計な心配かけたく無かったの! 同じ理由でエド以外にも連絡してなかったし!」
「…………つまり、イオは結婚したから連絡しなかったし正体も言わなかった?」
「そう!」
一方的な謝罪からやっと会話になったと、前のめりに頷いた俺にエドは続ける。
「あいては?」
「は?」
そんなの俺が知る訳ないし、逆にこっちが聞きたいくらいなんだけども?
「どこの、どいつだ?」
こいつ何言ってんだと訝しんでいれば、いつの間にか何故だか虚な目をしたエドが抑揚のない声で問うてくる。心なしか不穏な気配を醸している気もするし、さっきまで可愛いへにょだったエルフ耳はピンとして、微妙に耳先が下がっている。イカ耳の猫ちゃんみたいで、これまた可愛い。しかし——
「え、何その反応?? てか、そんなの俺が知る訳ないじゃん」
「やしきに、いるのか? まさか、エミリアかセスか?」
「ちょっ! 待て、待て!」
様子のおかしくなったエドが、ゆらりと椅子から立ち上がりドアに向かおうとするのを、俺はベッドから身を乗り出しその腰にしがみついて引き留める。
「はなしてくれイオ、おれは、はなしを——」
「待てって言ってんだろ! てか、俺たちさっきから話が噛み合ってなくないか? 合ってないよな!?」
「いやまてよ、このはちねんイオのせきに、へんこうはなかった。つまり、ほうてきな、こうそくりょくはない」
「っだから、お前は人の話を聞けー!」
腰に引っ付いた俺をそのままに、エドは顎に手を当て何やらぶつぶつ独り言を始める。
しかしエドがぶつぶつ言い出した内容で、俺はそのお門違いな勘違いに気がついた。
せき? せき……あ! 籍か? え、俺の籍!? あ゛ー、そっちかよ!!
「もぉ~違う! 俺じゃなくて、エドが結婚したからだよ! お前の家庭に水をさしたく無いって思ったの! あと、お前はちゃんと奥さんのいる家に帰って、ご飯食べて寝て、健康的な生活をし——」
ぽすんっ
俺はエドの勘違いを訂正し、ついでに乱れてる様子の生活についてもここぞとばかりに小言を続けた。が、『貴方いま無理をしましたね!』とばかりにやってきた酷い目眩に襲われ、そのまま布団の海に撃沈する。
「あ゛ぁ、もう、ホント、何なんだよぉ~あ゛ぁ、馬鹿みたいに目が回る~」
俺が目をぐるぐる回していると、ヒンヤリと冷たい手が額に置かれた。魔法で冷気を纏わせたエドの手だ。
冷えた手の気持ちよさに息をつく俺と、椅子に座って無言のエド、窓の外からは小鳥のさえずりがかすかに聞こえる。
「……イオは、結婚してないんだな?」
短い沈黙の後に、エドが俺に問う。
「する訳ないだろ! こちとら呪われてんだぞ! 婚活しとる場合か!?」
俺は布団にめり込んだまま声を上げるが、再び眩暈がぶり返し ぐふぅ と、さらに布団にめり込む。
「それは、確かに」
ウンウンと唸って眩暈をやり過ごす俺の背中を、エドの大きな手がさすってくれる。パジャマの布地が擦れる乾いた音がやけに耳についた。
そう言えば俺、エドに結婚おめでとうって言えてないんだよな……それに、エミリア師匠と既婚者のエドを落とせとか何とか滅茶苦茶に駄目な会話もしてたわ。あれは普通に人として駄目すぎる。
いつまでも片想いを拗らせてる場合じゃ無いし、ここでおめでとうって言えなきゃ友だち失格だよな。
覚悟を決めると、眩暈の落ち着いたタイミングで俺はのそりとシーツから起き上がり、ベットの上で正座をする。そして、膝の上で握った拳にぐっと力を入れた。
「エド、あの、今更なんだけど、その、け、け、結婚……おめでとう」
喉に声が絡まってしまい、俺は我ながら情けないぼそぼそ声の祝辞を捻り出した。
自身の言葉に、じわりと胸が痛みを訴える。
「言うの、遅くなってごめん」
八年前の俺は、当たって砕けろ覚悟でエドに自分の気持ちを伝えたいと思ってた。
今となってはそれも出来ない。流石に既婚者に告白するほど、常識とか倫理観の無いお馬鹿さんじゃない。
「……」
「エド?」
何も返してこないエドに不安になって視線を上げれば、エドはどこか困ったように眉をハの字にして口を開いた。
「イオ、俺は……」
はっ! どうしよう、奥さんとの惚気とか馴れ初めとか語られたら、絶対に顔が引き攣る!
瞬間的に、一番辛いエドからの返しの想像をした俺は、衝撃に備えるように、続く言葉を目をギュッと閉じて待つ。
……、……待った。
ぼちぼち待った。
しかし、待てど暮らせど……と言うほどではないが、一分、二分、三分と経っただろうに惚気の沙汰はなく。意を決して目を薄くあけた瞬間、ふふっと息を吹き出す気配で、俺はエドが笑った事に気がついフガッ
「にゃ、にゃにするんだよ!」
「あははは!」
俺は自分の鼻を摘んだエドの手を、ペチリと叩き落とした。何を思ったのか、エドは俺の鼻を突然むぎゅっと摘んだのだ。痛くはないけど、いきなり訳が分からない。
「こっちは真面目に——」
「ふ、ふはっあははっ」
「あーもー! はいはい、おめでとさん!」
唐突に笑い出したエドに、俺は鼻をさすりながら、おざなりに返す。
確かに未練が隠しきれなくて、心はあまり篭ってないかもしれないが、祝いの言葉を混ぜっ返さなくても良いじゃないかと膨れていれば、エドの両手が俺の顔を掬うみたいに捕まえた。
「っな、何なんだよ。さっきから」
俺の膨れっ面を覗き込んだエドは、目を細めてふはっとまだ笑う。その顔がまたカッコ良くて何だか狡い。
「イオ」
「なんだよ」
俺はエドの様子にちょっとムッとして、ぶっきらぼうに返す。声が可愛いソプラノなので迫力はイマイチだ。
「俺は結婚なんぞしていない」
「はいはい、してない、してない」
俺はエドから目を逸らしながら、もう少しドスの効いた声を出せないものかと思案しつつ、エドの言葉を反芻する。
はいはい、してない、してない、してないってのは何だっけ、何をしてな——あれ?
「してない?」
思わず声が出て、今度は俺がエドの顔を覗き込む。
「そうだ。俺は結婚していない」
「……エドは、結婚してない?」
「そう」
繰り返した俺に、エドは満足そうに頷く。
「まぁ俺にめでたい事があったと言えば、ついにイオを見つけた事だが、探していた本人からおめでとうと言われるのは何だか違う気がするしな」
言いながらエドは俺の頬から手を離した。
「兎にも角にも、俺は独身のままだし、帰りを待つ妻など居ない。故に、イオが気にしていた俺を頼るに憂う理由は無いと判断して良いんだよな?」
「……え、えーと、まぁそうなるのか? てか、エド、本当に結婚してないの?」
えっ、でも、だって、と混乱した頭で、俺はもう一度エドに確認をする。
「あぁ、してない。大体、イオはどうしてそんな勘違いをしているんだ?」
苦笑しながら首を傾げるエドを、俺はまじまじと見つめる。色んな感情が駆け巡り、心臓がバクバクとうるさい。と言うか……さ
「か、勘違い」
……ぱたり
「イオ!?」
感情の許容量を超えた俺は、自らベッドに沈むみこんだ。
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インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
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