リズの冒険日記

輝安鉱

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登録手続き

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 村を出てから海を渡り、ひと月。

 船を下りてさらに半月歩いたところ。
 たくさんの建物が雑多に敷き詰まっている大都市ジランに、ようやくたどり着いた。

 私の村からいちばん近い【冒険者の町】がここ。このための旅費を稼ぐだけでも貧乏人には大変だ。何度か野宿でしのぎ、手持ちをわずかに残せた。

 ここは冒険者が集う、冒険者のための町。
 国王からも認められている自治都市。
 これから私はこの町を取り仕切っている人たちのところへ行き、自分を冒険者として登録してもらう。つまり、この町の住人になるってこと。

 都市の周りに城壁はなかった。どこからでも自由に入り、どこからでも出て行ける。
 意気揚々と入った町の中は、とにかくごちゃごちゃしていた。
 今にも崩れてきそうな木造の家屋が、ただでさえ狭い道を圧迫し、通りのあちこちには露店のテント。見たこともない何かが売っている。変な匂いもする。どこからともなく音楽が聞こえる。道はぐにゃぐにゃ曲がって、まるで迷宮みたいだ。

 そして何より驚くのがたくさんの、人、人、人。
 
 ただの人間だけじゃない。赤い蛇の頭の人、狼の尻尾をはやしている人、背中に羽のある人、足元を見たら蹄で危うく踏まれそうになった人、などなどとすれ違った。

 いろんな種族の人が冒険者になっている。
 私の村には人間しか住んでいなかったが、遺跡調査にやってくる冒険者の中には、こういう人たちもいた。だから極端に驚くことはないが、でもあんまり、見慣れてないのでどきどきする。皆、とっても強そう。

 たとえ同じ人族でも、個性的な鎧や異様に大きな武器を背負っていたりするから、ぎょっとする。
 それに比べて、薄ぺらい革の鎧と、武器は村の木々で作った弓矢だけの、私の装備の貧弱さ。これでやっていけるのかな。少し不安になってきた。

 酒場か何かの前を通りかかると、そこでたむろしていた男の人たちに口笛を吹かれた。
 にやにやして薄気味悪い。なんとなく怖かったので足早に通り過ぎると、追いかけるように背後で笑い声が聞こえた。

 私の白髪はどうも人目を惹いてしまい、からまれやすい。
 早いところ登録を済ませてしまおう。

 世界中の冒険者を管理している【スタラクサ冒険者協会】へ。

 曲がり角のたびにある案内の矢印を頼りに行くと、石造りの大きな店構えが見えてきた。
 都市の中央部に近く、ここら辺は打って変わって清潔な感じ。表の通りが広くなり、建物の汚れが目立たないためだろうか。人口密度も少し低くなった。

 中が丸見えのスイングドアを押す。

 まず広いエントランスがあり、ぱらぱらと人がいた。奥にカウンターがあって、たぶんそこが受付。その後ろに仕切りがあり、さらに奥が事務所のようになっている。
 私は吊されている看板を見て、【新規登録者受付】と書いてあるカウンターへ向かった。

「あのっ」

 奥にいるお姉さんを呼ぶ。ちょっと声が上ずった。
 受付のお姉さんは滑らかな蜂蜜色の髪の美人さんだった。

「冒険者の登録お願いしますっ。リズですっ。十六歳ですっ」

 勢い込んで声を張り上げると、お姉さんはくすりと笑う。

「ジランの町へ、ようこそリズ。私は新規登録者担当のアンリワースです。どうぞアンリと呼んでください」

 差し出された手を握り返す。
 髪色の印象に引っ張られてだろうか、そこはかとなく蜜のような匂いがする。村にはいなかったタイプの、おしゃれな都会の女性だ。

「出身はどちらですか?」
「モトマ村です」
「え? あの有名な【モトマの迷宮】がある?」
「はいっ、そうですっ」
「モトマ村から冒険者になられる方は、この支部では初めてです。船でいらしたんですか?」
「はい。定期船に乗って、あとは歩いて」
「遠かったでしょう。長旅ご苦労様でした」

