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冒険者の湯
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やわらかな湯気が視界を覆っている。
ヤカという木の皮でできている垢すり用タオルで丁寧に体の汚れを落とし、ほんのり花の香りのする石鹸で長い髪を洗う。
短くしてしまったほうが面倒ないかとも思うのだが、弓を引く時に頭の両側にちょっとした重りがあるほうが、なんとなくバランスが取りやすい。これは私の場合。
髪の水気をよく絞り、普通のタオルを使って髪の毛を頭の上にまとめたら、大浴場にざぶんと首まで浸かった。
ぅあー・・・・・・。
手足を伸ばしても何にも当たらない。底が深くて私じゃ足が届かないので、広い湯船の縁に頭を乗せ、仰向けに浮かんだ状態で寛ぐ。
暗い湯の底から、ぽこぽこと泡が湧いていた。
ジランの町の公衆大浴場。
地下から湧く温泉を魔法でちょうど良い温度に調節してくれている、協会運営の施設。この町の人なら無料でいつでも利用できる。
大体はクエスト終わりの夕方や夜に来る人が多く、こうして朝風呂にゆっくり浸かる人はあまりいない。とても時間を贅沢に使っている感じがする。
というのも、今朝は急いで協会にクエストを受けにいかなくていいのだ。
実は先日の鉱山で虫の駆除をした帰り、ワントさんに次のクエストにも誘われたのである。
内容は、ジランから森を越えた先の、ティーラという村に行く防具職人の護衛。協会経由のクエストではなく、ワントさん個人への依頼だそうだ。
なんでも、最近その道中に山賊が出たらしい。
職人は普段は護衛など雇わないそうだが、そんな噂があれば怖くなる。しかし職人の懐には大層な人数を雇う余裕はなく、たまたまその店の常連だったワントさんが見込まれて護衛を頼まれたそうだ。
彼一人でも戦力的には十分な気もするが、賊の奇襲を回避するため私の目で見張りをしてもらえれば、なお助かるという話だった。
今回は個人のクエストであるがゆえに、協会のポイントは入らない。そのかわりに、報酬に加え防具を格安で作ってもらえるらしい。
防具はまあ、自家製の革の鎧がまだ使えるものの、防御力は少々心許ないと思っていた。ナイフを思いきり突き立てたら穴があく程度の気休めに近いものだから。
もっと頑丈な防具に新調できるなら上々。ミーと二ーの家では防具を扱っていなかったし、新しい職人さんと顔を繋げるいい機会でもあるので、私は謹んでご一緒させてもらうことにした。
出発は朝だが、早朝ではない。職人さんが色々と荷造りをする時間が欲しいらしい。
よって私は早起きし、昨夜入り損ねた風呂にきた。ここを出たらまっすぐ職人のお店に向かう。
今度も泊りがけで行くことになる。先にこれまでの汚れを落としておきたかった。なんだかんだで私、けっこう休みなくクエストに行ってる。
さて、あまりまったりし過ぎるのもいけない。
ほどよく温まったところで湯から上がった。
脱衣所のなんの変哲もなさそうなマットに足を乗せると、一瞬で全身の水気が飛ぶ。風で飛ぶというのでなく、水自体が意思を持っているかのように一瞬で肌から離れ、マットに吸い込まれる。髪もあっという間に乾いた。
何か気持ち悪いが、こういう魔道具らしい。はじめての時はちょっとしたカルチャーショックを受けた。アーデイティシルの魔術もこういうことできないもんかな。
洗ったシャツとハーフパンツ、長靴下、肘と膝に擦り傷防止の革のサポーター。おさげを編み直したら鎧を着て、矢筒の付いたベルトを腰に締める。右手に布製の弓篭手を付け、リュックを背負い、ポンチョを羽織って、弓を持ったらさあ行こう。
防具職人のお店は公衆浴場から程近い。途中の屋台で手早くご飯を食べて向かった。
