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竜の事情
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焦げ付いた坑道内を隅まで見て回ったが、虫の巣はあらかたカルミネさんによって焼き尽くされていた。
食べ物を探していただけだろうが、結果的には仕事を手伝ってもらったような感じ。と、思えば保存食を全部取られたことも許せるような、許せないような。
念のため残った巣がないか改めて鉱山を回り、安全確認を終えたのが日暮れの頃。
雨風を避けるため野営地を坑道内に移し、一泊して明日ゆっくり帰ることにした。
夕飯は山鳩と、ワントさんが他にも食材を持ってきていた。
小さな手鍋で川の水を沸かし、ピオーという乾燥させた赤い実をたくさん入れて、山鳩と豆を一緒に煮込んだ甘酸っぱいスープを作ってくれ、そこに焼いたパンを浸けて食べる。
「おいしい~……」
思わぬアクシデントがあった一日、スープが疲れた心と体に染み渡った。
「しょっぱくない?」
「はいおいしいですっ。人間の食事って感じがします」
「ははっ、まあ虫の卵だけじゃさすがにね。バター付ける?」
「付けます!」
お皿がわりに差し出したパンに、炙って少し溶けたバターの一片を置いてもらう。そこにスープもつけるとうまみが倍増した。
焚火は坑道を出てすぐの場所でしている。
今夜は月がなく、降るような星空が広がっていた。
「ワントさん料理上手ですね」
「料理ってほどのもんでもないけど、気に入ってもらえたならよかった。やっぱうまいもん食べるとクエストのやる気も違ってくるからねえ。何十年と冒険者をやってる人だと、異様に凝ったものを作ってくれたりするよ」
「いいですねえ。ワントさんは、もうどのくらい冒険者をしているんですか?」
「俺も実はそんなに長くないよ。五年、くらいかな。そろそろ六年か」
「え、意外です。シルバーランクにはいつなったんですか?」
「二年目くらい、だったと思う」
「早いっ」
そういえば、アンリさんがそんなこと言ってたかも。二年目でシルバーに上がったエリートだって。
ブロンズランクの十だの二十だのといった、わずかなポイントをちまちま稼いでいたら、とてもじゃないが二年足らずで五千ポイントは溜められない。
「俺はもともと今いるギルドの知り合いに誘われて冒険者になったクチだからさ。最初からギルドの連中に上位クエストでもお構いなしに連れ回されて、ポイントばっか気づいたら溜まってただけ」
本人は大したことないとでも言いたげだが、ギルドの人がスカウトしたくなる実力が最初からあって、上位クエストに連れ回されても平気だったのなら、やっぱり普通ではない。
「……そもそも、ワントさんはどうして冒険者になったんですか?」
竜人の故郷は確か、この大陸の北のほうにあったと思う。
峻厳なるアイテール山脈に住まう神秘の種族で、そんなに数も多くないと聞く。ジランの町でもワントさん以外に竜人は見かけない。頭が蛇の人は見たけど。あれは竜とはちょっと違う。
ワントさんはパンを飲み込んでから、話してくれた。
「俺、竜人と人族の混血なんだ。実は」
「えっ、そうなんですか? それは、ご両親のどちらが?」
「母が人族だった」
「おぉ……お母様は、ご出産がんばったんですね」
「別に俺生まれた時からこの大きさじゃないよ? ――まあでも、大変だったのは確かだろう。閉鎖的な田舎のよくある話で、俺も母も竜人の里じゃ異物だったんだよ。おまけにこの髪色だろ?」
自らの白い髪をつまむ。焚火に照らされて今は赤くも見える。
私も家族以外では、この白髪をずいぶんからかわれたものだ。
「竜人の里では、白い髪の子供は不吉なものと言われてて、昔は里中の子供にいじめられてた。――でも、これは冒険者になってからの実感なんだが、混血児のほうが純血より強いパターン多いんだよな。そのせいか知らないが、俺も子供の頃から喧嘩には基本的に勝ってた。けど結局、勝っても負けても居場所はなくてさ。耐えられなくなって家出した。生きるために色々仕事して、冒険者になったのはただの成り行き。リズみたいな立派な目的はなかったよ」
「いえ私のはそんな、個人的な興味で全然、立派なものじゃないですけど……あの、じゃあ、お母様はまだ里に残って?」
