リズの冒険日記

輝安鉱

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 東の鉱山跡地というのは、昔に銅を産出していた場所らしい。
 持ち主はスタラクサという人。つまり、冒険者協会を設立した一族の所有地。
 スタラクサ家はどれだけの金持ちか喩えようがないくらいの資産家で、こういう鉱山もあちこちに持っているとの噂。
 色んな国にお金を貸していて、下手な王様なんかじゃスタラクサ家には逆らえないそうだ。

 ま、遠い雲の上の世界の話は置いといて。

 鉱山跡地は隅々まで削られ、山ごと階段のようになっていた。
 赤い地面には草木の影も形もない。傍には森もあるが、この辺りだけぽっかり禿山だ。
 そこにヴィヴィという大きな羽虫が巣を作っているらしい。

 山肌の一部に丸い穴が開いており、ワントさんはそこがヴィヴィの巣なのだと言った。

「あの穴に矢を入れられる?」

 斜面の高いところにある穴を指された。
 私は答えるかわりに矢をつがえ、軽く放った。

 すると間もなく、低い羽音とともに、人の子供ほどの大きさの丸い虫が複数飛び出してきた。

 それを皮切りにワントさんが裸の山肌を駆けのぼる。
 羽音で威嚇し、鋭い四本の鉤爪で侵略者を攻撃しようとする虫の頭を私は間髪入れずに射抜いた。

 落ちるところまでは確認せず、次々と狙いを定めて射続ける。
 その間にワントさんは巣穴の入り口に足をかけ、胸が膨らむくらい息を吸い込むと、口から炎を噴射し中を燃やした。

 竜の吐く炎のブレス。
 神話の時代、人間にとって竜は天空から火を降らせる厄災の象徴として描かれた。あるいは制御の及ばない神のように崇められていた。
 ワントさんに翼はないが、こんな特技を見ると彼ら竜人が竜の末裔だという伝説は本当なんだと思える。

 だが今は呆けている場合じゃない。
 私は竜の炎から逃れた虫を余さず射落とした。これで一つ完了。
 巣は何十とあるので、ゆっくりしていては夜になる。矢を回収したら次の巣穴を探した。

 ワントさんが巣を燃やし、私が援護。
 パターンが決まってしまえばあとは単純作業だ。矢もいちいち回収しておけばなくならない。
 また、遠くまで見渡すことができる私の目は、巣穴探しにもよく役立った。

「――この辺りはもう、大体いいだろ。少し休憩したら坑道の中も探そう」

 あらかた燃やし尽くしたところで、ワントさんが言った。
 坑道はすでに埋まってしまっているところも多いが、まだいくらか残っているエリアもある。おそらくその中にも虫が入り込んでいるだろう。
 一応、今日は野営する予定で来ている。日が暮れるまではクエストを続けるつもりだ。

 野営地としたのは遮蔽物の少ない開けたところ。
 もし虫が襲ってきてもすぐに気づける場所だ。お昼はワントさんが虫の卵を巣から二つ持ち出していた。

「ほら」
「うわぁ……」

 表面に粘液が付いている人頭大の白い卵の、上のほうをナイフで切ると、透き通った芋虫になりかけのものが、中で丸くなっていた。
 成虫と共通する部分は、頭の形くらい。
 体全体がぷるぷるした脂肪の透明なところみたいで、おいしそうと言えば、おいしそうな、ような?

「虫は平気?」
「苦手ではないですけど、こんな大きなのは食べたことないです。おいしいんですか?」
「見た目よりはうまいよ。今から焼くけど先に生で食ってみる?」
「少しだけなら」

 ナイフで身を掬う。孵化する前だからか、異様に柔らかく、ほとんど抵抗なく掬えた。
 おそるおそる舌に乗せてみると、意外にもすっきりした味わいだった。

「おー……?」
「それはどういう感想?」

 ワントさんは私の反応を楽しんでいるみたいだった。

「思ってたような味じゃなかったです。クセがなくてあっさりしてて、あんまり甘くない果物を食べてるみたいです。見た目はともかく、おいしいですっ」
「じゃ、次は炙ったやつ」

 ワントさんは炎を吐いて、卵の外側から炙った。
 ほとんど一瞬でも辺りが焦げ臭くなった。中の幼虫は褐変し固くなっている。ナイフで切って一欠けら食べてみると、急に濃厚なバターのような味に変化していた。

「うぁ、あー、濃い! 全然違う味になりますね!」
「俺はこっちのほうが好きなんだ」

 ワントさんは慣れたもので、躊躇なく幼虫を卵から引き出し丸かじりしていた。炙ったものも悪くはないが、私は生のほうが食べやすいかもしれない。味的には。

 しかし食事が虫だけなのもなんなので、私はリュックから保存食を取り出した。
 
「よければ、こちらもどうぞ」
「これは?」
「古代のお菓子ですっ」

 麦や木の実を、バター、牛乳、花の蜜を混ぜたものの中に入れ、煮込んで固めたもの。食べやすいようにスティック状に切ってある。
 ほんのり甘くて麦や木の実がざくざくした食感でおいしいのだ。栄養たっぷりな材料で作ってあるため、少量でも腹持ちがいい。
 こちらも我が家の伝記に書かれた由緒正しい菓子である。わりと日常的なことがけっこう書いてあるんだあの伝記は。王家の公的な文書ではなく家族の記録なので。

「うまいっ」

 炙った虫と同じようにワントさんは喜んで食べてくれた。
 好き嫌いとかあるのかなこの人。私は虫よりこっちのほうがいいけど。まあ、なんでも食べられるってことは、それだけ生きる力が強いということで、とても素敵なことだ。

 軽く休憩を終えたら、坑道の探索を開始する。
 中はさすがに暗い。でも私には問題ない。

 目を大きく開けば、すべてのものが薄く光を帯びて見える。多少、色がわかりにくいところはあるが、物の形は詳細まで把握できる。ネズミ一匹だって見逃さない。

「私が先導しますか?」
「いや、俺が先に行く。リズは影から虫が出て来ないか見張って」

 ワントさんは腰に吊り下げたランプに明かりを灯す。
 ランプの中身は火ではなく、小さな光る甲虫。黒いケースの中から三匹、ランプに移していた。なんだか今日のクエストは虫ばかりだ。

 坑道の中は案外広くて私にとっては上も横も余裕だが、ワントさんには狭そうだった。
 大剣を振るうのは絶対に無理。なのではじめから、どこかに引っ掛けないようにと武器を野営地に置いてきてしまった。
 ほぼ丸腰だが、こちらも問題にはならないだろう。

 私は矢をつがえた状態で、ワントさんが尻尾を振り回しても当たらないくらいに離れ、周囲を警戒しながら進む。
 坑道には横道も多い。油断はできない。

 ぶぅん、と羽音がある地点で聞こえた。

 私は狙いを付ける前にもう矢を引き絞る。音は警戒していた横道から。
 待ち構えていると、ヴィヴィがまっすぐこちらへ向かってきていた。

 だが、それを射落とした時。

 その後ろから、古代魔術を使わなくとも赤々と輝いて見えるものが現れた。

「なっ、に!?」

 炎に全身包まれている獣のようなもの。
 本当になんだかわからなかった。

 火の塊が突進してくる。

 現われてから一度も止まらず、焼けつく爪が鼻先をかすめた。
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