店の前には一頭のグラーザが引く幌付きの荷車が停まっており、ワントさんの姿もすでにあった。
「おはようございます! 遅かったですか!?」
「おはよう。まだ全然出発しないから大丈夫。手配してた荷車が遅れたらしい」
店員らしき人たちが、慌ただしく荷台に梱包された荷物を積んでいる。今は挨拶をする暇もなさそう。
お店はあまり大きくない。ミーと二ーの家とどっこいどっこい。だが表通りに構えているのだから、きっと有名なお店なんだろう。看板には【フォロスの鎧】と書いてある。店主がフォロスさんなのだろうか。
「なんかリズ、いい匂いする?」
何か手伝うことでもないか店のほうを覗き込んでいると、背後でワントさんがやや身を屈め、鼻をすんすんさせていた。
「さっきお風呂に入ってきたんです。昨日は入り損ねたので」
「いいねえ朝風呂。そういえば前から疑問なんだけど、女の子って風呂上がりにずっといい匂いしてるの、あれなんなんだろ。男はわりとすぐ石鹸の匂いなんか消えるのに」
「さあ。髪質の違いですかねえ……とりあえず、そうやって人の匂いを嗅ぐのはよくないと思います」
ほとんど私の顔の横まで下りてきた頭を避けて、腕でガードしつつ距離を取る。
お風呂入ったけど、きれいにしたけど、こんな近くで匂いを嗅がれるのは嫌だ。
「ワントさん、ちょっと変態くさいです」
「えっ。あー……ごめん。つい」
「他の人にはやらないほうがいいと思いますよ」
「はい。気をつけます」
ワントさんは混血とはいえ見た目的に竜人の血のほうが強そうだから、もしかしたら匂いを嗅ぐのがコミュニケーション手段の一つだったりするのかもしれない。が、少なくとも人族相手では気をつけないと誤解されると思う。
「リズは抜けてるのかしっかりしてるのか、よくわかんないなあ」
すると独り言のような呟きをワントさんは漏らした。
「私は家族内ではしっかり者の末っ子で通ってましたよっ」
「末っ子なんだ。なるほど。わかった」
何をわかってくれたのかは、あんまりよくわからないが、そうこうするうちに準備が整い、出発することになった。
ヤカという木の皮でできている垢すり用タオルで丁寧に体の汚れを落とし、ほんのり花の香りのする石鹸で長い髪を洗う。
短くしてしまったほうが面倒ないかとも思うのだが、弓を引く時に頭の両側にちょっとした重りがあるほうが、なんとなくバランスが取りやすい。これは私の場合。
髪の水気をよく絞り、普通のタオルを使って髪の毛を頭の上にまとめたら、大浴場にざぶんと首まで浸かった。
ぅあー・・・・・・。
手足を伸ばしても何にも当たらない。底が深くて私じゃ足が届かないので、広い湯船の縁に頭を乗せ、仰向けに浮かんだ状態で寛ぐ。
暗い湯の底から、ぽこぽこと泡が湧いていた。
ジランの町の公衆大浴場。
地下から湧く温泉を魔法でちょうど良い温度に調節してくれている、協会運営の施設。この町の人なら無料でいつでも利用できる。
大体はクエスト終わりの夕方や夜に来る人が多く、こうして朝風呂にゆっくり浸かる人はあまりいない。とても時間を贅沢に使っている感じがする。
というのも、今朝は急いで協会にクエストを受けにいかなくていいのだ。
実は先日の鉱山で虫の駆除をした帰り、ワントさんに次のクエストにも誘われたのである。
内容は、ジランから森を越えた先の、ティーラという村に行く防具職人の護衛。協会経由のクエストではなく、ワントさん個人への依頼だそうだ。
なんでも、最近その道中に山賊が出たらしい。
職人は普段は護衛など雇わないそうだが、そんな噂があれば怖くなる。しかし職人の懐には大層な人数を雇う余裕はなく、たまたまその店の常連だったワントさんが見込まれて護衛を頼まれたそうだ。
彼一人でも戦力的には十分な気もするが、賊の奇襲を回避するため私の目で見張りをしてもらえれば、なお助かるという話だった。