 アンリさんは丁寧な口調で世間話を続けつつ、カウンターの下から紙一枚と中にインクの入っているペンを出した。

「冒険者として協会に登録されるには、面談を受けてこちらのプロフィールを埋める必要があります。今から始めても大丈夫ですか?」
「はいっ」
「では、こちらへどうぞ」

 私はカウンターの後ろにある小さな机で、アンリさんと向き合い質問に答えることになった。
 ちょっと緊張する。

「それでは改めて。お名前をどうぞ」
「リズですっ」
「苗字はない?」
「あ、ええっと」

 一問目で、いきなり私は詰まってしまった。

「あることにはあるんですが、とても大切な名前なので、あまり人に教えてはいけないと先祖代々から言われているんです。書かないとやっぱりだめですか?」
「いいえ、そんなことはありません。たとえ偽名であっても協会は気にしませんよ」

 びっくり。仕事のための登録なのに偽名でもいいんだ。

「冒険者として名を挙げるのに、ふさわしい名前を選ぶ方もいます。どうします? 新しい名前にしてみます?」

 自分で好きな名前にできるのは確かに魅力的。故郷の遺跡で、色々教えてくれた冒険者の人たちも実は本名じゃなかったのかな。
 でも、私はなんにも考えてこなかった。いきなりこの場では思いつかない。

「リズで、いいです」
「わかりました。素敵な名前だと思いますよ」
「ありがとうございますっ」

 我ながら単純かもしれないが、アンリさん好きだな。優しい。
 この後に出身地と年齢も改めて聞かれ、つい先日十六歳になったばかりだと知ると、アンリさんはおめでとうと言ってくれた。
 うちの村では十六歳が成人扱いだったから、誕生日か来るまでは独り立ちできなかったのだ。

「メインの武器は弓?」
「はいっ。あと少しだけ、魔法を」
「あらいいですね。どの流派です? ホルトゥス流? センテシオン流?」

 武術みたいに魔法にも流派が色々あるらしい。
 でも私のは、例えば火の玉を放ったり、雷を落としたりするような普通の(?)魔法ではない。

「古代の魔術なんですけど」

 きょとんとされるかと思ったが、アンリさんは軽く目を瞬いただけで、「なるほど」と次には言った。

「それは、どんなものですか? 交信魔術シャーマン? 死霊魔術ネクロマンサーのような?」
「い、いいえ。例えば、かなり遠くにあるものでも、よく見ることができたり、しますっ。暗いところでもはっきり見えたり」
「自己強化系ですか。なるほど。他者の強化はできない?」
「はい、自分だけです」
「あくまでも弓の補助として使えるものなんですね?」
「そう、そうです」
「ではプロフィールには、自己強化系の古代魔術と書いておきましょう。個性的な特技があると、他の冒険者と差別化をはかれますよ。個性的過ぎても問題はありますが。これなら、少なくとも死霊魔術のようには敬遠されないと思います」

 念のため、魔法とは書かれない。
 ほんとに微妙なニュアンスの違いでしかないが、いわゆる自然の四大元素を操る世間で主流なものが魔法で、それ以外のよくわからない変なものが魔術と呼び分けられるらしい。
 アンリさんは変な冒険者の相手に慣れているみたい。

「住まいはどうしますか? 必要であれば、家賃のお手頃な下宿を紹介できますよ」
「ぜひ!」
「わかりました。ちょうど入居者が女性ばかりの下宿に空きがあるので、後で紹介状を渡しますね」

 残りの欄にちょんちょんとチェックを入れて、アンリさんはペンを置いた。

「プロフィールはこれで完成です。少々お待ちください」

 一度、奥の事務所の中に入り、しばらくして戻ってきたアンリさんから、ブロンズの小さなメダルを渡された。
 ピンで胸に付けられる。
 獅子の子供と、スタラクサの協会名と、数字が刻印されていた。

「登録完了です。冒険者として、これからよろしくお願いしますね。リズ」

 冒険者であることを表すメダルは、不思議と熱を持っているように感じた。
 ――まずは、一歩目。
 さっそく私がポンチョにメダルを付けるのを待って、アンリさんは再び口を開いた。

「では続けて、協会の仕組みと仕事について説明しますね」
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