「いや、もう俺が子供の頃に死んでる。そんなに丈夫な人じゃなかったからね。父は生きてるだろうがずっと会ってない。ま、よくある話さ」
無理やり明るく言って私の頭をなでるのは、不用意に立ち入った事情を聞いてしまったことを、気にするなという意味なのかもしれない。逆に気を使われている。
「……こういう時、なんて言ったらいいのか、まだ未熟者でよくわからないんですが」
「大丈夫、大丈夫。今の俺は毎日楽しくやってるからさ」
「はい、それはわかります。なので、ワントさんはとても立派な人なんだって、思います」
「え? ただの家出息子だよ俺」
「自分で生き方を探しに出て、今、自分の力だけで実際に生きてるんですから、とても立派な冒険者だと思います。私もそうありたいです」
自分の力で生きるって本当に大変なことだと思う。
家族と離れてまだ少ししか経っていない私でも、すでに実感しているくらいなんだから。
「ワントさん、あこがれますっ」
「……そんな面と向かって言われると、さすがに恥ずかしい」
「いいじゃないですか。お母様もきっとワントさんが誇らしかったと思いますよっ」
「そうかな。だといいけど。ありがとう」
ワントさんはスープの最後を私によこしてくれた。おいしいエキスがいっぱい沈んでいるところ。
私もいつだって誰かに分け与えられる強い人になりたい。
そうだ、お菓子を全部食べられたくらいでいちいち恨んでちゃいけないんだ。忘れよう。
食べ終えたら火の始末を付けて、軽く周辺を偵察し異常がないことを確認してからの就寝。
坑道の中に少し入ったところで寝床を整える。夜はまだ冷えるので、熾火になった薪をいくらか坑道内に持ち込み暖をとることにした。
「リズ、もうちょっと傍に来て。念のために」
「あ、はい」
何かあればすぐ戦えるように、寝る時も横にはならないというワントさんの隣で、やや申し訳ないが私は横にならせてもらう。
体を丸めてポンチョの中に足を入れ、弓だけはとりあえず握り締めて。虫は駆除したし、何もないとは思うが。
なのですっかり安心して夢の世界に旅立とうとすると、その間際にかすかな溜め息が聞こえた気がした。
「俺が言えた義理じゃないけどさぁ……リズ、あんまり簡単に人を信用するな? 素直過ぎて心配になる」
さらに耳をくすぐるような感覚があったが、もう眠くて起きるのも面倒で、どうでもよくなって寝てしまった。
食べ物を探していただけだろうが、結果的には仕事を手伝ってもらったような感じ。と、思えば保存食を全部取られたことも許せるような、許せないような。
念のため残った巣がないか改めて鉱山を回り、安全確認を終えたのが日暮れの頃。
雨風を避けるため野営地を坑道内に移し、一泊して明日ゆっくり帰ることにした。
夕飯は山鳩と、ワントさんが他にも食材を持ってきていた。
小さな手鍋で川の水を沸かし、ピオーという乾燥させた赤い実をたくさん入れて、山鳩と豆を一緒に煮込んだ甘酸っぱいスープを作ってくれ、そこに焼いたパンを浸けて食べる。
「おいしい~……」
思わぬアクシデントがあった一日、スープが疲れた心と体に染み渡った。
「しょっぱくない?」
「はいおいしいですっ。人間の食事って感じがします」
「ははっ、まあ虫の卵だけじゃさすがにね。バター付ける?」
「付けます!」
お皿がわりに差し出したパンに、炙って少し溶けたバターの一片を置いてもらう。そこにスープもつけるとうまみが倍増した。
焚火は坑道を出てすぐの場所でしている。
今夜は月がなく、降るような星空が広がっていた。
「ワントさん料理上手ですね」
「料理ってほどのもんでもないけど、気に入ってもらえたならよかった。やっぱうまいもん食べるとクエストのやる気も違ってくるからねえ。何十年と冒険者をやってる人だと、異様に凝ったものを作ってくれたりするよ」
「いいですねえ。ワントさんは、もうどのくらい冒険者をしているんですか?」
「俺も実はそんなに長くないよ。五年、くらいかな。そろそろ六年か」
「え、意外です。シルバーランクにはいつなったんですか?」
「二年目くらい、だったと思う」
「早いっ」
そういえば、アンリさんがそんなこと言ってたかも。二年目でシルバーに上がったエリートだって。
ブロンズランクの十だの二十だのといった、わずかなポイントをちまちま稼いでいたら、とてもじゃないが二年足らずで五千ポイントは溜められない。