今回は個人のクエストであるがゆえに、協会のポイントは入らない。そのかわりに、報酬に加え防具を格安で作ってもらえるらしい。
防具はまあ、自家製の革の鎧がまだ使えるものの、防御力は少々心許ないと思っていた。ナイフを思いきり突き立てたら穴があく程度の気休めに近いものだから。
もっと頑丈な防具に新調できるなら上々。ミーと二ーの家では防具を扱っていなかったし、新しい職人さんと顔を繋げるいい機会でもあるので、私は謹んでご一緒させてもらうことにした。
出発は朝だが、早朝ではない。職人さんが色々と荷造りをする時間が欲しいらしい。
よって私は早起きし、昨夜入り損ねた風呂にきた。ここを出たらまっすぐ職人のお店に向かう。
今度も泊りがけで行くことになる。先にこれまでの汚れを落としておきたかった。なんだかんだで私、けっこう休みなくクエストに行ってる。
さて、あまりまったりし過ぎるのもいけない。
ほどよく温まったところで湯から上がった。
脱衣所のなんの変哲もなさそうなマットに足を乗せると、一瞬で全身の水気が飛ぶ。風で飛ぶというのでなく、水自体が意思を持っているかのように一瞬で肌から離れ、マットに吸い込まれる。髪もあっという間に乾いた。
何か気持ち悪いが、こういう魔道具らしい。はじめての時はちょっとしたカルチャーショックを受けた。アーデイティシルの魔術もこういうことできないもんかな。
洗ったシャツとハーフパンツ、長靴下、肘と膝に擦り傷防止の革のサポーター。おさげを編み直したら鎧を着て、矢筒の付いたベルトを腰に締める。右手に布製の弓篭手を付け、リュックを背負い、ポンチョを羽織って、弓を持ったらさあ行こう。
防具職人のお店は公衆浴場から程近い。途中の屋台で手早くご飯を食べて向かった。
店の前には一頭のグラーザが引く幌付きの荷車が停まっており、ワントさんの姿もすでにあった。
「おはようございます! 遅かったですか!?」
「おはよう。まだ全然出発しないから大丈夫。手配してた荷車が遅れたらしい」
店員らしき人たちが、慌ただしく荷台に梱包された荷物を積んでいる。今は挨拶をする暇もなさそう。
お店はあまり大きくない。ミーと二ーの家とどっこいどっこい。だが表通りに構えているのだから、きっと有名なお店なんだろう。看板には【フォロスの鎧】と書いてある。店主がフォロスさんなのだろうか。
「なんかリズ、いい匂いする?」
何か手伝うことでもないか店のほうを覗き込んでいると、背後でワントさんがやや身を屈め、鼻をすんすんさせていた。
「さっきお風呂に入ってきたんです。昨日は入り損ねたので」
「いいねえ朝風呂。そういえば前から疑問なんだけど、女の子って風呂上がりにずっといい匂いしてるの、あれなんなんだろ。男はわりとすぐ石鹸の匂いなんか消えるのに」
「さあ。髪質の違いですかねえ……とりあえず、そうやって人の匂いを嗅ぐのはよくないと思います」
ほとんど私の顔の横まで下りてきた頭を避けて、腕でガードしつつ距離を取る。
お風呂入ったけど、きれいにしたけど、こんな近くで匂いを嗅がれるのは嫌だ。
「ワントさん、ちょっと変態くさいです」
「えっ。あー……ごめん。つい」
「他の人にはやらないほうがいいと思いますよ」
「はい。気をつけます」
ワントさんは混血とはいえ見た目的に竜人の血のほうが強そうだから、もしかしたら匂いを嗅ぐのがコミュニケーション手段の一つだったりするのかもしれない。が、少なくとも人族相手では気をつけないと誤解されると思う。
「リズは抜けてるのかしっかりしてるのか、よくわかんないなあ」
すると独り言のような呟きをワントさんは漏らした。
「私は家族内ではしっかり者の末っ子で通ってましたよっ」
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