「俺はもともと今いるギルドの知り合いに誘われて冒険者になったクチだからさ。最初からギルドの連中に上位クエストでもお構いなしに連れ回されて、ポイントばっか気づいたら溜まってただけ」
本人は大したことないとでも言いたげだが、ギルドの人がスカウトしたくなる実力が最初からあって、上位クエストに連れ回されても平気だったのなら、やっぱり普通ではない。
「……そもそも、ワントさんはどうして冒険者になったんですか?」
竜人の故郷は確か、この大陸の北のほうにあったと思う。
峻厳なるアイテール山脈に住まう神秘の種族で、そんなに数も多くないと聞く。ジランの町でもワントさん以外に竜人は見かけない。頭が蛇の人は見たけど。あれは竜とはちょっと違う。
ワントさんはパンを飲み込んでから、話してくれた。
「俺、竜人と人族の混血なんだ。実は」
「えっ、そうなんですか? それは、ご両親のどちらが?」
「母が人族だった」
「おぉ……お母様は、ご出産がんばったんですね」
「別に俺生まれた時からこの大きさじゃないよ? ――まあでも、大変だったのは確かだろう。閉鎖的な田舎のよくある話で、俺も母も竜人の里じゃ異物だったんだよ。おまけにこの髪色だろ?」
自らの白い髪をつまむ。焚火に照らされて今は赤くも見える。
私も家族以外では、この白髪をずいぶんからかわれたものだ。
「竜人の里では、白い髪の子供は不吉なものと言われてて、昔は里中の子供にいじめられてた。――でも、これは冒険者になってからの実感なんだが、混血児のほうが純血より強いパターン多いんだよな。そのせいか知らないが、俺も子供の頃から喧嘩には基本的に勝ってた。けど結局、勝っても負けても居場所はなくてさ。耐えられなくなって家出した。生きるために色々仕事して、冒険者になったのはただの成り行き。リズみたいな立派な目的はなかったよ」
「いえ私のはそんな、個人的な興味で全然、立派なものじゃないですけど……あの、じゃあ、お母様はまだ里に残って?」
「いや、もう俺が子供の頃に死んでる。そんなに丈夫な人じゃなかったからね。父は生きてるだろうがずっと会ってない。ま、よくある話さ」
無理やり明るく言って私の頭をなでるのは、不用意に立ち入った事情を聞いてしまったことを、気にするなという意味なのかもしれない。逆に気を使われている。
「……こういう時、なんて言ったらいいのか、まだ未熟者でよくわからないんですが」
「大丈夫、大丈夫。今の俺は毎日楽しくやってるからさ」
「はい、それはわかります。なので、ワントさんはとても立派な人なんだって、思います」
「え? ただの家出息子だよ俺」
「自分で生き方を探しに出て、今、自分の力だけで実際に生きてるんですから、とても立派な冒険者だと思います。私もそうありたいです」
自分の力で生きるって本当に大変なことだと思う。
家族と離れてまだ少ししか経っていない私でも、すでに実感しているくらいなんだから。
「ワントさん、あこがれますっ」
「……そんな面と向かって言われると、さすがに恥ずかしい」
「いいじゃないですか。お母様もきっとワントさんが誇らしかったと思いますよっ」
「そうかな。だといいけど。ありがとう」
ワントさんはスープの最後を私によこしてくれた。おいしいエキスがいっぱい沈んでいるところ。
私もいつだって誰かに分け与えられる強い人になりたい。
そうだ、お菓子を全部食べられたくらいでいちいち恨んでちゃいけないんだ。忘れよう。
食べ終えたら火の始末を付けて、軽く周辺を偵察し異常がないことを確認してからの就寝。
坑道の中に少し入ったところで寝床を整える。夜はまだ冷えるので、熾火になった薪をいくらか坑道内に持ち込み暖をとることにした。
「リズ、もうちょっと傍に来て。念のために」
「あ、はい」
何かあればすぐ戦えるように、寝る時も横にはならないというワントさんの隣で、やや申し訳ないが私は横にならせてもらう。
体を丸めてポンチョの中に足を入れ、弓だけはとりあえず握り締めて。虫は駆除したし、何もないとは思うが。
なのですっかり安心して夢の世界に旅立とうとすると、その間際にかすかな溜め息が聞こえた気がした。
「俺が言えた義理じゃないけどさぁ……リズ、あんまり簡単に人を信用するな? 素直過ぎて心配になる」
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